行き着く先は、もはや「広告会社」ではない

1. Anomaly 「広告会社」を変える3つの改革と、クライアントを選ぶ5つの基準

2004年、TBWA\Worldwide、TBWA\Chiat\Day出身のクリエイティブディレクターを中心に設立されたAnomaly。現在、世界7カ所にオフィスを持ち、社員数は650人にのぼる。今年、アドエイジ誌が発表する「エージェンシー・オブ・ザ・イヤー」に見事、輝いた。日本語で「異例」「変則」を意味する社名が表すとおり、「広告業界の”Change Agency(変革者)”になる」ことを目指す同社のCMO・Eric Damassa氏に話を聞いた。

Anomaly CMOのEric Damassa氏

慣習を変える3つの取り組み

従来の広告業界のビジネスを変えるため、Anomalyは3つの取り組みを進めている。ひとつは「広告をすること」からの脱却。P&Gと新製品を開発することもあれば、他のクライアントに最適なオーディエンスを見つける戦略部分の支援をすることも、コンテンツをつくることもある。日本企業同様、広告をする以外にも自社のクリエイティビティを発揮している。

このことが決して建前でないことがわかるのが、2つ目に同社が掲げる「タイムフィーからの脱却」だ。「時給×時間数×人数」を請求する米国広告業界において一般的なフィー制は、時間を水増しすれば請求金額が増える不透明な収益モデルだとし、同社ではほぼ廃止している。特定の1社を除くすべてのクライアントとの間で、プロジェクト毎ごとに値付けを行い、成果に応じてインセンティブを受け取る収益モデルをとっている。

Damassa氏は「他のエージェンシーが半年かかる仕事を2日で実現したほうが、クライアントは価値を感じるし、私たち自身のコモディティ化も防げる。Anomalyの全利益の30%程度が、インセンティブによるものだ」と話す。

そして3つ目は、知的財産を活用したビジネス展開だ。例えば2015年に全米のリップクリーム市場でナンバー1に輝いた「EoS」の仕事では、当初スキンケアブランドの販促を依頼してきたメーカーに対し、市場調査の結果をもとにリップクリームの新ブランド立ち上げを提案。共同開発を進め、見事トップシェアを実現した。Anomalyはこの仕事で、フィーではなくメーカーの株を取得することで収益としている。

そして2016年には、合法大麻を利用したリラクゼーション・プロダクト「Hmbldt」を開発した。カリフォルニアで大麻が合法化されたことを受け、専門知識を持つ医療・化学企業を探してジョイントベンチャーを立ち上げ、新しいプロダクトの開発に至ったという。

こうした知的財産を活用したビジネスについて、Damassa氏は次のように話す。「我々の資本を投入し、企業とのジョイントベンチャーで新しい事業を進めることは、クライアントワークを通じた短期的な資金調達とは別に、長期的な”財布”を持ち経営を安定させることにもつながっている。また自らの事業を持つことによって、その経営ノウハウをクライアントワークに生かすこともできる」。

現在は新しいデータプラットフォーム「アポロ」を開発中で、近々、米国内で特許を申請するという。

クライアントを選ぶ5つの基準

「私たちはクライアントと成長を共にしていくために、いくつかの選定基準を設けている」とDamassa氏。選定基準は、第1に「お互いに敬意を持てる企業」であるということ。

AnomalyはTBWA出身のスタープレイヤーたちが立ち上げたこともあり、クライアントとの人的ネットワークは広い。だからこそ、年間に参加する競合プレゼンの数は絞り、短期的なプロジェクトの付き合いではなく、中長期的にパートナーシップを組める相手かどうかを、事前にお互いに確認している。

その上で第2に「クライアントの製品が本当に良いもので、心から『売りたい』と信じられる」ことを挙げる。第3・第4には、クライアントの仕事に対する姿勢が「野心的であること」「ビジネス課題を解決することに真剣であること」を求め、そして第5に「そのクライアントワークが、Anomalyにとって財政的にもクリエイティブな意味でも、知的にも価値がある」ことを重視している。

企業文化を守る工夫

極めて高い生産性を発揮するAnomalyだが、組織体制や企業文化には、どのような工夫があるのか。「社員の3割はストラテジスト。クリエイティブのスタッフも大勢いるし、プロダクション機能も内製化しようとしている」(Damassa氏)。

