『資格を取ると貧乏になります』
強烈なタイトルの本が、話題となっている。2月下旬に初版1万2000部でスタートし、発売後1週間で早くも3000部、2週間後にはさらに2000部の増刷が決定した。資格というキーワードは、先行き不透明な時代に生きる人の心をとらえるのか。
「手に職」「資格を武器に未経験からあこがれの仕事に就く」「スキルアップして『好き』を仕事にする」。新聞の折り込みチラシや、テレビCMなどでは、連日、そんな美辞麗句が躍る。だが、この本が扱う「資格」は、アイドルがテレビで宣伝しているようなそれではない。弁護士、公認会計士、税理士、社会保険労務士など、いわゆる「高級で一流でエリートな国家資格」だ。
狭き門をくぐり難関国家資格を取得し、センセイとあがめ奉られる存在に今、何が起きているのか?著者に聞いた。
■食うに困るほど仕事がない、難関資格合格者たち
私は、今から10年前、あるキャリアアップ情報誌の編集をしていました。弁護士、公認会計士、税理士など高級な資格取得者、いわゆる士族の方たちには「キャリアアップ成功例」として、かなり取材させていただきました。
資格を生かして自分の腕一本で生きている方は、組織で遊泳してゆるりと生きてやれといった発想とは無縁の誇りと潔さが感じられ、サラリーマン根性丸出しだった私はあこがれたものです。
ところが、あれから10年が経ち、「弁護士や会計士は昔ほど仕事がないらしい」というウワサを耳にするようになりました。それどころか食うに困る人が続出しているらしい、とも。
資格の世界にいったい何が起きているのか? このテーマに関心を抱いた私は、3年ほど前から、弁護士、会計士、税理士、社会保険労務士などの国家資格、あるいはTOEICなどの英語能力試験、はたまた、主婦やOLが飛びつきがちな趣味系資格の実態を探る取材を始めました。
その結果、明らかに違和感を抱かずにはいられない事実が、続々と浮かび上がってきました。
一言でいうと、資格は今や「高級な国家資格」でさえも、ときに人の不安に乗じて稼ごうとする「コンプレックス商法」の商品になりつつあったのです。
■弁護士の5人に1人が生活保護受給レベル
たとえば、司法試験。政府は法科大学院(ロースクール)を立ち上げる際、「法科大学院を修了すれば、7~8割は弁護士になれます」とアナウンスしたにもかかわらず、その約束はただの1回も守られることはありませんでした。
法科大学院修了生の司法試験合格率は下がり続けています。2007年は40.2%でしたが、年々減り続け、2012年は25%でしかありません。
「合格率がローすぎるロースクール」なんて自虐ギャグが、ロースクール生の間ではやるほどです。
しかも、法科大学院修了者が司法試験を受けられるのは、「大学院を修了して5年以内、3回まで」と決まっていたので、「三振」すると司法試験受験資格を失います(2015年の司法試験から5回までに緩和される予定)。よって、「受け控え」をしている数多くの“浪人”が存在。一方で、三振してしまった「三振博士」たちの行く末は、「よくて塾講師、普通でフリーター、悪くてニート」と言われるありさまです。
しかもロースクール生は、奨学金という借金を重ねて勉強している人が多いため、金銭的にも苦労を強いられます。かつては給付制だった司法修習を自腹で乗り切らなくてはいけません。
ようやっと資格を取っても、今度は就職問題が待ち受けます。取材した弁護士は、「たとえ司法試験に合格しても、大手事務所に入れるようなエリートは、『上位7校で成績10番以内、英語が達者な20代の男性』ばかり」だと言っていました。
大手事務所に入れなくとも、せめて中小事務所の軒先を借りる「ノキ弁」になれないかと就職活動をしても、すげなく断られる若手が多く、そのため、何のスキルも実務経験もないのに、自宅でケータイひとつで即、開業せざるをえない通称「ソクドク(即、独立)のケー弁(ケータイ弁護士)」が続出しています。
仕事もないのに奨学金の返済はしなくてはいけませんから、彼らの最初の仕事は「自分の自己破産処理」なんてブラックユーモアがささやかれるほど。実際、5人に1人の弁護士の年収は、年間所得が100万円以下と、生活保護受給レベルにまで落ち込んでいます。
