最初のデータは「平成28年分 民間給与実態統計調査」だ。これは平成28年分の民間企業(公務員は含まれない)の給与所得者が対象で、非正規、正社員、役員が含まれている。調査方法は標本調査(サラリーマン全数ではない)だが、対象となる事業所数は約2万社、人数は約31万人。統計上の誤差率は人数で0.45%、給与で0.63%となっている。昭和24年から調査が始まり、今回で68回目という歴史のあるデータのようだ。調査結果のPDFは200ページを超える大作だが、その中から“気になる数字”を紹介しよう。
サラリーマンの平均年収は422万円だが
「平均年収は420万円」という表現を聞いたことがあると思う。平成27年分の平均給与(=所得が1つなら年収)がその420万円。平成28年分は0.3%増え422万円となっている。調査結果には過去11年の平均給与の金額と対前年伸び率の推移がグラフで掲載されている。
平成20年(2008年)のリーマンショックの影響でその年は-1.7%、翌2009年は-5.5%と年収が大きく減っているが、それ以外は±1.5%の範囲で微増、微減を繰り返している。
「年収422万円」と聞いて、多いと思う人も少ないと思う人もいるだろう。もう少し詳しく見てみよう。次のグラフは年齢階層別の男女の平均給与を表している。
右端の白棒が全体平均の422万円。男性の平均(青棒)は521万円、女性の平均(黒棒)は280万円となっている。男性は19歳以下で157万円、20~24歳で275万円と増え、30~34歳で457万円と全体平均を超えている。年齢とともに増え50~54歳の661万円がピークだ。女性は30~34歳の315万円がピークだが、25歳から59歳まで大きな変動はなく300万円前後で推移している。平均420万円(あるいは422万円)という数字が一人歩きをしているが、実際には男女や年齢で平均給与には差がある。
戦後から現在まで、年収の推移を検証する
60年以上続いている調査なので、国税庁のウェブサイトから過去の平均給与を拾ってみた。戦後間もない1950年(昭和25年)から現在までの平均給与と対前年伸び率の推移のグラフを見てみよう。横軸は西暦と和暦を間引いて併記してある。
調査が始まった昭和20年代の年収は十数万円。神武景気、岩戸景気、いざなぎ景気など高度経済成長期とともに給与がグングン上昇している。1967年(昭和42年)から1976年(昭和51年)の10年間は伸び率が毎年10%を超え、1974年(昭和49年)には前年比24.5%も上昇している。昭和41年の平均給与55万円が、10年後の昭和51年には229万円と4倍以上。昭和48年の平均給与146万円は、昭和49年に182万円と急上昇している。
率も金額もピンとこないので、現在の年収に換算すると、422万円の年収が24.5%増えると1年後は525万円になるということだ。1年で年収100万円増……うらやましい。10年で4倍なら、今から10年後には平均年収1600万円越えだ。昭和40年代は夢のような時代だったということだ。
1980年代に入り伸び率は3%台で推移するが、バブル期に入りやや上昇。1990年(平成2年)に5.7%となるが、バブル崩壊により1993年(平成5年)には-0.6%と初めての減少となる。1950年代から40年以上続いた「給料は毎年増える」という時代は終焉を向かえた。グラフが表すとおり、1992年までの右肩上がりと、1993年以降の横ばい・下降は、バブル崩壊を境に時代が変わったことを明確に示していると思う。
ただ、バブル崩壊で株価や土地の価格は急落したが、平均給与が下がったのは1年だけで、わずか-0.6%。給与から見たバブル崩壊は、収入がグングン増える時代が終わったということのようだ。
次のグラフは過去30年。バブル期から現在までの平均給与と対前年伸び率の推移だ。年収の縦軸は増減が分かりやすくなるように350万円から475万円としている。横軸は西暦をベースに一部和暦としている。
バブル崩壊により1993年に平均給与は初の減少となる。株価や土地価格の下落により不良債権を抱える企業が多くなるが、給与は微増が続き1997年に467万円まで上昇しピークとなる。この年の11月に北海道拓殖銀行が破綻、直後に山一証券が廃業を発表する。
翌1998年(平成10年)から給与の微減が2006年まで続き、2008年9月のリーマンショックの影響で2009年は-5.5%という史上最悪の減収となり、平均給与は406万円まで下降した。グラフの左端、平成元年の年収(402万円)まで戻ったことになる。20年でゼロだ。10年で4倍になった昭和の分を分けて欲しいとすら思える現実だ。
2012年12月に第二次安倍政権が誕生。アベノミクス効果なのか2013年から4年間は微増を続け平成28年(2016年)は422万となった。現在、確定申告が行われている平成29年分の結果は、今年9月に公開される。
平均年収が増えていると言っても1%前後でしかない。消費税率のアップや社会保険料の上昇などを加味すると、肌感では手取りが減っていると感じるのが普通かもしれない。
大きな会社に就職すると給料は増える?
