景気回復ムードの中、転職市場が活況だ。30代以上の即戦力を求める企業が急増し、もはや「35歳転職限界説」はなきものになりつつある。しかも、業種・業界を超えた人材大移動が起きているのだ。盛り上がる転職市場の背景には何があるのか? 中途採用を積極的に行う企業の事情と求める人材像、転職成功者のキャリア戦略を、5日連続特集で紹介していく。
1日目は、人材サービス大手のインテリジェンスとリクルートエグゼクティブエージェントに、転職市場の概況をうかがう。
■すべての業種で求人数が増加
転職を考えているが、なかなか踏み出せない。もう年齢的に無理だ……。そう考えているビジネスパーソンに朗報。転職市場がかつてないほど盛り上がり、ほぼすべての業種で求人数が増加している。しかも、転職成功者の年齢が上がり、異業種・異業界への転職が多い。
人材サービス大手、インテリジェンスの転職支援サービス『DODA』(デューダ)編集長の木下学さんによると、求人数は2013年1月ごろから右肩上がりに伸び、2014年2月まで9カ月連続で過去最高を更新。2月の求人数は、前年同月比の24.7%増だ。
「例年、1月は来年度に向けて中途採用の求人が一瞬、増えて、3月になると落ち着くのですが、2013年はまったく落ち着かず、リーマンショック前の最大値を2013年6月に超えて、すべての業種で求人が止まらない。転職希望者数も毎月、過去最多数の記録を更新している」
アベノミクスによる好景気感が現れてきたようだ。
しかし、今回の活況は少し様子が異なるという。以前の転職希望者の中には不況でリストラに遭い、今すぐに転職せざるをえないような人たちがかなりいた。今回は景気回復ムードの中で、よりよい会社を求める人、あるいは今の会社に居続けることに疑問を感じて、能動的に転職活動をしている人が非常に増えている。
■「35歳転職限界説」は過去のものに
「今の転職希望者の特徴は大きく3つある」と木下さん。
ひとつ目は、年齢の高まり。いわゆる 「35歳転職限界説」が過去のものとなりつつあり、35歳以上の人も転職を希望し、成功している。
2つ目は、リベンジ転職が多い。リーマンショックの不況時に就職がうまくいかなかった20代後半の世代が再挑戦している。
3つ目は、女性が増えている。政府が推進する「女性の活用」に後押しされて、一生働いていくためのキャリアを考え、女性を積極的に活用している会社を探している。
「35歳転職限界説」が崩れたのはなぜか。2007年10月の雇用対策法改正により、求人広告に「年齢制限」の記載ができなくなったことも影響しているだろう。
『DODA』の調査によると、転職成功者の平均年齢は、2007年4~6月期の29.2歳から上がり続け、2013年10~12月期は過去最高の31.3歳。6年間で2歳も上がった。
調査開始時の2007年4~6月期に比べて、35~40歳の転職成功者の割合は全体の8.0%から14.3%に、40歳以上の転職成功者の割合は2.5%から9.3%に上昇した。
35歳以上の転職成功者は全体の4分の1を占めるようになり、むしろ20代の転職成功者は全体の割合からすると減ってきている。
■第二新卒を育成できなかった反省が企業にある
幹部層の人材サービス大手、リクルートエグゼクティブエージェントのエグゼクティブコンサルタント、森本千賀子さんは、「転職市場は活況だが、『第二新卒』(20代前半)は以前のような勢いはない」と話す。
リーマンショック前には第二新卒層から100人、200人と3ケタの大量採用を実施する企業も数多くあった。第二新卒は、社会人経験はゼロではなく、マナーやビジネススキルの基礎を前職で教育されていて、考え方も柔軟……。企業はそう考えて大量採用したのだが、結果として想定以上にはうまく育てられなかった経緯がある。
「ある意味、第二新卒は、会社に入って数年で辞めるという選択をした背景もあり、しっかりキャリアプランを立てて転職しないと、同じことを繰り返す。転職先の環境にもなじめず、安易に辞める人も少なくない。第二新卒者を即戦力化することが難しかったという反省が、企業側にはある。当時、ごっそり採用した第二新卒層をマネジメントできるような即戦力を求めて、今、ミドルの中途採用を積極的にしている企業も多い」(森本さん)。