中でも飛び抜けた生産性を発揮するのが、彼らが「Anomaly」と呼ぶ、イレギュラーな形で採用されているシニア・タレントだ。特定のクライアントの仕事をするためだけに採用され、週に3回ほどしか出社しない、高いスキルと経験を持つプロフェッショナルが複数名所属している。高い専門性を持つ外部人材と協業することで、内部のリソース不足を補っているわけだ。

こうした取り組みは一方で、企業文化を破壊するリスクを招く可能性がある。Anomalyは企業文化の維持を非常に重視しており、彼らが「DNA」と呼ぶ社内広報・教育組織では、週に一度創業者によるスピーチを行うほか、世界7拠点のベストプラクティスを共有するなどしている。

Damassa氏は急成長・急拡大が企業の「らしさ」を損なうリスクにも言及した。「Anomalyでは、毎年2桁の成長をマイルストーンとしている。しかし急拡大が続けば企業文化を損なう恐れがある。だから、2年連続で2桁成長を達成したら、次の1年は成長がなだらかになるようコントロールして、組織を落ち着けている」。

収益モデルの改革が進み、ジョイントベンチャーの収益化もナレッジが確立されてきているように見える。Facebookと時を同じくして生まれた米国広告業界の革命児の動向に、今後も注目が高まる。

2. Huge Webサイトから自販機まで!何でもつくるデジタルエージェンー

Webサイト制作からUXデザイン全般へと事業領域を広げ、現在ではNIKEやGUCCI、トヨタなどのメガブランドを手がけるようになったデジタルエージェンシー Huge。ニューヨーク・ブルックリンに本社を置き、毎年30%の成長を続けている。今でこそ世界14カ所にオフィスを構えるグローバル企業だが、1999年の創業当初は、社員数10人に満たない小さなWeb制作会社だった。

現在、同社が支援するのは、多くの企業・ブランドが最重要課題のひとつに挙げるデジタルトランスフォーメーションだ。「クライアントの多くは、disruption(破壊的イノベーション)の影響下にある企業。Amazonの台頭に苦しむ小売業界を筆頭に、メディア、金融サービス、ヘルスケアなど幅広い業界にわたっている」。

課題解決のために大幅な事業転換を伴うこともあるため、プライベート・エクイティ・ファンドと連携するケースも多く、またPEファンドから仕事の紹介を受けることもあるという。

便宜上「デジタルエージェンシー」に分類されることの多いHugeだが、提供するソリューションは”何でもあり”だ。クライアントのデジタルトランスフォーメーションを実現するために、オンライン/オフラインをまたいでUXデザイン全体を再構築していく。

そんなHugeの姿勢が明確に表れた事例が、2014年に手がけたNIKEのウェアラブルデバイス「NIKE+FuelBand」のリブランディングだろう。2012年に登場し大ヒットしたFuelBandだが、2年経って販売が伸び悩み、何より「スポーツを楽しむ」という本来のコンセプトが消費者に十分伝わっていなかった。

そこでHugeは、FuelBandを装着して運動すると貯まるポイント「FuelPoint」に注目し、24時間以内に貯めたポイントと引き換えにNIKEの限定グッズが手に入る自動販売機「FuelBox」を開発。これをニューヨークの街中に設置し、スポーツ分野のインフルエンサーを活用したプロモーションを行った。

FuelBoxが出現する場所はランダム。公式SNSアカウントで発信されるヒントを基にFuelBoxを探しながら、自然に楽しく運動できてしまうというわけだ。SNS上で話題が広がり、FuelBoxには多くの人が殺到したという。

「時代の変化の中で、ユーザーとブランドとの出会い方もどんどん変わっていく。今後はWebサイトやスマートフォンアプリではなく、Amazon Alexaを通してブランドを知ることが当たり前になるかもしれない。何より重要なのはユーザーを理解すること。それを基に、ユーザーにとって最適なUXを追求することが私たちの使命だ」。

Huge マネジメントディレクターのジェイソン・トランスバーグ氏

自社開発事業にも積極的

Hugeは、クライアントワークだけでなく自社開発事業にも積極的だ。オンラインマガジン「Magenta」の運営、オリジナルAIアシスタント「Dakota」の開発、UXデザインを教える10週間のスクール「Huge School」の運営など、幅広い取り組みを行っている。

