労働災害(労災)の認定では「時間外(残業)や休日の労働時間」が重要視される。どれだけ長く、休みなく働いていたかに目がいきがちだが、認定基準は「蓄積された疲労が解消できる睡眠時間を確保できていたか」が根拠となっている。
「睡眠時間は短いけれど、乗り切っている」という人は要注意だ。睡眠時間と睡眠の質には、強い相関関係があり、睡眠6時間未満の人は脳卒中や心筋梗塞を発症しやすいからだ。「睡眠のメカニズム」に、その答えはある。
●短時間睡眠と突然死
睡眠には「ノンレム睡眠(深い眠り)」と「レム睡眠(浅い眠り)」の周期があることは知られている。
私たちは眠るとすぐノンレム睡眠に入り、およそ15分後からは「デルタ波」という脳波が出始める「徐波睡眠」、いわゆる“爆睡”が始まる。この時間帯は成長ホルモンによって、新陳代謝を促しながら傷ついた細胞を修復し、疲労を回復している。
その後、レム睡眠とノンレム睡眠は交互に起こる。レム睡眠のときは脳が覚醒し、体の神経が高ぶり呼吸や心拍が速くなり、血圧も上がる。やがて、起床前になると体が起きる準備をするため、レム睡眠が長く続く。このとき、夢を見ることが多い。レム睡眠には体をリラックスさせ精神的なストレスを解消する効果もある(※注1)。これが通常の睡眠リズムである。
だが、ストレスフルな状態で起きている時間が長くなると、疲労回復のために徐波睡眠がより長くなる。その結果、レム睡眠が短くなるので、神経が高ぶる。心拍数の増加や血圧の上昇を引き起こし、体へ過剰な負荷がかかることが実験で明らかになっている(※注2)。1997年に研究結果を発表した大原記念労働科学研究所の佐々木司上席主任研究員は、こう説明する。
「実験では、健康な男子大学生に毎日5時間の睡眠を12日間続けてもらいました。その結果、初日に約58拍だったレム睡眠中の1分間の心拍数が、3日目には約68拍に増えた。これは寝ていても体を休められていない状態を表しています」
この短時間睡眠による体への負荷が繰り返されると、脳卒中や心筋梗塞を引き起こす要因となる。
時間外労働削減のため、週半ばの水曜日に「ノー残業デー」を設ける組織や企業があるが、これは睡眠リズムの観点からも理にかなっている。
海外の研究で睡眠時間が異なる4種類の群(9時間、7時間、5時間、3時間)をつくり、一瞬の反応が必要な作業をしてもらったところ、3時間の群は日に日に反応速度が遅くなり、特に3日目に大きく低下した。つまり、短時間しか眠れないほど忙しくても、3日目は早く帰って寝たほうが効率がいい。
●夜勤は体に過剰な負担
睡眠の質を大きく低下させ、過労死につながる要因はこのほかにもある。
夜勤やシフト勤務の人は、午前中や昼間などに睡眠を取らなければならない。だが、人間には本来、「眠りやすい時間帯」と「寝つきが悪い時間帯」があり、特に朝10時頃と夜7時頃は眠りにつきにくい(※注3)。しかも昼間はサーカディアンリズム(体内時計)の影響で寝たり起きたりする断続的な眠りとなりやすい。たとえ夜勤専従でも、眠りを促すホルモンであるメラトニンの分泌量が夜間より減少し、眠りにくくなる(※注4)。
さらに、夜勤は人間がもっとも眠い時間帯に起きて緊張しながら仕事をするため、「酒気帯び運転以上に危険」な状態を示す研究結果(※注5)もある。この研究では、深夜1時から作業成績が明らかに低下し、3~7時までは血中アルコール濃度0.03%(酒気帯び運転基準)時よりも成績が悪くなった。
看護師には夜勤が多いため、日本看護協会は2013年、ガイドラインを発表した。
「ストレスによるうつ病」と不眠にも、強い相関関係がある。特に、過去の不快な記憶や将来への不安は不眠につながりやすい。海外の研究では、「将来に不安を持っている人は持っていない人と比べて、徐波睡眠の時間が最大3分の1まで短くなった」と結果が出ている(※注6)。
注1)Gujar et al(2011)
注2)佐々木司、酒井一博(1997)
注3)Lavie(1985)、Strogatz(1987)
注4)Sack et al(1992)
注5)Dawson、Reid(1997)
注6)Kecklund、Akerstedt(2004)
(医療ジャーナリスト・福原麻希)