《ケサパサ200=7、いつでもOK》。
向精神薬のリタリン200錠 を7万円ですぐにでも売る-の意だ。インターネットの掲示板にこんな隠語だらけの書き込みをし、向精神薬を密売していたとして、兵庫県警は6月以降、麻薬 取締法違反容疑などで男女計6人を逮捕した。脳の中枢神経に作用し、精神機能をマヒさせる向精神薬。過剰に服用すれば違法薬物のような効果が得られ、死に 至ることもある危険な薬だ。逮捕者には医療費がタダになる元生活保護受給者や、一部公費負担となる母子家庭も含まれ、公的制度が?闇ビジネス?に悪用され ていた実態も浮かぶ。6人が得た売却益は、少なくとも計約5800万円。「生活弱者」がボロもうけをした錬金術の仕組みとは-。
端緒は変死事件
昨年11月、兵庫県内の20代の男性が自宅で変死しているのが見つかった。部屋にあったのは医師から処方されたとは想像しにくいほど大量の向精神薬。行政解剖の結果、男性の死因は向精神薬の過剰窃取による急性薬物中毒と判明した。
向精神薬は、精神疾患の治療に用いられる抗うつ剤や睡眠薬の総称。気分を高揚させたり、落ち着かせたりする作用が強く、一気に多くの量を服用すれば危険ド ラッグや覚醒剤などの違法薬物と同じ効果が得られるのが特徴。スマートドラッグとも呼ばれ、医師や薬剤師から処方されていれば所持・使用ともに合法だが、 営利目的の所持や譲渡は禁止されている。
県警は、薬の入手ルートを明らかにするため、男性のスマートフォンを解析。死亡する数日前まで、動画投稿サイト「FC2」内で会員がメッセージ交換できるSNSを通じ、東京都世田谷区のマンション経営の女(55)から向精神薬を繰り返し購入していたことを突き止めた。
そして今年4月、麻薬取締法違反容疑で、女の自宅の捜索に踏み切ると、約2万6千錠もの向精神薬の錠剤を発見。123人の顧客の実名が書かれた売り上げ台帳や、購入日時、購入数などを記した仕入れ台帳も見つかった。
6月、県警は無許可で向精神薬を販売したとして同容疑で女を逮捕。その後、半年間にわたって女の仕入れ元や女の顧客にあたる男女6人が、県警に同法違反容疑などで芋づる式に逮捕された。
担当医から向精神薬を大量入手
女はネット掲示板を通じ薬を売買していた。リタリンの場合、買い取り額は1錠あたり350~400円。これに対し、販売額は1錠あたり700~1千円。実に仕入れ値の2倍超で売りさばいていた計算だ。
女が仕入れ元としていたのが、生活保護の元受給者の女(31)、元受給者の男(41)、薬剤師の男(40)の3人=いずれも同法違反容疑で逮捕。向精神薬を簡単に手に入れることができる立場を悪用し、ネット上で薬を横流ししていた。
特に悪質なのが元受給者の男女だ。
生活保護制度は受給者の医療費を全額公費負担と定めている。2人はそれをいいことに、複数の医療機関からタダで手に入れた向精神薬をネットで転売することで、服やバッグの購入費、飼いネコの餌代といった小遣いを稼いでいた。
「先生、もっとたくさんの薬をくださいよ」
男にいたっては、薬が高値で売れると知るや、通院先の京都府内の医療機関の担当医に処方量を増やすよう依頼。自分が飲む量の倍以上の向精神薬を入手していたという。
マンション経営の女はこうして得た向精神薬を、会社員の男(43)=同=に転売。その男がほかの仕入れ元としていたのが、小学生の息子を女手1人で育てる女(32)=同=だった。
女は、自治体が母子家庭の医療費の一部を助成する制度を悪用。大半をタダで手に入れた向精神薬をネットで男に転売していた。
逮捕された6人がそれぞれ得た売却益は、計約5800万円にも上るという。公的制度が食い物にされる実態に、捜査関係者は「税金で賄われた薬が転売を重ねることで、生活保護受給者らが利益を得ていた。一般人の感覚として許されることではない」と憤った。
隠語でやり取り
6人は違法売買の摘発を逃れるためか、取引では隠語を多用してメールや書き込みの内容が容易に分からないよう工作。例えば、ロヒプノールは「ロヒ」、リタリンは「ケサパサ」「R」と表現していた。
県警の調べでは、マンション経営の女は薬の仕入れ元の元受給者らに、取引の中身を記したメールをすぐに消すようにも要求。送り届けには宅配便が利用され、送り主欄には架空の住所と名前を書いていた。
ネットではこのように、隠語で向精神薬や精神安定剤の違法売買が後を絶たない。「銀春(「ハルシオン」の隠語)、入荷しました」といった書き込みがされることもある。
大手SNS「ミクシィ」の運営会社は、サイト内から薬物の名称や隠語を検出した場合、違法売買が疑われる書き込みを削除し、悪質性が高い場合には警察など に通報することもある。だが、新しい隠語が次々に出てくるなど「いたちごっこ」であることから、常に情報収集しているという。
警察もネット上の薬物密売事件の捜査を強化しているが、最近は誰でも閲覧可能な掲示板からメールやSNSといった個人的なやり取りが可能なツールが使用されることにシフトしてきており、摘発も簡単ではない。
死者5人…増える乱用者
なぜ、ここまで向精神薬の違法売買が横行しているのか。
日本薬剤師会の関係者は「医師の処方で手に入るとあって、違法薬物に似た効果を試したいと思う人が安易に手を出す傾向があるからだ」と指摘する。
例えば、リタリンを過剰摂取すると、覚醒剤やコカインなどのように、気分が高揚する作用が得られる。逆に、ロヒプノールはヘロインや大麻と同じで、気分を静めたり落ち込ませたりする作用があるという。
また、薬物問題に詳しい小森栄弁護士(東京弁護士会)によると、向精神薬は依存性も高い。危険ドラッグの取り締まりが強化された近年は、危険ドラッグ代わりに使用する若者のほか、子育てのストレス解消用として乱用するシングルマザーも増えているとされる。
過剰な服用は呼吸困難や心臓発作を引き起こし、死に至るケースもあるという。実際、今回の事件で、マンション経営の女の客123人の中では、和歌山県の女 性▽兵庫県の女性▽埼玉県の男性▽鹿児島県の男性▽兵庫県の男性-の5人の死亡が確認された。いずれも購入した薬の過剰摂取による薬物中毒が原因とみら れ、うち4人は自殺だった。
小森弁護士は「そもそも患者の求めに応じる形で、過剰に薬を出す医療機関があることが問題。適正な量の薬が処方されるよう、何らかの規制が必要ではないか」と話した。