カーボンニュートラル、全車種を電気自動車(EV)化……、世界的な環境問題への取り組みが自動車業界にも大きな影響を与えている。はたして技術革新はどこを目指すべきなのか。経営コンサルタントの大前研一氏が考察する。
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地球温暖化対策や環境問題のニュースを目にしない日はない。猫も杓子も「CO2排出ゼロ=カーボンニュートラル」の大合唱だ。
たとえば、菅義偉首相は昨年10月、臨時国会の所信表明演説で「我が国は2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」と宣言した。
これを受けて経済産業省は昨年末に策定した「グリーン成長戦略」の中で「遅くとも2030年代半ばまでに、乗用車の新車販売で電動車100%を実現できるよう、包括的な措置を講じる」としたが、小泉進次郎環境相は「明確に年限を区切るべきだ。“半ば”であれば2035年と言ったほうが、日本のカーボンニュートラルに対する覚悟が伝わる」と述べた。
しかし、EVについては今冬、新潟県の関越自動車道や福井県の北陸自動車道などで大雪により立ち往生する車が相次いだことで、致命的な弱点が顕在化した。あの状況では、EVはにっちもさっちもいかない。
停まっていればヒーターを使っていても意外に電池は減らないとされるが、もし「電欠」になってしまったら、ガソリン車やHV(ハイブリッド車)のように携行缶などで簡単に給油するわけにいかないので、万事休すだ。レッカー車に充電スポットまで牽引してもらうしかない。大雪に限らず、地震であれ、洪水であれ、崖崩れであれ、EVは道路上で電欠になったら、レスキュー方法がないのである。
また、たとえ2035年以降はEVしか生産されなくなったとしても、それまでに販売されたガソリン車はその後も15~20年使用される。2050年になってもガソリン車は残り、ガソリンスタンドも必要なのだ。
しかも、今やHVはどんどん効率が良くなって燃費が向上し、たとえばトヨタの「プリウス」「アクア」「ヤリス」「C-HR」などのHVは25~35km/Lの低燃費を達成している。EVのCO2排出量がガソリン車を下回るのは走行距離9万~11万kmという試算もある。
ならば、中国のように何が何でもEVではなく、HVやガソリン車を併用しながら、電欠の不安なしにEVが使えるところはできるだけEV化する、というのが日本の正しい選択肢ではないだろうか。
日本で電力供給の逼迫は大きな問題
さらに、すべての自動車をEVにしたとしてもリチウムイオン電池の生産やリサイクルには多くの電力が必要であり、再生可能エネルギー用の太陽光パネルなどを生産する時も同様だ。その電力が火力由来の場合、大量のCO2を排出する。CO2を出さない原子力発電所の大半は停止中だ。この矛盾をどうするのか?
実際、日本自動車工業会の豊田章男会長(トヨタ自動車社長)は昨年12月、日本は火力発電の割合が77%(2018年度)の国だから、自動車の電動化だけでは二酸化炭素の排出削減につながらないとの認識を示し、「カーボンニュートラル2050は、国家のエネルギー政策の大変革なしにはなかなか達成が難しい」と指摘した。そして「夏の電力使用のピーク時に乗用車400万台が全部EVだった場合は電力不足になり、解消には発電能力を10~15%増やさねばならない。それは原発でプラス10基、火力発電ならプラス20基必要な規模」という試算も示した。
すでに日本の場合、電力需給の逼迫は大きな問題だ。1月には全国各地で電力の供給力に占める需要の割合を示す「使用率」が96~99%に達した。これはあってはならないことである。もし火力発電所が一つでも停止して、ブラックアウト(大規模停電)が起きれば市民生活に甚大な影響を及ぼすからだ。
現に最近、米テキサス州では寒波で電力不足に陥り、発電所が次々に落ちて大規模なブラックアウトが発生した。2018年の北海道胆振東部地震でも道内全域停電に見舞われた。電力網は余力を持って動かさなければならないという教訓だ。
私は東日本大震災で原発再稼働が難しくなって以降、電力使用率が90%を超えたら「停電警報」を発令すべきだと提言してきた。具体的には、携帯電話やテレビで地震警報と同じように「停電寸前です。使用中の電気を止めてください」と警報を流し、エアコン、テレビ、電灯、パソコンなど緊急性の低い電化製品の使用をやめ、5階建て以下の建物のエレベーターも止めて停電を回避する、というものだ。それもできていないのにこのままEV化を進めたら、ブラックアウトを引き起こすだけである。
となれば、ここはもう考え方を根本から変えるべきではないか。すなわち、カーボンニュートラルを第一目標にするのではなく、以前から私が提言しているように、トータルの電力使用量を半分に減らす「節電」を最優先すべきだと思う。その柱は大きく三つある。
●住宅やオフィスビル、商業ビル、役所などの照明をすべてLEDに替える。
●建物の断熱性を高める。
●工業用・商業用のモーターとコンプレッサーの効率を倍以上にする。
この三つに国を挙げて取り組み、イノベーションを加速すれば、電力使用量は今の半分にできるはずだ。また、その技術とノウハウは輸出可能であり、工業立国・日本らしさを持つ。
再生可能エネルギーの電力で水電解し、CO2を排出せずに製造する「グリーン水素」や、石炭火力発電所などから出るCO2を地中に閉じ込める「CO2回収・貯留技術(CCS)」などの最先端技術の開発・普及も注目されるが、その一方で、国全体で電力使用量を減らすにはどうすべきか、具体的な議論を盛り上げていくことも重要だろう。
菅政権は「2050年カーボンニュートラル」という他国と同じキャッチフレーズを連呼するのではなく、日本独特の工業技術を駆使した取り組みを同時並行で推し進め、現実的な「最適解」を導き出すべきである。
【プロフィール】
大前研一(おおまえ・けんいち)/1943年生まれ。マッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社長、本社ディレクター等を経て、1994年退社。現在、ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長、ビジネス・ブレークスルー大学学長などを務める。最新刊は『日本の論点2021~22』(プレジデント社)。ほかに小学館新書『新・仕事力 「テレワーク時代」に差がつく働き方』等、著書多数。
※週刊ポスト2021年3月19・26日号