筆者が青春時代を送った1990年代は、「若者=カラオケ」という方程式ができた時代でした。
カラオケボックスが世の中にどんどん増えていき、若者がこぞってカラオケに行き、カラオケで歌われたCDがめちゃくちゃ売れた時代……。しかし、当時から20年以上が過ぎ、この方程式が、徐々に崩れてきているようです。
シダックスによると、カラオケの主力顧客層は20~30代。2008年度には来店客の56.7%を占めていたものの、景況感の悪化などで2013年度は53.8%に低下。一方、60歳以上は同じ期間に8.8%から15.9%へと急速に上昇。
全国カラオケ事業者協会のまとめでは、「カラオケを利用する『参加人口』は直近のピークだった1995年度の5850万人から2013年度は4710万人に落ち込み、厳しい状況が続く」とのことです(産経新聞2014年9月3日より)。
つまり、カラオケ人口自体が減っており、いまだに主要顧客は若者ではあるものの、その比率は下がっているようなのです。
少子化で、全人口に占める若者の割合が減っている影響もあると思いますが、カラオケが普及してから随分と時間がたち、若者と接するなかで、彼らにとって新鮮な存在でなくなってきていることを、日々、実感します。
若者の「カラオケ離れ」が徐々に進む中、今の若者のカラオケニーズはどのように変化してきているのでしょうか?
今回、博報堂ブランドデザイン若者研究所の現場研究員たち(写真右)が、今どきの若者のカラオケ事情をレポートしてくれたので、彼らの分析から、新しい若者のカラオケについて考えていきたいと思います。
「空気を読む」世代のカラオケとは
今どきの若者はさとり世代と言われ、「空気を読む」世代とも言われるが、それがカラオケにも顕著に表れてきていると感じる。
今回、私立大学に通う2年生のカラオケに密着し、その実態をレポートする。彼ら3人は全員同じ大学に通い、社会問題などについて勉強するサークルで知り合ったそうだ。
カラオケ店に入ると、ドリンクを注文し、入室する学生たち。部屋に入って10分ほど大学の授業やテストの話をした後に、3人のうちのひとりが曲を入 れた。その曲はAKB48の「ヘビーローテション」。いつもカラオケでいちばん最初に歌う曲は、みんなが知っている、比較的新しい、かなり明るいトーンの ものが多いそうだ。
1曲目の定番曲を終えると、今の若者っぽいカラオケが始まる。
次に彼らが選んだのは2004年に発売されたFLOWの「GO!!!」という曲。彼らが10歳当時にリリースされた、一昔前の曲である。
それから彼らは自分たちが生まれる以前に発売された、THE BLUE HEARTSの「リンダリンダ」(1987年)、サザンオールスターズの「真夏の果実」(1990年)や幼稚園から小学生の頃に発売されたORANGE RANGEの「花」(2004年)、L’Arc-en-Cielの「Driver’s High」(1999年)などを歌った。
なぜこのように最新の曲ではなく、過去の曲ばかりを歌うのだろうか。彼らに尋ねてみると、「今は音楽が多様化してしまい、最近発売された曲で、みんながお互いに知るものは少ない。だから古い曲を歌う」と答えてくれた。
またほかの学生は、「若者にとって聞く音楽と歌う音楽は別。私は韓国の音楽ばかり聞いている。けれども一緒にカラオケに行くメンバーがあまりK-POPに興味がない人が多いから、カラオケでは歌わない」と教えてくれた。
生まれる前に活躍していたアーティストの曲であっても、音楽番組の「昭和のヒット曲集」のようなコーナーを通じて接点も多く、最近、発売された曲よりも知名度が高いケースも多いため、「共通項」としてみんなで盛り上がることができるようだ。
特に、このような現象は女子に顕著で、「歌謡曲女子」と呼ばれる若者も増えている。山口百恵や松田聖子、ピンク・レディーといった昭和のアーティストの曲を十八番とし、振り付けなどもマネしながら場を盛り上げることに全力を注ぐ。
