■偽書から反日映画10本製作に怒りを
≪荒唐無稽な残酷記述≫
アイリス・チャン著『レイプ・オブ・南京』の冒頭部分に次の一節がある。
《多くの日本兵は、レイプだけにとどまらず、女性の腹を裂いて腸を抜き出し、乳房を薄切りに切り落とし、生きたままクギで壁に打ち付けた。父親は自分の娘を、息子は自分の母親を、家族が見ている目の前でレイプすることを強要された。生き埋め、性器切断、内臓摘出、火あぶりが日常的になっただけではない。舌に鉄のカギをかけて吊(つる)したり、腰まで生き埋めにされた犠牲者が生きながら軍用犬に引き裂かれるのを見物するといった悪魔的な行為が行われた。その吐き気を催す光景には南京在住のナチ党員たちすら慄然(りつぜん)とし、大虐殺は「機械仕掛けのけだもの」の所業であると断言したほどだった》(英文6ページ)
チャンはこの記述を南京事件の生存者のインタビューに基づくと注記しているが、何の裏付けも与えていない。こんなことは日本人の習慣にはなく、日本人には思いつくことすら難しい種類の行為であることを読者は直ちに了解されるであろう。しかし、英語で同書を読んでいる多くのアメリカ人には日本と中国の文化の違いは分からない。そして同書は全編この調子で書かれているのである。
チャンは2万件から8万件のレイプ事件と最大で43万人の市民虐殺があったというが、何の証明もない。チャンの流儀を象徴する記述がある。1937年8月15日に昭和天皇が松井石根大将を皇居に召喚して南京大虐殺を指示したと書いている。唯一の根拠は偽書として悪名高いバーガミニの『天皇の陰謀』の記述である。しかしその事実を裏付けるいかなる史料も存在しない。チャンの本は学問的に無価値なトンデモ本であり、反日目的の偽書である。
≪暴露された偽造写真≫
それにしても50万部を超えるベストセラーとなり世界的に話題になった同書の日本語訳が、この翻訳大国日本でいまだに出版されていないのは一つの謎といえよう。以下、その謎解きをする。
1997年12月、『レイプ・オブ・南京』が出版された時、私は同書の内容もさることながら、同書に収録された34枚の写真の影響力のほうがもっと恐ろしいと思った。私は南京事件の本格的な研究に取り組んでおられた亜細亜大学の東中野修道教授のお力添えを得て、翌年2月「プロパガンダ写真研究会」を組織し、チャン本掲載の写真を虱(しらみ)潰(つぶ)しに検証する作業を開始した。それによって写真の偽造が次々と明らかにされ、その成果は逐次産経新聞が報道したので、広く知られるところとなった。内容はのちに藤岡・東中野共著『「ザ・レイプ・オブ・南京」の研究』(祥伝社)としてまとめられた。
日本の出版社・柏書房は早くからチャン本の翻訳権を取得し、平成11(1999)年2月25日に発売の運びとなっていた。しかし、私たちの写真検証が大きな圧力となり、原著のままでは出版できない状況になった。
加えて、原著にはおびただしい誤りがあった。徳川氏の政権の成立時期が1世紀もずれていたり、陸軍将校の階級名である大佐を「タイサ」というファースト・ネームと混同するなどの初歩的な誤りが100カ所以上も発見されていた。
≪放置すれば浸透する≫
柏書房は左翼系の出版社ではあるが、歴史の専門書の出版社としてもそれなりの実績があった。誤りをそのままに出版することは出版社の信用を失墜させる。そこで柏書房は訳注と解説で誤りを訂正する措置をとろうとした。ところが、チャンはこれを拒否。窮地に陥った柏書房は、原著は訂正せず出版するものの、その誤りや問題点を指摘した解説本を同時に発売することにした。苦肉の策である。
同年2月8日付の産経新聞夕刊は日本語版が無修正で発行されることを報道し、解説書の出版にも言及した。これを読んだ朝日新聞の記者がチャンに電話取材したところ、解説書の出版を知らされていなかったチャンは激怒した。こうして急遽(きゅうきょ)、著者の指示で翻訳書の出版は差し止められたのだ。翻訳書出版が頓挫した原因は、原著のあまりのデタラメさにあったのである。
しかし、どんなデマでも放置すれば浸透する。私たちは上記共著の翻訳をアメリカの200を超える出版社に持ちかけたが、ことごとく断られた。かくして南京陥落70周年の今年、チャンの荒唐無稽(むけい)な偽書をベースにした反日映画が10本近くもつくられることになった。日本人は怒るべきであり、日本政府は国の名誉にかけて対応すべきである。(ふじおか のぶかつ=拓殖大学教授)
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