それでも、「3~4年前までは、状況はまだマシだった」と多くの弁護士は口をそろえます。なぜか? 経験のない若手弁護士にも「消費者金融への過払い金返還請求や債務整理」の仕事があったからです。
この仕事は、消費者金融に通知を送り、返済記録を取り寄せ、利息制限法に従って手直し計算して、過払い分を請求する簡単な「事務仕事」です。しかも、請求しさえすれば必ず勝てたといいます。だから、若手は先輩弁護士からこうした仕事を請け負うことで、糊口をしのぐことができました。
ところが、2010年に消費者金融大手の武富士が事実上倒産。この時期から、過払い金返還の請求が困難になったうえ、規制緩和の波に乗り、司法書士が過払い金返還請求の仕事に“進出”。
弁護士よりより安い報酬で、140万円以下の過払い金返還請求を代行することにより、弁護士の仕事を次々に奪っていきました。
こうして、過払い金返還請求の仕事をメインにやっていた若手弁護士の多くは、仕事を失ったといいます。
では、その後、「過払い弁護士」たちはどこにいったのでしょうか。
私が取材した限りでは、福島に渡った人も多い印象です。
東京電力を相手取った集団訴訟案件のために福島の仮設住宅を回る弁護士や、新領域「ADR(裁判外紛争解決手続きおよび裁判外紛争解決機関のこと)」に注目する弁護士といった“進路”が見受けられました。
特に、原子力損害賠償紛争解決センターの調査官には、100人単位の若手弁護士が流入していると聞きます。それでも、過払い金返還業務の人材吸収力には、比べるまでもありません。
また一時期、不動産の大家さんに店子が「過払い敷金」を返還請求するよう促す弁護士もチラホラいましたが、このテーマは今いちブレークしませんでした。
したがって、今もなお過払い金返還請求業務にしがみつき、貧困に悩む人が多い沖縄に渡って、過払い金返還請求の講習会をやって仕事を取る弁護士も見受けられます。
■公認会計士も仕事がない!
公認会計士も、弁護士と似たような状況下にあります。
公認会計士も「規制緩和」や「事前規制社会からチェック社会へ」といった新自由主義的な掛け声に乗って、資格取得者はこの10年で約2倍に増えました。ところが、肝心の仕事は政府の思惑どおりには増えなかった。
そのため、短答式試験と論文式試験に合格したのに、監査法人に就職できず、実務経験が積めないために資格を取得できない「待機合格者」があふれ、その数は2010年で53.2%、2011年は46.1%にも達しています。
監査法人は、新卒の採用を抑える一方、2010~12年にかけては内部のリストラも敢行しました。特に、J-SOX法(日本版企業改革法)の施行による内部統制監査がらみの仕事の大量発注を見込んで採用した「2006年~08年入社組」の若手は「会計バブルの申し子」と言われ、リストラ対象に狙い撃ち。多くの若手が給料の半年分程度を退職金代わりに握らされ、監査法人を去る羽目になっています。
それで、彼らは、どこに行ったのか? 追跡したところ、①一般企業の経理・財務部門に転職、②中小監査法人に転職、③税理士法人に転職・開業――などが多いようです。
でも、その道もなかなかに厳しく、一般企業の経理・財務に転職した会計士の中には、会計士資格を抹消してしまう人が増えているそうです。
というのも、会計士の場合、独占業務が監査だけのため、企業に入ると、弁護士と違って「資格保持者」として重用されることが少ない。
「内部監査」を専業に行う部署を持つ大企業に転職できる可能性は低いし、入れたとしても異動はつきもの。営業や生産管理など会計とまったく関係ない部署に配属される場合も多いのだとか。
また、公認会計士資格を保持するための登録料(東京の場合、日本公認会計士協会本部会費として年間6万円、東京会会費として年間4万2000円、合計10万2000円を毎年支払う必要がある)を支払ってくれる会社はなかなかありません。そして自腹を切るには、この金額負担は重すぎる。だから、せっかくの資格を放棄してしまうのです。
公認会計士は税理士法の規定により、無試験で税理士登録できることから、最近では③の税理士に転職というパターンが急増しています。
その動きには、日本税理士会連合会が猛反発。資格付与制度自体を撤廃しようと画策しています。というのも、その税理士とて、今では決して「安定収入」を見込める仕事ではないのです。