コロナ禍でのマスクの転売で「邪悪」なイメージが増した転売・せどり。だが、在宅ワークで暇を持て余した会社員が多数参入し、市場は荒れてしまったという。痛い目を見たビギナー転売ヤーたちを取材した。
◆コロナで不安を感じた人の1割が副業を始めた
多くの企業で在宅ワークが導入され、「副業でせどりでも始めるか……」という考えが頭をよぎった人は少なくないだろう。スマートアンサーとMMD研究所「2020年 コロナ禍におけるビジネスパーソンの生活実態と副業に関する調査」(スマートフォンを所有する20~59歳のビジネスパーソンの男女2,169人を対象)では、コロナ禍において、「今後について不安を感じる」と答えた人の割合は76.8%で、そのうち10.5%は「副業・ギグワーク・ポイント活動」を始めたと回答。その3分の1はフリマアプリによる副業だという。
たしかにせどりは誰でも気軽に始めることができる副業といえるが、EC市場に詳しいライターの山野祐介氏は「簡単に参入できるからといって、簡単に利益が出るとは限らない」と警鐘を鳴らす。
「知識のない状態で『何が高く売れるのか』を見極めるのは、実は難しいのです。ニンテンドースイッチのような誰でも知っている人気商品は競争率が高いですし、ライバルを出し抜く創意工夫も必要。簡単な話ではありません」
大手メーカーに勤める大谷洋一さん(仮名・34歳)は気楽な気持ちで新規参入し、思わぬ損害を被ってしまった素人転売ヤーの一人だ。
「残業が禁止になり、残業代を補塡できればと思ってフリマ転売を始めました。フォロワーの多い転売ブログを参考に、家電やPCパーツなどを中心に仕入れを行いました。フォロワーが多いから安心だと思っていたのですが……」
フォロワー数は信頼度の証しだが、もちろんほかの多くの人も同じ情報を見ている。大谷さんがメルカリに商品を出品する段階で、同じような商品が大量に出回り、相場は大幅に下落。
「いつか相場が戻るはず」と信じて強気の値段設定で出品し続けていたが、部屋には生活に支障が出るほど「在庫」の段ボール箱が積み重なっている。
特に大谷さんが損をしたのはミシン。コロナ関連商品の高騰時は、自宅でマスクが作れるミシンには高値がついたが、マスクの供給が安定するとともに相場は崩壊。「3万円で売れている履歴があったのに、今では2万円でもダメ。ミシンなんてあっても邪魔なだけですし、早く損切りしたいです」と大谷さんは語るが、特需の波に乗り切れなかった代償は痛い。
◆“ポイントせどり”にも注意
また、近年増加している「楽天市場などで購入した商品をそのまま現金収益プラマイゼロで売却し、ポイントを得る」という“ポイントせどり”にも注意が必要だ。
「楽天市場のポイント計算は煩雑で、ツイッター上の商品紹介で『これだけ儲かります』と書かれていても、それはキャンペーンなどを最大限利用できた場合の数字であることが多い。実際はほかの商品を買う必要があったり、ひどいものだと存在しないキャンペーンが試算に入っていたりすることも。鵜呑みにせず、買う前に自分で計算するのは必須ですね」(山野氏)
副業転売ヤー歴6か月の西山恵美さん(仮名・32歳)は、ツイッターの情報を鵜呑みにした結果、手痛い代償を支払うことになった。
「約30万円の高級カメラに複数のキャンペーンが適用され、約5万円分のポイントが返ってくるとのツイートを見てカメラを購入しました。ですが、キャンペーンにはポイントの付与上限があり、実際についたのはその半分ほど。情報をよく読まなかった私も悪いですが、リスクが高すぎますよ」
何事も生兵法は大けがのもと。また、さらに大きなリスクを背負ってしまったケースも存在した。
◆コロナでまさかの大赤字
山田一行さん(仮名・38歳)は、先に始めていた同僚の真似をして廃品回収&転売のダブル副業を4月から開始。だが、コロナでまさかの大赤字を計上しているという。
「コロナ禍の影響で転勤、引っ越しが激減。対面接触を避ける人が増えたこともあって、廃品がまったく回収できなくなったんです。そのため、転売するための目ぼしい商品もまったく手に入らない。毎月倉庫代に25万円、Googleに払っている廃品回収の広告費50万円、車のリース代8万円など、多額のお金が出ていく。もし年末の不用品回収のピーク時でもこの傾向が続けば、来年には破産してしまいそうです」
