職場や大学で横行する「ワクチンハラスメント」 過剰な同調圧力社会の悲惨な末路

職場や大学などでも新型コロナのワクチン接種が本格化しているが、そこで大きな問題となっているのが「ワクチンハラスメント」だ。近著に『同調圧力の正体』(PHP新書)がある同志社大学政策学部教授の太田肇氏が、コロナをきっかけとした数々のハラスメントの横行、同調圧力が一層強まる社会に警鐘を鳴らす。

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 新型コロナウイルスのワクチン接種が広がるとともに、世間にまた嫌な緊張感が漂ってきた。副反応のリスクだけではない。ワクチン接種を強制したり、拒否した人が差別的な扱いを受けたりする「ワクチンハラスメント」が横行しているからだ。

 昨年の今ごろ暗躍した「自粛警察」や「マスク警察」、そして10年前の東日本大震災直後の「不謹慎狩り」を思い出す人は少なくないだろう。

「自粛」が「他粛」に転化

 考えてみればおかしな話である。「自粛」「不要不急」「不謹慎」…いずれも主語は自分であり、自分が判断すればよいはずだ。ところが、いつの間にか周りから自粛を強要されて「他粛」になり、何が不要不急か他人が勝手に判断するようになった。

 要するに、この国では自分と他人とが区別されず、同一視されてしまうのである。

 なぜ、そうしたおかしなことが起きるのか? それは私たち日本人が暗黙のうちに強い共同体意識を共有しているからである。そのため、いつでも日本人としてみんな同じように振る舞うべきだという発想になり、「これ以上干渉してはいけない」という線引きができない。

 しかも震災やコロナ禍のような危機にはいっそう共同体意識が強まり、コロナ禍が長引いている今は、他人の行動に干渉することが当たり前であるかのような空気が蔓延している。

「オレが出社しているのだから、お前も出てこい」

 当然ながら社会の範囲が小さく、同質的になるほど干渉や強要は厳しくなる。会社ではテレワーク中でも上司から仕事ぶりを監視され、服装や部屋の様子にまで口出しされるし、「オレが出社しているのだからお前も出てこい」と言われる。

 ある調査では「就業時間中に上司から過度な監視を受けた」(13.8%)、「オンライン飲み会への参加を強制された」(7.4%)などと、かなりの人が回答している(東京大学医学系研究科精神保健学分野「新型コロナウイルス感染症に関わる全国労働者オンライン調査」2020年12月3日公開)。

 職場だけではない。地域では子どもを公園で遊ばせていると警察に通報されたとか、外でランチをしている画像をSNSにアップしたところ周囲からとがめられ、仲間はずれにされたといった話もある。

 ちなみに朝日新聞社の調査では、67%の人が「新型コロナに感染したら、健康不安より近所や職場など世間の目のほうが心配」と答えている(2021年1月10日付「朝日新聞」)。

徹底した「平等」への圧力

 もっとも、このような同調圧力社会は統治する側にとって都合がよい。政治家は自分の手を汚さずに目的を達成できるので、同調圧力を積極的に利用しようとする。知事がメディアを通して「連休中の帰省は控えてほしい」「食事はお家で、外出は控えましょうね」と発言するだけで世間が勝手に圧力をかけてくれる。

 だからといって、リーダー自身も共同体の同調圧力を受けずにいられるわけではない。長引くコロナ禍の閉塞感で人々の意識は一層共同体の内側を向くようになり、メンバー間の不平等にますます敏感になってきた。

 ワクチン接種をめぐっては、優先接種の対象になっていない市長や町長が接種したとしてバッシングされ、オリンピック・バラリンピックの出場選手にいたっては一般国民と別枠で提供されたワクチンの接種であるにもかかわらず、「特別扱いは許されない」「一体感を損なう」という反対の声が上がった。

 もはや国や地域の舵取りを担う要人だろうが、国を代表する選手だろうが例外にはできないのである。

コロナ後は欧米との格差がさらに拡大する

 大きな問題は、このような過剰とも言える共同体意識と、そこからくる同調圧力が、コロナ後に予想される急速な社会的変化に逆行していることだ。

 コロナ禍が終息すれば、世界の変化は一気に加速するだろう。産業界ではDX(デジタルトランスフォーメーション)や、脱酸素社会への移行に向けたグローバルな技術開発競争がさらに激しくなると予想される。

 そこではイノベーションや積極的な起業が勝敗を左右する。そのイノベーションや起業にとって、同調圧力は最大の敵だといっても過言ではない。革新的な技術やブレークスルーは異端や異質な存在、つまり周囲と違うところから生まれる。そして新たな事業や画期的なビジネスの成長には「突出」することが不可欠だからである。

 いわゆるIT革命が世界に広がった1990年代半ばを境に、わが国の労働生産性や競争力は国際的な地位が急激に低下し、欧米に大きく水をあけられた。このままだとAIやIoTによる第4次産業革命が本格化するこれから、欧米との格差はいっそう拡大するに違いない。

副業容認も週休3日制も「絵に描いた餅」

 人々の働き方も、コロナ禍をきっかけに大きく様変わりすると予想されている。

 人々はテレワークを経験し、技術的には大半の仕事が自宅や外出先でもこなせることを学んだ。それによって時間的にも経済的にも多くのムダを省けることがわかってきた。組織の境界を越えてネットワークは無限に広がり、眠っていた潜在能力が発揮できる可能性も見えてきた。

 しかし共同体のしばりが解けないかぎり、そうした恩恵を受けることはできない。

 政府が推進しようとしている副業や選択的週休3日制、ワーケーションといった新しい取り組みもまた、社内の同調圧力が大きな障害になることは目にみえている。さらに男性の育児休業を促進するうえでも、それが重い足かせになるだろう。機械的平等と共同歩調にこだわる以上、制度はあっても「絵に描いた餅」になりかねないのだ。

 そもそも多様な属性や価値観を持つ人たちが一緒に働き、それぞれの特性を生かすという「ダイバーシティ&インクルージョン」の理念そのものが、排他的な共同体意識とは相容れないことは明らかである。したがって本気で理念を浸透させようとするなら、共同体意識からくる過剰な同調圧力につぶされない仕組みをつくることが欠かせない。

 そして何よりも私たち自身が、一方で同調圧力にうんざりしながら、他方で周囲に圧力をかけたり、その恩恵にあずかったりしている矛盾に気づかなければ何も変わらない。

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