<職場でも恋愛でも――。人の弱みにつけこみ、コントロールする技術をもつサイコパス。『サイコパス』はその謎を脳科学から解き明かす>
『サイコパス』(中野信子著、文春新書)は、脳科学者である著者が、なにかとわかりにくい部分の多い「サイコパス」の実態を、脳科学的な観点から明かした新書。
サイコパスとは何か。謎も多いだけに、いろいろと知識を身につけておきたいところだ。しかし、多くの人がまず知りたいのは、相手がサイコパスであるか否かを判断する基準ではないだろうか? そこで役に立ちそうなのが、著者が「はじめに 脳科学が明らかにする『あなたの隣のサイコパス』」で挙げているサイコパスの主だった特徴である。
・外見や語りが過剰に魅力的で、ナルシスティックである。
・恐怖や不安、緊張を感じにくく、大舞台でも堂々として見える。
・多くの人が倫理的な理由でためらいを感じたり危険に思ってやらなかったりすることも平然と行うため、挑戦的で勇気があるように見える。
・お世辞がうまい人ころがしで、有力者を味方につけていたり、崇拝者のような取り巻きがいたりする。
・常習的にウソをつき、話を盛る。自分をよく見せようと、主張をコロコロと変える。
・ビッグマウスだが飽きっぽく、物事を継続したり、最後までやり遂げることは苦手。
・傲慢で尊大であり、批判されても折れない、懲りない。
・つきあう人間がしばしば変わり、つきあいがなくなった相手のことを悪く言う。
・人当たりはよいが、他者に対する共感性そのものが低い。(7~8ページ「はじめに 脳科学が明らかにする『あなたの隣のサイコパス』」より)
こうした特徴を確認すると、「ああ、あの人はサイコパスっぽいな」と誰かのことを思い浮かべる人も少なくないはず。つまりはそれほど、サイコパスは身近な存在だということである。
ちなみにサイコパスに対し、飢餓に苦しむ人などの悲惨な画像を見せても、感情と関連する部分の脳は活性化しないのだそうだ。つまりはそれが、「共感性が低い」といわれるゆえんだろう。
アメリカの国立精神衛生研究所(NIMH)に所属する著名な精神医学者ジェームズ・ブレア、デレク・ミッチェル、カリナ・ブレアの3人の著書である『サイコパス 冷淡な脳』によれば、他者の悲しみを目のあたりにしたとき、自律神経(循環器、消化器、呼吸器などの活動を調整するために、24時間働き続けている神経)の反応が、サイコパスは一般人よりも弱いのです。また、表情や音声から他者の感情を読み取る実験をおこなうと、「怒り」「喜び」「驚き」といった感情については一般人と同程度に読み取れるものの、「恐怖」「悲しみ」を察する能力には欠けていることがわかっています。(47ページより)
共感性が低いにもかかわらず、サイコパスが他者を騙して利用したり、詐欺を働くことができるのには理由がある。サイコパスは、相手の目つきや表情から、その人が置かれている状況を読み取る才能が際立っているというのである。
また興味深いのは、サイコパスが人の弱みにつけこみ、コントロールする技術を身につけているということだ。
――まず、相手に貸しを作る。お金で困っていたらお金を、人脈で困っていたら人脈を提供する。頼まれなくても親切にする。関係の初期段階ではとにかく「この人はいい人だ」「自分を助けてくれて、本当にありがたい」と思わせる。
ところが、ある程度の信頼関係ができたところで、脈絡なく、あるいは非常に些末なことでキレる。
「あんなによくしてくれた人が怒ったということは、自分は何か悪いことしたのかな?」
本当は謝る理由はないのに、関係を維持するために謝っておこうかな、という気持ちに相手はなっていきます。
それを繰り返して、相手が下手に出て来たところで言いがかりや難癖をつけて「あんなによくしてあげたのに、どういうこと?」などと怒る。普通の人は、恩のある人物から嫌われたくないので、自分が悪いわけではないと思っていても、たいていは謝罪します。
するとまた態度を豹変させ、謝罪を受け入れるのです。そして「そうやって素直に謝ることができるのは、あなただけですよ」などと、相手の自尊心をくすぐるような持ち上げ方をする。(50~51ページより)
