臨時休校、「iPad」活用の先行事例に何を学ぶか 公立校で初めて導入、成績が上がった熊本市

安倍晋三内閣総理大臣は2月27日、新型コロナウイルスの流行を食い止めるため、全国の小・中・高校に対して3月2日から春休みまでの臨時休業を要請した。つまり、2月28日を最後に、春休みが明ける新学期まで授業は行われなくなる。「要請」であるため、強制ではないものの、多くの自治体の教育委員会、私立学校がこれに従う可能性が高い。

 特に公立学校は、地域の家庭から子どもたちが通い、再び家庭に帰っていく。その家庭では、両親が職場に通っている。また教員も、地域外から学校に通勤する。地域外からコロナウイルスに感染した場合、家庭を介して学校に持ち込まれ、子どもたちを介して家庭に持ち帰られ、その地域に感染のクラスターが発生する可能性がある。これを防ぐという公衆衛生の観点から、学校の閉鎖は支持できる。

 しかしその判断は少なくとも2週間遅かったし、臨時休業の実施要請までの日数も平日1日とあまりに短すぎ、現場の先生は対応方法がわからない中での激務を強いられることになる。また感染の地域差を考慮しない全国一律の休業にも疑問だ。

 リモートワークを採用する企業が増えれば、普段からフリーランスがそうであるように、子どもが家にいる状態での仕事がほとんど成立しないため、経済活動もままならなくなるし、子どもを預けられない看護師が出勤できないため、地域の医療も危機に瀕する。あまりに不用意な対応といわざるをえない。

1カ月間、学校教育が止まる

 今一度考えなければならないのは、臨時休校の間、学校での授業や活動ができなくなる事実だ。学期・年度終わりで授業は少なくなっているとはいえ、3月の1カ月間、日本の学校での教育が止まることを意味する。

 中国は春節以降学校を休みにしているが、教室での授業の代わりにインターネットを介した授業を開始した。全国規模のクラウド学習プラットフォームを立ち上げ、1億8000万人の小中高生向けに授業放送を実施。チャイナモバイルなどの大手通信事業者や、アリババやバイドゥといった中国の巨大プラットフォームも協力し、教育を止めない体制を作り上げた。

 DigiTimesによると、こうしたオンライン授業への需要の高まりから、アップルのiPadなどのタブレットへの需要が高まるとの見方を示している。しかし、多くが中国で組み立てられており、新型コロナウイルスの影響で製造能力は3割ほどにしか回復していないため、iPhoneやApple Watchに続き、廉価版iPadも供給が追いつかなくなる可能性がある。

 文部科学省は、12月13日に閣議決定された令和元年度補正予算案で、生徒1人1台にデジタルデバイスを配備し、これを活用する高速ネットワークの一体整備の費用が盛りこまれた。

 萩生田光一・文部科学大臣は「GIGAスクール構想」を掲げ、「1人1台端末環境は、もはや令和の時代における学校のスタンダード」として、子どもたちに個別最適化され、創造性を育む学びを提供するとしており「学校教育は劇的に変わる」と展望を述べている。

 2018年から始まった「教育のICT化に向けた環境整備5か年計画」に基づいて、地方財政措置で3人に1台のデバイス配置が進んできた。今回の補正予算では、さらに1人1台まで台数を増やす計画だ。

熊本市が公立校として初めてiPadを導入

 教育にICTを導入することによる効果を狙った教育改革の施策で、教育そのものが大きく変革する可能性を持っている。では、どのようなデバイスを活用し、どのように教育を変革していくことができるのか? 同時に通常の教育が維持できない緊急時にも「教育を止めないインフラ」として、ICTの活用が進んでいくべきだ。

 iPadの導入と活用に向けた環境整備や教員向けの研修などは、熊本市教育センターが行っている。同センターの教育情報室 指導主事、山本英史氏に話を聞いた。

 「2018年度より熊本市立の全小中学校へ、iPadや電子黒板などの整備を開始しました。現在までに100校1万6500台が運用されており、2020年4月から、小中学校すべてに2万3460台を導入し、2020年の新学習指導要領に対応します。3クラスに1クラス分の学習者用コンピュータと、教員用1人1台を導入します」(山本氏)

