軽自動車業界に吉凶禍福 トヨタ最後発参入の裏事情

全乗用車メーカーのなかで唯一、軽自動車と距離を置いていたトヨタ自動車がついに軽市場へ参入する。国内自動車販売台数の軽比率は年々高まっているものの、軽の販売台数そのものは落ちている。そんななかでのトヨタの参入に軽各社は戦々恐々だが、参戦は業界にとってじつは大きな朗報でもあった。
「渉外面でも互いに協力すること」
 軽自動車参入を決めたトヨタ自動車がOEM(相手先ブランドによる生産)調達先となるダイハツ工業と交わした協業の覚書のなかに、このような趣旨の文面があった。両社内でも認識している者は少ない。しかし、軽業界全体の将来を左右する重要な一文だった。
 トヨタの豊田章男社長は2009年の就任時、日本市場で軽や中古車を含めた総合的なビジネスを模索する考えを表明した。その言葉どおり、新社長就任後の社内では子会社のダイハツからOEM調達してトヨタのマークを付けた軽を販売する案が水面下で検討された。今年に入るとダイハツとの本格的な話し合いが始まり、ダイハツ首脳が数ヵ月にわたるダイハツ系列販売店への説明行脚を終えた9月28日、正式にトヨタの参入が発表された。
「エコカー補助金切れ対策だろう」
 業界ではそんな見方が多い。確かに国内ではエコカー購入補助金が9月に終了し、業界は今秋からその反動による販売落ち込みに苦しむことになる。補助金効果による登録車の割安感は薄れ、安価な軽へのシフトが進む可能性は高い。しかし、トヨタの動機はそこではない。
 少子高齢化で縮小する国内市場を見据えた販売拠点網のリストラは自動車メーカーの共通課題だが、トヨタは地場の有力資本らとの綱引きもあり、思うように統廃合を進められずにいる。このままでは拠点網のスリム化を成し遂げる前に販売店の経営は立ち行かなくなる。その早急な打開というのが真の動機であると考えられる。
 これまでもトヨタ系列店は軽を求める顧客にダイハツ車を紹介販売してきたが、その数は年間3万台程度にとどまる。トヨタ車として積極的に販売してマージンを得て、かつアフターサービスの稼ぎへとつなげてこそ、販売店は軽を新たな収益源にすることができるわけだ。
 ダイハツから当初に供給を受けるのは3車種。すでに決定した2車種は軽乗用車「ムーヴコンテ」と軽商用車(トラック、カーゴ)である「ハイゼット」。その選定は軽の主戦場である地方で有力ターゲットとなる農村部も開拓できるよう、狙い澄まされたものだ。
 農家では一家で複数のクルマを保有するケースが多い。たとえば主人がトヨタのセダンとともに農作業用に軽トラックを持ち、家族は各自の軽乗用車を生活の足とする。そうした一家にトヨタ系列店は今後、セダンのみならず、“オールトヨタ”の売り込みができるようになる。
 トヨタ系列店の攻勢を受けるのはスズキやホンダだけではない。ダイハツ車もターゲットとなる。ダイハツの系列店が不安を募らせるのは、至極当然だ。
 そこでダイハツはトヨタに対する当初の年間供給台数を最大6万台に制限した。09年度の国内軽販売台数が約170万台。6万台は市場の3.5%だ。急激なトヨタシフトが起きないように供給台数を設定した。
 だが、いざ供給が始まってトヨタブランドを求める顧客の声が強まったとき、トヨタ傘下であるダイハツが上限設定にこだわり続けられるだろうか。需要が高ければ、それに応じて供給台数も増えていくと考えるのが自然である。
 軽市場がトヨタの参入分を吸収できるほどに拡大するのであれば、「市場の活性化」という言葉で片づけられるかもしれない。新車販売に占める軽の比率は年々上昇し、35%(09年度)を占めるまでになっている。しかし、軽の販売台数そのものは減少傾向にあるのが実態だ。
 トヨタの参入で全乗用車メーカーが軽を販売することになるとはいえ、実際に自社で生産を続けるのはダイハツ、スズキ、ホンダ、三菱自動車の4社。富士重工業はすでに自社生産からの撤退を決めている。メーカーとして生産面でトヨタ参入の影響を受けるのは自社生産組だ。ダイハツは生産台数増のメリットを享受し、他社はそのあおりを受ける。
 安価で1台当たりの粗利益が少ない軽の生産ではボリュームが欠かせない。ゆえに生産台数シェアの動き次第ではさらなる生産撤退を招き、集約が進むことになろう。
 販売面も生産面も戦々恐々の軽各社だが、スズキの鈴木修会長は、トヨタ参入を「歓迎する」と言ってのけた。じつはそのとおり、トヨタ参入は業界にとって大きな朗報でもあった。冒頭の覚書を思い出してほしい。
「渉外面でも互いに協力する」という一文は、ダイハツがOEM供給要請をのむなかで刺し違えるかのようにトヨタから獲得した大金星だ。自社の系列店のためにトヨタからハイブリッド車など次世代環境車の供給を受ける約束も取り付けたが、業界全体への影響を考えると、この一文はそれ以上の価値を持つといえる。軽における「渉外」が意味するのは、「軽の優遇税制の維持」であるからだ。
 自動車税では排気量によって登録車の税率が段階的に変化するのに対し、軽自動車税が適用される軽自動車(乗用・自家用)の標準税率は一律7200円。たとえば1000ccの小型車(乗用・自家用)の標準税率は2万9500円であり、税負担に4倍の開きがある。
 トヨタは過去、こうした税負担の格差に異論を唱えてきた。そこには、税制メリットの高い軽が小型車市場を脅かしてきた背景と自動車全体の税負担を軽減させたい思惑が存在した。02年にはトヨタの奥田碩会長(当時)が表立って軽優遇に疑問を呈し、スズキらがこれに反論。業界内の対立を避けるべく、業界団体である日本自動車工業会は軽業界の主張をくむかたちで「軽の税金のほうが国際標準であり、登録車の税を軽に近づけるべき」という“表向き”の統一見解を出し、事態を沈静化させた。
 業界内の最大反対勢力だったトヨタが最後発で軽に参入する。しかも、ダイハツと渉外面で協力すると約束した。軽業界としてトヨタの行動を好意的に受け止めるならば、政治的発言力の強いトヨタをついに自陣営へと引き込んだことになる。
 12年4月実施の税制改正に向けて自動車関係税制は大幅に見直される。自動車業界は減税に持ち込むつもりだが、財政事情の厳しい政府が簡単にそれをのむとは考えにくく、軽の優遇税制の是非が焦点の一つとなることは避けられない。「環境自動車税」の創設を目指す総務省は9月に「自動車関係税制に関する研究会」の報告書を公表した。この研究会では軽の税負担水準を引き上げる意見が出され、報告書は軽の扱いのあり方を問うている。
 トヨタマークの軽が店頭に並ぶ来年秋、税制議論も正念場に入る。販売現場も、渉外現場も波乱必至の一年となる。
(「週刊ダイヤモンド」編集部 臼井真粧美)

タイトルとURLをコピーしました