4月までは「先駆者もいるし、スキはない」と自信満々だったが、コロナ禍によるリスクには気づけなかったようだ。
◆転売は社会にとって善?日本の転売規制の行方
ここまで失敗談を紹介してきたが、転売は気軽にできることに加えて、SNSでの情報発信も盛ん。転売業界の人口は今後ますます増えると予想される。だが、10倍の値がついたPS5など定価で欲しい商品が買えないこともあるこの現状は、はたして健全と言えるのか。経済学に詳しい作家の橘玲氏に聞いた。
「そもそも転売が発生する原因は、『定価よりも高くていいから欲しい』という人が存在するからです。それは言い換えれば『メーカーや小売店が適正価格で値段をつけられていない』ということ。むしろ経済学的にいえば、転売価格が『真に適正な価格』といえるのではないでしょうか」
一見、不平等に見える転売だが、一律で転売が世の中からなくなった場合、「朝から店舗に並べる人だけが得をして、そうでない人は商品が手に入らない」という、また別の不平等が表出する。需要に対して供給が圧倒的に少ないときに、完全な機会の平等は不可能なのだ。
◆マスクや消毒液の転売が禁止も
また、今年3月には国民生活安定緊急措置法の改正によりマスクや消毒液の転売が禁止(9月に制限は解除)となったが、今後の法改正や政府介入についても「それほど締め付けは起こらないのでは」と橘氏は自身の見方を示す。
「感染拡大期にマスクや消毒液のような、医療従事者に届くべきものが届かない状況下では国が介入する必要があるでしょうが、基本的には市場の流動性が高まり、規模が大きくなるほど、消費者の満足度も高まります。チケットのような生活必需品でないものの転売を法で禁止する意味はないし、消費者やユーザーが転売に不満を持っているとしたら、国が市場に介入するのではなく、自由経済のなかでより好ましい販売方法をつくっていくべきでしょう」
人口が増加しても、市場の原理は変わらない。「負け組転売」が増えることはあれど、転売が世の中からなくなることはなさそうだ。
◆アマギフの不正禁止で転売ヤーに大ダメージ
市場原理に基づけば「転売は一概に悪ではない」といえるが、それはあくまで市場の話。
ECサイトなどで転売ヤーが暗躍し、一般ユーザーが商品を買えなくなることがあれば、そのサイトの顧客満足度は下がる。そのため、各サイトでは独自の転売対策を施している。最近ではAmazonで大きな動きがあった。前出の山野氏が解説する。
「Amazonで安く仕入れを行うためには、アマゾン非公認の金券ショップで売買されるAmazonギフト券を購入するのが常道でした。額面の80%ほどでギフト券が購入できることもあり、転売ヤーの仕入れ御用達だったのですが、今年8月から、非公認ギフト券を使って商品を購入した際に、アカウントやギフト券の残高が凍結されるという報告が相次いだのです。
◆不正ギフト券の排除
実は、非公認ショップで購入したギフト券は、Amazon内で明確な規約違反であり、『利用時にギフト券が凍結されても、返金は一切できない』と明記されている。今まで非公認ギフト券が使えていたのは、Amazon側のお目こぼしにほかならず、本腰を入れて不正ギフト券の排除に取り組んだのでしょう」
この事件を受け、ギフト券相場は90%から70%台まで急下降。より安く仕入れが行えるリターンは増したが、リスクは以前に比べ、より大きなものとなっている。玄人転売ヤーがこれで被害を被ったのはもちろんだが、「にわか転売ヤー」にとっても、ますます厳しい局面を迎えそうだ。
【橘 玲氏】
政治、経済、人生設計論など、数多くの媒体で連載を持つ人気作家。今年1月、『不道徳な経済学 転売屋は社会に役立つ』を刊行。
【山野祐介氏】
IT系ライター。得意ジャンルはEC、スマホ、ポイント、Webセキュリティなど。楽天をこよなく愛し、「行動するお金博士」の異名を持つ。
<取材・文/行安一真(本誌)>