 熊本は2016年4月に発生した「熊本地震」で震度7を2回記録し、その後も震度6強、震度6弱の地震が相次いだ。熊本城に大きなダメージがあり、現在も修復作業が続いているが、地震直後の判定で「危険」とされた市内の校舎は134棟にのぼり、教育の復旧、修繕にも大きな予算支出が強いられた。しかしiPadによる教育改革も同時に急ピッチで進めている。その狙いについて聞いた。

 「整備を決定したのは大西一史市長と教育長のトップダウンで、公立学校へのiPad大量導入後、初めての事例となりました。未曾有の災害を経験し、子どもたちがこれから先、生き抜く力を養わなければなりません。これから100年、未来への礎作りと考え、子どもたちにいち早く提供しなければならない。そのため、予算として30億円が投資され、一気に行き渡るよう環境を整備しました。未来への投資、というのが市長の考えです」(山本氏)

 熊本市が公立学校として初めてiPadを導入、しかもセルラー版を選択した理由も、災害の経験が関係していた。

 「パワフルで機動性が高く、バッテリーが持つためどこへでも持ち運べます。また操作は覚える必要がないほどシンプルで、安定した通信も確保できる。加えて、音楽や映像などの制作による表現ができ、特に力を入れたいアウトプットのツールとして最適でした」(山本氏)

 学校の復旧を経験しながら、さらなる設備投資を避けること、そして持ち帰り学習の際に家庭にネットワーク環境がない場合でも、きちんと学びを継続できるようにすることが目的だった。

 学びを止めないためのツールとして、LTEによる通信がつねに確保できるセルラー版のiPadが選ばれたのだ。

 iPadが先行導入されている熊本市立楠小学校で、4年生の担任、山下若菜教諭の授業を見学させてもらった。今回は算数。仮分数、真分数、帯分数などを、3年生に教えるムービーを作ろうという授業だった。

 すでに3人のグループと担当する分数の種類を決めたうえで、30分あまりで撮影し、最後の10分で披露するという流れだった。生徒たちは、色水やホワイトボードに貼り付ける磁石などを使って、思い思いに分数の概念を収録していく。

 使っていたアプリはiPad上のアプリ「Clips」。録画中に音声を認識して自動的に字幕をつけたり、アニメーションを加えるなど、手軽にビデオを完成させることができるアプリだ。驚かされるのは、ツールを使いこなしていることもさることながら、どうすれば分数を表現できるかを自分たちで考えている点だった。

 iPadが導入されて以降、学ぶ単元を子どもたちが考え抜いてアウトプットとしてまとめるスタイルの授業が顕著になったという。授業を担当していた山下氏に話を聞いた。

 「もともと、タブレットは持っておらず、iPadも大歓迎というわけではありませんでした。2018年9月に市から提供され、最初は写真を撮ってみては?と使い始めました。ただ、これを取り入れた授業の勝手がわからないし、iPadを使った授業のアイデアの提案すべてが面倒に感じられました」(山下氏)

 それでも、タブレットの目新しさで子どもたちが活き活きとしている様子を見て、あるからには使ってみようと取り組みが始まった。

 「はじめは今までの授業に載せて使っていました。課題をやって提出してみましょう、と。しかしこれでいいのか?という思いがつねにありました」

教科書が「最新の情報」でないことがわかった

 1つ、転機となったのは、社会科の授業で消防署の仕事について学んだときだったという。教科書には、ブーツと防火服を脱ぎっぱなしのように床に置き、出動を早める工夫が写真付きで紹介されていた。

 しかし「本当にそうなの?」という疑問を子どもたちに投げかけ、iPadからテレビ会議アプリ「Zoom」を使って消防署とつなぎ、インタビューをした。すると、現在は、躓いたりすることを防ぐため、教科書のような準備はしていないことがわかった。教科書の内容が最新の情報ではないことに、子どもとともに気づいた瞬間だった。