次は事業所の規模による平均給与の違いを見てみよう。なんとなく大きな企業に勤めると給料が増えそうな気はする。もちろん業界や企業の業績は影響するが、事業所の規模別の数値を拾ってみた。
従業員数が1~4人、5~9人、10~29人、30~99人、100~499人、500~999人、1000~4999人、5000人~の8分類の男性と女性、給与と賞与をグラフにしてみた。
男性は規模が大きな会社ほど年収が高くなる傾向が見られるが、10~29人と30~99人はやや減少している。細かく見ると、男性の5人から499人の4分類は、給与だけ見ると415万円、433万円、410万円、419万円と横ばいとなっている。男性全体を見ても給与部分の規模による差は、1~4人の380万円に対し5000人~は516万円と36%増だが、賞与の部分は16万円が157万円と約10倍(1000%増)となっている。大きな企業に勤めると、ボーナスが増え年収が増えることが期待できそうだ。女性は男性ほど事業所の規模による差はない。また、1000人以上は減少傾向も見られる。
給料の高い業種は?
民間給与実態統計調査には業種ごとの平均給与も掲載されている。業種は「日本標準産業分類(総務省)」なるものがあるそうで、以下の14種類に分類されている。
製造業だけ見ても食品、木材、石油、鉄鋼、電子部品、通信機器、車など多岐に渡っているので同じ分類でも業績や給与に差はあるが、業種ごとの差を垣間見ることはできるだろう。平成28年の業種別の平均給与は以下のグラフとなる。
最も平均給与が高い業種は電気・ガス・熱供給・水道業で769万円となっている。続いて金融業・保険業、情報通信業、学術研究・教育・学習支援業、製造業、建設業などとなっている。低いのは宿泊業・飲食サービス業、農林水産・鉱業、卸売業・小売業などだ。
14業種で断トツなのが電気・ガス・熱供給・水道業で、平均の1.8倍という高収入となっている。電気・ガス・熱供給・水道業の中には大手の電力会社やガス会社も含まれるし、地域地域のプロパンガス関係の会社もあると思われる。地域独占色もあり電力会社の好待遇は想像できるが、東日本大震災が給与に影響はしていないのか気になるところだ。
電力会社だけの給与はデータとして掲載されていないが、電気・ガス・熱供給・水道業の過去9年の推移をグラフにしてみた。赤棒が全体の平均。青棒が電気・ガス・熱供給・水道業。緑の折れ線グラフはその年の平均給与に対する比率だ。
リーマンショックの影響で2009年の平均給与は675万円から630万円に減少し、平均に対しても157%となった。2011年の震災の影響なのか2013年、2014年の給与は下降しているが、2015年からV字回復をして、2016年は769万円、182%となった。電力会社だけのデータではないが、すでに給与には震災の影響はないと言えそうだ。
年収に地域差はあるのか?
国税局ごとの平均給与を見ていこう。国税局は札幌、仙台、関東信越、東京、金沢、名古屋、大阪、広島、高松、福岡、熊本、沖縄の12の管轄に分かれているが、担当する県がやや分かりにくいところもあるので確認しておこう。
東京国税局は東京都、神奈川県、千葉県ときて、埼玉県ではなく山梨県。関東信越は茨城県、栃木県、群馬県、新潟県、長野県ときて、埼玉県はここに入っている。仙台は東北6県、金沢は北陸3県、名古屋は愛知県、三重県、岐阜県、静岡県の東海4県。大阪、広島、高松は関西、中国、四国の各県。福岡国税局は福岡県、佐賀県、長崎県。熊本は熊本県、大分県、宮崎県、鹿児島県。札幌は北海道、沖縄は沖縄県となっている。
各国税局の男性、女性、男女平均の平均給与をグラフにしてみた。青が男性、赤が女性、緑が男女平均だ。男女平均を見ると東京が489万円でトップ。2位争いは名古屋の421万円と大阪の418万円が僅差だ。男性だけを見ると東京の599万円がトップで、名古屋、大阪が2位争い。4位争いは熾烈で関東信越が469万円、金沢が466万円、広島が468万円、福岡が466万円と3万円差で4つの地域が競り合っている。
女性は東京だけが頭ひとつ出ているが、それ以外は男性ほど地域差はない。これまでのデータを見ると女性の平均給与は年齢や事業所の規模、地域による差が男性よりも少ない印象だ。
13%のお金持ちが83%を納税
ここからは「平成28年分 申告所得税標本調査」(PDF)を見ていこう。このデータは平成28年分の所得税、復興特別税を平成29年(昨年)2~3月で確定申告し、納税をした人が対象となっている。確定申告から1年後の2月末に公開されるもので、先日最新版が公開されたばかりだ。この調査も歴史は長く、戦後まもない昭和26年に始まっている。
調査方法は標本調査で、例えば事業所得者の標本割合は所得300万円なら約30%、所得800万円なら約38%、母数の少ない所得10億円を超える人は100%(全数調査)などと所得階級が高くなると標本割合が高くなるように設定し精度を高めている。実際の標本数は、事業所得者は約54万人、不動産所得者は約34万人などとなっている。
民間給与実態統計調査は、サラリーマンの給与にフォーカスした調査。この申告所得税標本調査は、自営業者、フリーランスなどの個人事業主や不動産所得、配当所得、譲渡所得など確定申告をする人の所得や税額にフォーカスした調査となっている。ただし、サラリーマン(=給与所得者)でも年収2000万円を超える人や副業収入がある人、複数の企業から給与をもらっている人などは確定申告が必要なため、データ上、最も人数が多いのは給与所得者となっている。