このようにアメとムチを繰り返し、被害者側の「怒られたくない」「嫌われたくない」という罰を回避する気持ち、「褒められたい」「またいい思いをしたい」という欲望を巧妙に刺激して、借りがある人にはなにかお返しをしなければならないという「好意の返報性」を悪用することによって、上下関係を完成させていくというのである。
実際のところ、職場や恋愛など、狭い人間関係のなかにおいてはよくありそうな話ではあるが、もしかしたらその相手はサイコパスだったのかもしれないということだ。極端な場合には、その人物の許可なしには行動できなくなってしまうというようなことさえ起こりうるという。
サイコパスはこうしたテクニックを駆使して、人を操作していきます。冷徹に”カモ”の目や表情から心情の揺れ動きを読み取り、ここまではいじめて大丈夫、ビクビクしたところで相手のここを持ち上げれば”落ちる”、といったことをごく自然にやってのける能力を持っているのです。(52ページより)
ちなみにサイコパスには、「捕まりにくいサイコパス」(成功したサイコパス、勝ち組サイコパス)と、「捕まりやすいサイコパス」(成功していないサイコパス、負け組サイコパス)が存在するという。
後者は、危険な存在ではあるものの、ためらいなく犯罪をおかしてしまうタイプなので悪事が発覚しやすい(捕まりやすい)のが特徴。しかし問題は、監獄ではなく、私たちの周囲にいる「勝ち組サイコパス」だという。彼らは他人をうまく利用して生き延び、容易にはその本性を見せないからである。
被害者からすればたまったものではないが、脳科学的な意味において、サイコパスの全貌が明らかになるまでには、まだまだ長い時間がかかるだろうと著者は記している。しかし現実に、サイコパスは100人に1人という、決して少なくはない社会の成員なのである。つまり私たちは、なんらかのかたちで周囲のどこかに潜んでいるであろうサイコパスと共存していかなければならないということになる。
アメリカ・ルイジアナ州立大学法科大学院教授のケン・リーヴィは、サイコパスに刑事責任を科すべきか否かを問うています。サイコパスは理性的には善悪の区別がつくのに、情動のレベルでは犯罪行為が道徳的に間違いであることがわからないからです。罰金や懲役といった刑罰が、悪事や過激な行動をセーブする役割を果たさないのであれば、それを科すことの意味もまた、問い直されなければなりません。
「反省できない人もいる」「罰をおそれない人もいる」という事実を、人はなかなか認めることができません。しかし、これは事実です。そして、罰をおそれない人間からすれば、反社会的行為を抑制するために作られた社会制度やルールは、ほとんど無意味です。
別の手段によってサイコパスの犯罪を抑制・予防する方向へ、発想を転換しなければなりません。(229~230ページより)
サイコパスの特徴は、どことなく先日ご紹介した「クラッシャー上司」に通じるものがあるような気もする。しかし、そうはいっても現実的に「どうすべきか」についての明確な答えが見出せないのである。
だとすれば、著者が本書で主張しているように、「あいつは遺伝的に危険だ」と機械的に排除するような風潮が高まることは、それ自体が極めて危険な行為だ。つまるところ、少なくとも現時点ではなんらかの形で彼らと共存していくしかないわけだが、だからこそ我々ひとりひとりが今後も考えていくべきことは多そうだ。
ところで本書を通じてサイコパスのことを知ると、多くの人が頭に思い浮かべるであろう人物のひとりがトランプ米大統領ではないだろうか。このことについて知りたいのであれば、著者が『文藝春秋』3月号に寄稿している「トランプはサイコパスである」を併せて読んでみることをお勧めする。こちらも、とても説得力のある内容になっている。
『サイコパス』
中野信子 著
文春新書
[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に、「ライフハッカー[日本版]」「Suzie」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、多方面で活躍中。2月26日に新刊『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)を上梓。