今度、蚊が血を吸おうと腕に止まっているのを見つけたら、絶対によく狙った方がいい。もし叩き損ねたとしても、その蚊が次にあなたを狙わなくなる可能性があるからだ。
蚊に刺されそうなときに叩くと、蚊は死にそうになった体験とその人の匂いを結びつけて覚え、将来その人を避けられるようになるという研究結果が発表された。1月25日付けの学術誌「Current Biology」に掲載されたこの論文は、刺す相手についての学習能力が蚊にあることをはじめて示したものだ。
「パブロフの蚊みたいなものです」。論文の主要な筆者であるジェフ・リッフェル氏は、合図があると条件反射でヨダレを出すようになった有名な犬の実験になぞらえる。
実際のところ、米ワシントン大学の神経生態学者のリッフェル氏が試したのは、この犬の場合と同じ「古典的条件付け」という学習だった。
蚊は、人間などの美味しい獲物から漂うある種の匂いに引き寄せられる。そこで、蚊には非常に魅力的な人間の匂いが漂う中で、ネッタイシマカが刺すのを邪魔するように、叩いた際に腕を伝わるのと同程度の小さな振動を20分間にわたり繰り返した。
すると、蚊はその後24時間以上もこの匂いを避けるようになることがわかった。その効果は、害虫忌避剤ディートを用いた市販の虫よけスプレーと同じくらいの強さである。
さらに、古典的条件付けによる関連性の学習には、脳内の神経伝達物質ドーパミンが関わっていることがわかっている。続けてドーパミンが機能していない蚊で実験を行ったところ、予想通り、このグループの蚊は特定の匂いが危険を意味することを覚えられず、以前と同じように飛び込んでいった。
「学習能力のおかげで、蚊は信じられないほど柔軟に行動しています」とリッフェル氏。「蚊は、刺されるのを防ぐのがうまい人とそうでない人を学習できます。もしその仕組みがわかって、逆手にとることができれば、もっと効率よく蚊を追い払えるようになるでしょう」
ネッタイシマカは、黄熱病、デング熱、チクングニア熱、ジカ熱など、数種類の人間の重大な病気を媒介することが知られている。ドーパミンが関与する学習能力の発見により、殺虫剤や防虫剤を開発する研究の新たな道が開かれた。
「記憶は重要ですが、蚊の研究ではまったく考慮されていませんでした」と、米カリフォルニア大学デービス校の化学生態学者ウォルター・リール氏は言う。同氏も人間と蚊との相互的な影響を研究している。
「特定の匂いが嫌な記憶を呼び起こすことがわかった今、ディートのような有効な忌避成分だけでなく、嫌な記憶を呼び起こす匂い化合物も含む薬が使えるかもしれません」とリール氏は語った。
「ディートのような単一化合物の防虫剤を今まで60年以上も使ってきたのだから、そろそろ次を見つける必要があります」
しかし、化学物質と主な獲物の関連を学習する能力は、今回研究対象となった蚊の種類だけにしかない可能性もある。例えば、西ナイル熱を伝染させる蚊は本来鳥の血を吸うが、鳥がいない場合には人間の血を吸うようになる。リッフェル氏によると、これまでの研究では、ネッタイシマカとは異なり、この蚊には人間を避けることを学ぶ能力がないようだ。
「蚊に学習能力を身につけさせることはできません。能力があるかないかです」とリッフェル氏は言う。
驚くことではありません、とリール氏は話す。「人間も一緒ですよ。人間にも、匂いがわからないものはたくさんあって、そういうものに気づいていないだけです。蚊もあらゆることに反応するわけではありません」
科学者は、新たな防虫剤を開発するより、蚊の行動において学習と匂いが果たす役割に関する研究を続ける必要があるだろう。さしあたり、今のところは単純に動き続けることがリッフェル氏のアドバイスだ。「屋外でバーベキューをする場合、叩こうとしたら蚊はあなたを覚えるでしょう。踊って、活発に動いて! そうすれば、蚊は誰か他の人のところに行きますよ」
文=Michelle Z. Donahue/訳=牧野建志