新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が世界的に猛威を振るうなか、あらゆる薬剤に耐性を持つこともあるスーパー(超多剤)耐性菌カンジダ・アウリス(Candida auris、カンジダ・オーリスとも)の感染が一部で拡大していると、医師たちが警鐘を鳴らしている。カンジダ・アウリスは特に院内感染で広がりやすく、今年はコロナ患者であふれる医療現場に大きな負担がかかっているためだ。
カンジダ・アウリスは、シーツ、ベッドの手すり、ドア、医療器具などに付着して長時間生存し、そこに人の手が触れると感染が広がる。また、カテーテルや人工呼吸器、流動食など、体内へ管を挿入するときに感染するリスクが高い。コロナで入院した患者は、呼吸器系がやられるため、こうした措置を受ける機会も多い。
「残念なことに、一部の地域でカンジダ・アウリスが拡大しています」と、米疾病対策センター(CDC)の真菌症部長トム・チラー氏は言う。「救急病院やコロナ病棟にまで広がっているところもあります。いったん感染が発覚すると、完全に取り除くのが難しいので、非常に心配です」
カンジダ属の真菌は、元々舌や性器に白い斑点ができる程度の軽い症状を引き起こすことで知られていた。ところが、カンジダ・アウリスは2009年に帝京大学の槇村浩一教授らが初めて報告してから、少なくとも40カ国で報告され、数千人の感染者が出ている。日本型の病原性は低いものの、致死率が30〜60%にのぼるタイプもある。
薬剤に耐性を持つ菌は、カンジダ・アウリスだけではない。既に世界では、数百万人が様々なスーパー耐性菌に感染しており、カンジダ・アウリスの感染拡大はその危機をさらに悪化させる恐れがある。2019年、CDCはカンジダ・アウリスを米国の薬剤耐性菌のなかでも最大級の脅威と位置付けた。今年は8月末までに、米国内で1364件の感染が確認されている。2018年全体の感染者数と比較して4倍強だ。
だが今年は、新型コロナの陰で見逃されているカンジダ・アウリスのケースも多く、実際の数字はそれよりもはるかに高いとみられる。菌が人の皮膚に付着しても、症状を示さない場合がある。新型コロナの流行中に急増している超過死亡数の中に、スーパー耐性菌による死者が含まれている可能性もある。世界中の医師たちが警鐘を鳴らしているのはそのためだ。
コロナ重症患者が院内で感染か、10人中6人が死亡
2011年のこと。インド、ニューデリーの研究所で働いていたアヌラダ・チャウドリー氏のもとへ、複数の血液サンプルが送られてきた。市内にある2つの病院の集中治療室と新生児室で、謎の真菌感染症が広がっているということだった。
デリー大学ヴァラブバイ・パテル・チェスト研究所の医真菌学教授であるチャウドリー氏は、真菌の正体を特定し、治療薬を提案するよう依頼された。分析結果を見たチャウドリー氏は、首をひねった。
「カンジダ・アウリス? 何それ? と聞いてしまいました」
チャウドリー氏が知らなかったのも無理はない。カンジダ・アウリスが初めて報告されたのは、そのわずか2年前だった。ある患者の耳の中から発見されたので、ラテン語で耳という意味を持つ「アウリス」と名付けられた。
何よりも驚いたのは、真菌感染症に真っ先に使用される治療薬フルコナゾールが、チャウドリー氏の血液サンプルにはまったく効果を示さなかったことだ。2013年に、チャウドリー氏の研究チームがこの件に関して論文を発表しているが、その後カンジダ・アウリスはフルコナゾールやその他のアゾール系薬剤に耐性を持っていることが明らかになった。また、別の主要な2つのタイプの抗菌薬すら効かない場合もある。
現在チャウドリー氏は、デリーの集中治療室に入った新型コロナの重症患者のなかで、カンジダ血症が認められた患者を研究している。カンジダ菌が血液に入り込んで起きる疾患だ。
チャウドリー氏らが医学誌「Emerging Infectious Diseases」の11月号に発表した小規模研究の結果では、15人の患者のうち10人にカンジダ・アウリスが見つかった。いずれも院内で感染したとみられている。
全ての血液サンプルがフルコナゾールに耐性を持ち、血液から分離した株のうち4つは別の抗菌薬アムホテリシンBも効かなかった。最後の望みであるエキノカンジンは、インドでは入手が難しい。最終的に、6人が死亡した。
チャウドリー氏は、新型コロナと同じく、カンジダ・アウリスの感染拡大を抑えるためにも、検査と接触者追跡が重要であると訴える。カンジダ・アウリスの検査は、皮膚の表面をこするか、血液または尿を採取して行う。陽性と判定された患者では、3種類の抗菌薬の効果が調べられる。
こうしてスーパー耐性菌による死者数をある程度特定することは可能だが、院内感染しやすいという点が問題を複雑にしている。病院では、患者は既にコロナなどほかの病気にかかっているため、死因がその病気によるものなのか、薬剤耐性菌によるものなのかを判断するのは難しい。
気候変動とパンデミック
2019年、世界保健機関(WHO)は薬剤耐性菌を人類の健康に影響を与える10大脅威のひとつに挙げ、今や簡単に治療できるようになった結核や淋病すらも制御できない世界へ逆戻りしてしまうのではとの懸念を示した。
世界的に家畜や人間の医療現場で抗菌薬を乱用したことが、スーパー耐性菌を誕生させたといわれている。だが、ワシントンD.C.にある疾病動態経済政策センター(CDDEP)の設立者で代表者のラマナン・ラクスミナラヤン氏は、気候変動によって真菌感染症が将来さらに拡大するだろうと予測している。
米国微生物学会の学術誌「mBio」に昨年掲載された論文では、「カンジダ・アウリスはおそらく気候変動によって誕生した初めての真菌感染症かもしれない」との見方が示された。
感染症にかかると、人間は防御反応として発熱する傾向がある。菌は熱に弱いためだ。だが、カンジダ・アウリスのような真菌が地球温暖化により高温の環境に適応すれば、その防御反応も効かなくなる恐れがある。つまり、将来的には既存の真菌が拡大するだけでなく、新たな真菌感染症が現れるかもしれない。
「抗生物質が効かない細菌が増えているように、抗菌薬が効かない真菌も人類を脅かすようになるかもしれません」とラクスミナラヤン氏は警告する。多剤耐性結核菌や、北米を中心に症例が急激に増えているクロストリディオイデス・ディフィシル(Clostridioides difficile)などの強力な細菌は、米国で年間280万件というスーパー耐性菌感染症の99%を占め、死者はおよそ3万5000人に上る。
以前から薬剤耐性を育む温床と言われてきたインドは、今や新型コロナ感染症流行の中心地となっている。チャウドリー氏の研究室でも、約半数の職員が最近の検査でコロナ陽性と判定され、2人が死亡した。個人的にも大変な状況に置かれているなか、カンジダ・アウリスの脅威に人々が気付き始めていることを、チャウドリー氏は歓迎している。
「多くの人が、インドの問題なので自分たちには関係ないと考えていました。これまで私はたったひとりで研究し、大変な思いもしましたが、今は世界がその研究に取りかかっています。真菌感染症は、決して無視してはいけない病気です」