 「実際にやれることが広がりました。やってみてわかることもあれば、子どもたちがわかっていたつもりのことが覆されることもあります。そうした課題作りが重要で、ICT以前から大切でしたが、iPadの導入で子どもたちの選択肢は明らかに広がりました」(山下氏)

 授業風景は一変した。先生が黒板に板書するのはその日やるテーマを説明する冒頭ぐらいで、あとは個人やグループごとの課題に取り組む。これを発表し、お互いのアイデアから学びを得る。アウトプットや教室内外との交流を重視する方針でICT整備を行った熊本市の目標を、具現化していた。

 しかし変わったのは授業風景だけではなかった。山下氏は、iPadを用いた国語の「ごんぎつね」の単元で、その結果に衝撃を受けた。クラスのほとんどの子どもたちが、100点を取ったのである。

 「国語の物語文『ごんぎつね』を音読し、これに合う音楽をつけようという授業にチャレンジしました。今までは音読を宿題としていましたが、生徒によってその量はまちまちでした。しかし音楽を付けることになると、勝手に音読を何度もして、その場面の登場人物の気持ちを深く読み込むようになった。結果、本質を突く理解に発展しました」(山下先生)

 単元テストの物語の平均点は80点程度だったが、「ごんぎつね」では95点になり、それまで余り点数が伸びなかった漢字や文法のテストも点が取れるようになった。上位の子たちは変わらなかったが、それまで点を取るのに苦労していた子も95点取ったことは、驚きとともにうれしかったという。ICT教育による授業の変化は、テストの点数にも表れたのだ。

 「教員としても、自分の解釈を押しつけなくても、子どもたちが自分たちなりの解釈をし、子ども同士で話し合うようになりました。全員が考え、自分たちで問いを持つようになりました。その問いを証明するためにどうすればよいのかを提案し、自分たちで解決する。わかった生徒は喜んでわからない子どもに説明する。個人個人を見られるようになりました」(山下先生)

1人1台はもはや必須に

 熊本市立楠小学校は、2018年夏からiPadが先行導入され、3人に1台の体制で整備された。しかしiPadの活用が進んでいくと、クラスごとにiPadの取り合いになっており、譲り合いながら授業で活用しているのが現状だ。その様子からもわかるとおり、いったんICTを授業に取り入れ可能性が広がった教育現場にとっては、1人1台の体制を整備することは急務だ。

 山下氏は、iPadだったのでこのような活用ができたという。もし導入されたデバイスが可搬性に乏しくカメラでの撮影・編集機能が充実していないパソコンだった場合、授業の幅は狭まると指摘する。キーボード入力を学ぶことも重要で、ローマ字の単元で取り入れているが、それ以外の場面ではタブレットならではの、自由に動き回って活用できる強みがある。また、1クラス30人分の端末を、子どもたちが3人ほどで手分けして準備できるのも、iPadならではの機動力だ。

 「先生だからといって、自分ができるようにならないと教えられないわけではないと思います。子どもたちのほうが習得が早いので、一緒に学んでいく、あるいは教えてもらうぐらいでいいのではないでしょうか」と、山下氏は子どもとともに試行錯誤のプロセスから授業スタイルをつかんでいく成功パターンを示してくれた。

 そのためには、ある程度自由にデバイスを与えて、子どもに創意工夫させる部分があるかどうかがポイントとなる。管理は必要だが、制限が問題を解決するわけではない。道具として使いこなすことを学べるかどうかが本質だ。

 そのため、教育委員会や学校、教員も、ICTを使うことそのものにこだわったり、振り回されたり、目的化せず、子どもたちの意欲や試行錯誤、気づき、発表などの機会を伸ばしていくことに注目すべきだろう。

 山下氏は2020年度に向けて、LTE対応のiPadを武器に、学びの中に内外とのコミュニケーションを活発に取り入れていく挑戦をしていくという。ICTを味方につけた学びはどんどん加速し、そうでない学習との差は広がる一方になっていくだろう。

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