今年3月に公開して注目を集めたのが、不法移民向けのアプリ「Notifica」だ。不法移民は移民局に拘束されると、家族や弁護士にも連絡できないまま強制送還されたり、スマートフォンの連絡先から芋蔓式に友人が拘束されたりすることがあった。Notificaは自己防衛のためのアプリであり、万一の時にワンプッシュするだけで、支援者や家族にメッセージが届き、スマートフォンに保存されている連絡先は消去される。

「このアプリは、ソーシャルグッドをテーマに開催した社内ハッカソンで生まれた。あまりに良いアイデアだったので実際に開発し、基金とNPOをつくって継続管理している」とトランスバーグ氏。

社員数1400人を超える規模になっても、社員のアイデアを積極的に登用し、新しいことに挑戦するスタートアップらしい社風は変わらない。このイノベーティブな社風こそが、Hugeが名だたるグローバル企業を含む数多くのクライアントから支持されている理由だろう。

3. Laundry Service 設立6年でAgency A-Listに選ばれた成長企業、その新規事業に注目

Laundry Serviceは、インフルエンサーを活用してグローバル企業のプロモーションを手がけるソーシャルメディアエージェンシーだ。2015年にはプロスポーツ選手のマネジメント会社大手Wasserman Mediaの傘下に入り、スポーツ選手を活用したソーシャルメディアマーケティングにも本腰を入れ始めた。

2016年に前年比78%成長、50億円の利益を叩き出し、設立6年目ながらアドエイジ誌が選ぶ「Agency A-List 2017」のナンバー9に選出された。急成長の秘訣を、事業開発担当ディレクターのサマンサ・クリス氏は次のように話す。

「私たちはクライアントに対し、プロモーション戦略立案からコンテンツ制作、メディアバイイング、コミュニティマネジメントまで幅広いサービスを提供している。長編動画や1~2分の短編動画、シネマグラフ、GIF、写真などのコンテンツを、インフルエンサーやスポーツ選手といったタレントを起用して制作し、最適なプラットフォームに最適なタイミングで配信できることが強みだ」。

Laundry Serviceの従業員は総勢350人。ネットワークするインフルエンサーやスポーツ選手は3000人を超える。そしてクライアントには、NIKE(Jordan Brand)、Apple、LG USA Mobile、Amazon、BMW、Twitterなどの有力企業が名を連ねる。

コニャックのトップブランドであるヘネシーからは、「米国で、プレミアムブランドとしての認知を広めたい」という依頼を受け、”Never Stop. Never Settle.”というブランドメッセージを軸に、世界的なボクサーの半生を辿った動画や、挑戦を続けるアーティストやインフルエンサーにフォーカスした動画を制作。最初の動画をリリースしてから8カ月間で、ソーシャルメディア経由のブランドへのリーチが前年比2倍となった。

ソーシャルメディア上には10代から60代まで幅広いユーザーが存在し、それぞれに好むコンテンツが異なる。「すべての人を満足させるのは難しいが、クリエイティブでは2つのことを大切にしている」とクリス氏。

「まず、誰のためのコンテンツなのかを明確に定めること。そうすれば、Twitter、Facebook、Instargramと、どのプラットフォームで配信するのが最適であるかが見えてくる。もうひとつは、ストーリーにこだわること。クオリティが高く、これまでにないストーリーは、世代を超えて支持されるはず」。

Laundry Service 事業開発担当ディレクターのサマンサ・クリス氏

ビジネスの多角化を進める

Laundry Serviceの関連会社に、Cycleという企業がある。インフルエンサーのマネジメント会社としてスタートした同社だが、2016年からはコンテンツスタジオ兼メディアカンパニーとしての機能を備え、グループの収益拡大に貢献している。

インフルエンサーやスポーツ選手と共に、トーク番組やニュース動画、ドキュメンタリー動画、バイラル画像・動画などを制作し、自社で運営するWebメディアやSNS、提携するESPNのチャンネルで配信する。そのコンテンツに対してスポンサー広告を募る、という仕組みだ。

「ブランドが『ソーシャルメディアエージェンシー』に支払う金額は限られている。しかしCycleの新ビジネスによって、ブランドがソーシャルメディア以外のデジタルマーケティングやテレビCMに投じている予算の一部も獲得できるようになった」。インフルエンサーを活用したビジネスの多角化を進めるLaundry Serviceグループ。インフルエンサーマーケティングやソーシャルメディアマーケティングを手がける事業者の先進モデルと言えるだろう。

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