以下は、ここまでで本文で触れたもの以外に、彼らが今回のカラオケで歌った曲一覧と、発売された年のリストである。最新の曲はほとんどないことが見て取れる。
※左から曲名、(アーティスト名/リリース年)
彼らは最初にAKB48の「ヘビーローテーション」を歌っていたが、ここでも若者なりの行動が見られた。それはマイクをみんなで回しながら歌う、いうものだ。
一般的にカラオケといえば、1曲をひとりで歌いきるというのが一般的だったはずだ。しかし彼らは、1番・2番・3番とマイクを回し合いながら、みんなで1曲を歌いあげていた。
彼らにとってこの行為は当たり前で、周囲でもこのような歌い方をする若者は多いそうだ。念のため、大学生・高校生50人にアンケートを取ってみたところ、約75%の若者はみんなでマイクを回しながら1曲を歌った経験があるという回答を得た。
では、なぜマイクを回す必要があるのか。それは、「空気を読む」ということと関係している。
そこにいる全員が知っている曲なのに、自分1人だけで歌いきるのは「自分勝手」「わがまま」だと思われるのではないのかと気遣い、このような行動をとるそうだ。
やはり、マイクを回して歌われる曲というのは、幼い頃に放送されていたアニメソング、具体的には「おジャ魔女カーニバル!!」やAKB48など全員で盛り上がれる曲が多いそうだ。
また彼らに同行していると、ある機能をいっさい使っていないということに気づいた。その機能とは「採点機能」である。
彼らによると、中学や高校の頃はカラオケに行くたびに採点機能を使っていたが、大学生になると利用する機会は少なくなったそうだ。その理由を問うと、「もし低い点数を友達がたたき出してしまったら気まずいから使わない。とても仲のいい友人とカラオケに行くときにたまに使う場合もあるぐらいで、ほとんど使うことはない。また採点をしている間や、採点の結果を見ている時間がもったいない」とのことであった。
そのほかにも、若者ならではのカラオケの特徴として、曲の途中であるにもかかわらず演奏を停止するというものがある。
その背景には、最後まで歌ってしまうと時間を独り占めしてしまい、ほかの人が歌う時間を奪ってしまうという思いがあるという。つまり、ひとりで時間を使ってしまうのは申し訳ないと感じるからなのだそうだ。
現代の大学生は、SNSの普及や所属するコミュニティの多様化によって、昔と比べて他人と接する機会が確実に増えている。
学業に加えアルバイトやサークルに励む大学生にとって、「暇な時間」は明らかに取りにくくなっている。その中でカラオケに行くとなったときには、貴 重な時間を有効活用して、なるべく多くの曲を歌いたい。また、友達にとっても同様に貴重な時間であるため、気を遣いながら歌うべきである……という共通認 識が生まれているのだ。
デンモクというのは、選曲の際に使用するリモコンのような機械のことで、そこには「履歴」という項目がある。
履歴ボタンを押すと、自分たちよりも前に部屋を使った人たちの歌った曲目が一覧となって表示される。若者たちは、わざわざ歌手名や曲名を検索して選曲するのではなく、このような履歴から実際に歌う曲を選ぶ人が多いということもわかった。
特に若者の利用率が高い渋谷や原宿にあるカラオケ店では、わざわざ歌手名や曲名から検索するよりも、履歴を利用したほうが早く歌いたい曲にたどり着けるというのが理由といえる。また、検索が繰り返されることで、どの若者も歌う曲が似通ってきていることも特徴のひとつといえる。
やはりここでも、時間を有効に活用したいという思いや、選曲で「外したくない」といった意識を持っていることがうかがえるのではないだろうか。
これらの事例を読み、若者は「ここまで気を遣うようになったのか!」と思われる方もいるだろうが、その”反動”も出ている。それが、「縛りカラオケ」だ。