申告納税者の所得階級別の構成割合から見ていこう。以前の記事でも平成27年分のグラフを紹介したことはあるが、今回は公開されたばかりの最新版のデータとなる。
上段が所得階級別の納税者の人数構成で、所得100万円以下の人は全体の7.4%、100万円超200万円以下は23.4%……1億円を超える人は0.3%となっている。中段は各階級の所得合計額の構成比率で、下段が階級別の納税額だ。所得100万円以下の人の納税額は全体の0.1%、100万円超200万円以下は0.9%……1億円を超える人は20.9%となっている。
黄色く塗った部分は所得1000万円を超える人だ。所得1000万円超えの人数は全体の12.7%だが、納税総額は全体の83%を占めている。過去の調査から平成23年~平成28年の階級別の納税額を並べて見ると、所得1000万円超えの人(黄色~赤色)の納税額の比率は80.1%、80.5%、81.9%、82%、82.6%、82.9%と年々比率が上がっている。
参考程度にサラリーマンの給与階級と税額も見てみよう。民間給与実態統計調査には税額のデータは少ない。また、給与(=収入)がベースなので、所得(給与所得控除後の金額)を正確に求めることはできない。なので、申告所得税標本調査の所得・税額と比較することはできないが、給与階級と税額をグラフにしてみた。
黄色の部分は給与(給与のみなら年収)が1000万円を超える人で、人数は4.3%、税額は49.9%となっている。年収500万円を超える人を見ると、28.6%の人が82.2%の税額を負っているという構図だ。
余談だが、このグラフのソースは民間給与実態統計調査に掲載された以下の表だ。この表では年収800万円以下と800万円を超える人を区別して集計し、コメントには「年間給与額800万円超の給与所得者は8.9%にすぎないが、その税額は62.4%を占めている」と記載されている。
国税庁はサラリーマンの年収が800万円を超えると“お金持ち”と考えているようで、2020年に増税が予定されている年収850万円超というラインは、将来的には800万円に引き下げられ、より多くのサラリーマンが影響を受ける予感がする。
億万長者は何をしているか
税金の雑談の最後は億万長者についてだ。ここまで読まれた人は「へぇ~」「ふーん」「それで」と思っているだろう。輪をかけて「それで」というネタで締めくくりたい。
年配の人は記憶していると思うが、昔は高額所得者、高額納税者(通称:長者番付)が公開されてた。大企業の創業者やプロ野球選手などの所得や納税額が実名で報道されていた。調べてみると個人情報保護法や犯罪抑止のため2005年分から廃止されたようだ。
1970年代、筆者が通った名古屋市内の小学校の前に学校より広い敷地の豪邸があった。地元の長者番付に名を連ねる人の自宅で、当時は他で見ることのなかった監視カメラが大きな門に設置されていた。検索してみたら1990年代にも高額納税者で全国2位に入っていて、少し下に小室哲哉氏の名前が掲載されていた。Google マップで見ると自宅は売却されたようで、現在はその敷地にマンションが6棟建っている。億万長者という言葉で50年前の記憶がよみがえるほどの豪邸だった。
話を戻そう。現在は実名は公開されていないが、所得階級ごとの人数は公開されている。「平成28年分 申告所得税標本調査」のデータ部分の最初に出てくるのが以下の表だ。
所得が1億円を超える人は1万8333人、100億円を超える人は17人となっている。この17人の所得金額の合計は3829億円。納税額は566億円となっている。17人の平均所得は225億円、納税額は33億。サラリーマンの平均納税額を18万6000円とすると1万8000人分の税額を1人で納めてくれていることになる。
この17人は何をしているのか。所得者区分の円グラフにあった事業所得者、不動産所得者、給与所得者、雑所得者に100億円を超える人はいない。17人全員が「他の区分に該当しない所得者」に含まれていた。
「他の区分に該当しない所得者」とは? これに該当するのは利子所得、配当所得、退職所得、山林所得、譲渡所得、一時所得などだ。所得は1つとは限らない。サラリーマンの中にも副業で不動産や株で所得がある人がいるように、会社の役員として給与所得があり、株主として配当所得があり、土地を売った譲渡所得もある、といった複数の所得が考えられる。
さらにデータを追うと、17人中16人が「株式等の譲渡所得等」に該当し、17人の合計所得の9割ほどとなる3512億円は株の売り買いによる所得のようだ。2番目に多いのは分離長期譲渡所得(国税庁タックスアンサー No.3202 譲渡所得の計算のしかた(分離課税))=土地の譲渡所得が144億円、3番目は配当所得で133億円となっている。
17人中15人は給与所得(少なめでも39億円)があるので、会社役員をしながら株を売ったり、土地を売ったり、配当をもらったりしていると思われる。所得100億円は無縁の世界だが、566億円も納税してくれる人達には、日本の将来のため、これからも活躍してほしいと思う。