退職しない、できない日本 「井の中の蛙」化で昇給額も低水準

外資系人材紹介会社のヘイズ・スペシャリスト・リクルートメント・ジャパンは2月18日、アジア5カ国、地域の給与水準と雇用実態に関する調査結果を発表した。本調査は2008年から毎年行っており、今回で13年目。

 企業の給与担当者に対して19年中の企業内での昇給率を聞いたところ、日本では「3%以下」と答えた人が最も多く48%。「昇給なし」と答えた人も21%いた。7割近くの企業で、昇給率が3%以下だったことになる。その他の国では40~50%ほどの数値だったため、突出して日本の昇給額が低いことになる。

 一方、中国では「3%~6%」と答えた人が最多で42%。「6%以上」と答えた人は34%で、中国では7割以上の企業で3%以上の昇給があった。ただ、中国における6%を超える“高昇給”はペースダウンにあるようだ。17年の調査では、6%を超える昇給の割合は56%だったが、年々下がり今回は先述の数値となっている。

 昇給率と比例して、日本企業と中国企業の“年収格差”も如実に現れた。同社の成約実績ベースで部長クラスの最大年収を算出したところ、中国における「人事部長」職の平均は8000万円。日本は4000万円と、2倍の差をつけられている。担当者によると、中国では人材獲得が経営を左右するグローバルな環境に身を置く企業が多く、人事権だけでなく大きな裁量を持っていることから金額が高くなったと見ている。

●退職しないし、できない日本

 なぜ、日本の昇給額や給料はここまで低いのか。

 調査では、「転職する理由」も対象者に聞いた。すると、各国と比較して日本だけ“特異”な結果が明らかとなった。日本以外の4カ国、地域では「給与」と答える人が最も多かったのに対し、日本では「新たな挑戦」と答えた人が最も多く、56%だった。「給与」と答えた人は54%。

 しかし、この結果から日本の労働者が給与よりも「挑戦」を重視しているため、昇給が抑えられているとは言い切れない。同社が以前に行った、労働者のリテンションに関する調査で「転職しない理由」を聞いたところ、日本の労働者が最も多く回答した理由は「Salary or benefit package(給与、または福利厚生)」。日本は「建前の社会」といわれることもあるが、労働者の本音としては「お金」や実利もやはり大事なようだ。また、少しずつ「実力主義」が浸透しつつあるとはいえ、日本企業は依然として「年功序列」の給与体系が多い。転職することと、現職に残って徐々に給与が上がっていくことを比較して後者を選ぶ“保守的”な人が多いこともうかがえる。

 今回行った別の設問では、「自らのスキルが5年後も通用するか」という質問に対し「はい」と答えた割合は日本が最も高く、72%。自信があることは良いことなのかといえば、そうでもないようだ。担当者は「日本は『学ぶ』という意欲を持つ人が少ない。年功序列のレールに乗って昇給することが約束されていることが多いので、学ぶ必要がないともいえる。だから、別に学ぶ必要もない、という意味で自信を持つ人が多いのではないか」と分析する。つまり“井の中の蛙大海を知らず”ということだ。

 年功序列で給料が上がるので、会社に居続ける。新しいスキルを身に付けても、会社では評価されないことが多いので特に新しいことを学ぶ意欲も必要もない。そうなると、人材としての市場価値も上がらず、転職もしない(できない)。さらに、労働者は社外の給与事情を知らないし、本音は押し隠してお金のことをあまり口に出さない。つまり、自分がこの先どのくらい給料をもらえるのかも分からない。そうなると、昇給や給与を抑えても経営者の痛手にはならない――。こうしたことは以前から指摘されている「日本式雇用慣行」の問題点でもあるが、これ以外にもある日本の“特異性”を担当者は挙げた。

●「退職は『権利』だと知ってほしい」

 「日本は転職が決まり、いざ現職を退職する段階になって、経営層の“許可”を得られず転職をキャンセルする人が多い」(担当者)。退職することは(最低限のルールこそあるだろうが)労働者の権利だ。それでも、退職すると伝えたときに経営層が拒否し、転職を諦めるケースが日本では顕著に多いのだという。年功序列を背景に、定年までその人材が勤続することを前提にした組織構成を取る企業が多いことが理由の1つだとみられる。こうした状況を踏まえ、「退職は『権利』だと知ってほしい」と担当者は強調した。

 人手不足とは言われるが、特にITトップ人材では1人に対し10個ほどの求人があるくらいの「人材難」だと担当者は話す。ただ、実態を見ると「人がいない」のではなく「人が会社から出られない」という見方の方が正しそうだ。日本が“異常事態”から脱出するためには、労働者の基本的な権利を認めることがまず求められる。

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