企業は30代以上の即戦力に期待しているのだ。
■社内にはいない人材が求められている
では、具体的にどういう人を求めているのか。
「社内にいる人材の延長線ではない人が求められている。既存事業を拡大していくなら、同じ業種・業界の経験者を採用すればいいが、それでは先入観や固定概念に縛られて新しい発想が生まれにくい。新規事業を立ち上げ、新しい市場を開拓し、新しいサービスを作る。国内だけでなく、海外で事業展開していく。そのために、業種・業界を超えて、イノベーティブな発想で新しい価値を生み出していける人を、企業は採用したがっている」(森本さん)。
「新規事業の開発や市場の開拓に、若手の育成だけでは追いつかないので、専門スキルを持ったミドル層を求めている。その専門性は、技術系や経理、人事、法務、マーケティングなどがやはり大きなシェアを占めているものの、最近はその専門性にも広がりが見えて、営業職にまで拡大している」(木下さん)。
営業職への拡大は、2つのケースがあるという。
まず、年齢が高い人へのニーズの高まりだ。たとえば、不動産の営業職はこれまで20代の若手が多かったが、住宅を購入する年齢が上がっているため、顧客層の年齢に近い人を採用している。
それから、競争が激化する中で人材が足りない。戦力になることが見込める人材なら、年齢を問わず採用しているケースだ。
■転職者を受け入れる企業の抵抗感が薄れてきた
転職者を受け入れる企業側も、柔軟に変わってきた。一昔前までは、給与体系や人事制度の面から転職者を受け入れにくく、転職者の給与だけ高い、あるいは転職者に自社の年下の上司がつくといったことに、企業側の抵抗感が強かった。また、転職者側にも抵抗感があった。それがこの10年間で年功序列や終身雇用が崩れていき、大企業も中途採用をするようになってきたので、両者の抵抗感が薄れてきたのだ。
「一昔前に比べると、50代の方もいい転職を実現されているケースが多いと実感する」と、森本さんは語る。終身雇用が当たり前で、定年まで勤め上げるつもりだった50代は、転職をポジティブにとらえていなかったが、ここ数年、大手家電メーカーが大幅にリストラしているのを目の当たりにして、そうなる前に、自分らしく働けるところに転職しておこうと考えるようになった。
とはいえ、今の会社の規模より小さい規模の会社へ転職するケースが大半だ。となると年収は下がる傾向がある。年収との折り合いのつけ方は、年代によって変わってくるという。
「30代はまだ子どもが小さいので、教育費はそれほどかからないが、40代は高校受験や大学受験があり、塾代もかかるので、年収に対して妥協しにくい。これが50代になると、子どもの卒業や独立が見込め、家のローンも完済のめどが立つので、多少、年収が下がっても生活していける。だから年収との折り合いをつけやすい」 (森本さん)。
■福祉・介護、不動産、建設、金融に人材が流れる
では、どの業種・業界へ人材が動いているのかを見ていこう。
『DODA』の調査では、2013年に異業種へ転職した人の割合は59.1%。半分以上を占める。
木下さんはこう話す。「2012年後半から2013年前半までは、大手メーカーや大手IT企業からネットゲーム系の企業へ、という大きなトレンドがあった が、ピークは過ぎた。
最近、いちばん目立つ動きは、小売り、外食、サービスから不動産、メーカーなどの法人営業。前者もたくさん求人を出しているが、休み が不定期で労働時間が長いため、求職者はもうひとつステージが上、給与テーブルが上の会社に行きたがっている」。
森本さんが真っ先に挙げるのは、福祉・介護業界だ。「高齢化社会で業界全体の吸収力が断然違う。毎年、1000人規模で採用している企業もあり、あらゆる業種・ 業界から人材が流れている。リーマンショック後、求人が冷え切った不動産、建設、金融も復活し、2020年のオリンピックに向けて勢いを増すとみられる」。
今、業種・業界の垣根を超えたダイナミックな人材大移動が起きている。転職に二の足を踏んでいる人は、この好機を逃してはならない。
明日は、ウェブツールを使った転職の広がりを紹介しよう。
(撮影:今井 康一)