「縛りカラオケ」とは、あるひとつのテーマやアーティストの曲に限定して歌うことだ。たとえば、韓流アイドルの楽曲、アニメソング、洋楽、エミネムなど、あるひとつのテーマに限定して、その曲を歌いたい人だけが集まってカラオケに行くというものだ。
従来から「縛りカラオケ」自体は存在したが、今回ヒアリングした印象からも、「縛りカラオケ」を行う若者は増加傾向にあるように思う。
ここまで紹介したような「みんなが知っている曲を歌って場を盛り上げ」たり、「曲の途中であっても周囲に気を遣って演奏を中止にする」など、思う存分、自分の好きなように歌えない環境が背景にあり、年々拡大しているからと感じる。
実際はあまり有名でないアニメソングを歌いたくても、全員が盛り上がれる・知っている曲を歌わざるをえない。だから若者は、空気を読む必要のない、 趣味が合う人同士で「縛りカラオケ」をセッティングし、自分の好きな曲を歌うようになってきている。ほかにもひとりでカラオケに行くという「ヒトカラ」 も、同様のニーズから生まれたと思われる。
人付き合いでやたらと忙しい今の若者たち
ここまで、若者のカラオケ事情について紹介してきたが、いずれの事例にも共通するのが「気遣い」というワードである。まさに、「空気を読む」という ことであるが、ひと昔前であれば、みんなでマラカスやタンバリンを手に持ち、自然と盛り上がるというのが当たり前だったかもしれない。
しかし、スマートフォンやSNSが登場し、その場にいない人とも常時つながるようになった。そのため、興味のない曲が続いたり、ダラダラと知らない 曲を歌われたりしようものなら、即座に視線は手元のスマホに移り、歌い手に関心も向けられないということが起こりうる。だからこそ、全員が退屈しないよう な、気遣いのカラオケが必要となってくるのだ。
前述したように、今の若者は、限られた時間の中で最大限に楽しみたいという欲求を強く持っている。もちろん学生なので、本当に「時間がない」わけで はない。しかし、ゼミやバイト、サークルといった定番の活動以外に、インターンシップや学生団体での活動といった複数のコミュニティに属する若者も増えて いる。すべての活動に顔を出しながら、しかも、いずれの団体でも嫌われないように密にコミュニケーションを取り合うために、趣味などに割く時間が足りなく なる若者は明らかに増えている。
こうした背景が、極度に気を遣う若者のカラオケにつながっていると考えている。
原田の講評:「同調志向」をサービス開発のヒントに
今どきの大学生のカラオケ事情はいかがだったでしょうか。
多様化の時代と言われて久しいですが、主にケータイやソーシャルメディアの普及により、今の若者たちの同調志向を強めている面が、カラオケというシーンにおいては少なくとも見てとれたのではないでしょうか。
この同調志向ですが、逆手に取れば、新しいカラオケや、そのほかのレジャーへのヒントにもなるのではないでしょうか。
今回、若者たちはカラオケでみんなが知る曲しか選ばない傾向があるということでした。そこで、あくまでたとえばですが、その曲がどれだけ頻繁に、ど れくらいの年代の人たちに歌われているか、認知度があるか、などのデータを提示してあげれば、「あ、この曲。一見マニアックに見えるけど、こんなに歌われ ていて、こんなに認知度があるなら、僕も入れてみようかな」などと思い、安心感を持ってもっといろいろな曲にチャレンジすることができるようになるかもし れません。
また、今の若者がひとりで1曲を歌い切るのではなく、マイクをみんなで回して、みんなで歌う傾向があるのであれば、マイク自体をなくしてしまい、部屋の上部ににマイクを吊るして、最初から全員で歌えるようにしておくと、彼らのニーズにより合っているかもしれません。
ここに挙げたものは、あくまでジャストアイデアにすぎませんが、いずれにせよ、今の若者の同調志向の高まりをとらえ、彼ら向けの新消費・新サービス創造の発想の土台にしてみるのもよいのではないでしょうか。