都心のタワマンは“過去の遺物”に……コロナショックで「不動産の価値」が激変する

コロナ禍による緊急事態宣言が延長され、営業自粛を余儀なくされる飲食店や物販店などが家賃負担に耐え切れず、倒産や廃業に追い込まれるところが出始めた。こうした動きを防ごうと国は家賃補助に乗り出している。

 具体的には特別家賃支援給付金を創設し、「単月の売上が前年同月比で50%以上落ち込んだなどの条件に該当する中堅中小企業に対しては家賃の3分の2、上限50万円を負担する」「個人事業主に対しては同25万円を上限に負担する」とした案で、自民党、公明党が発表している。この案では対象を飲食などに限定せず全業種とするなど相当思い切った内容のものだ。


営業自粛を余儀なくされ、閑散とした浅草 ©AFLO

国の家賃補助も“雀の涙”に過ぎない

 あまり言及されないが、給付金によって一息つけるのはテナントである飲食店だけではない。家賃をもらっている大家も同様である。街の商店街などで自身の不動産を店舗などにしてテナントに貸し出している大家は多い。今回のコロナ禍でテナントが家賃を滞納する事例が出始めていた中、給付金が出ることは大家側からも歓迎されることだろう。

 大家というと世間では賃料だけもらっていて裕福な層だと思われがちだが、土地や建物には固定資産税などの税金がかかるし、建物自体のメンテナンスなどの管理コストが思いのほかかかるものである。この給付金はテナントのためというよりも大家のためとも解釈できる理由がここにある。

 だが、この施策だけで問題が解決するわけでは当然ない。お店というと一般の人は街中にある居酒屋や定食屋のようなところをイメージしやすいが、今回のコロナ禍では個人事業主や中堅中小企業だけでなく、大手企業までを含めて全業種に大きな影響が出ているからだ。

 店舗が一カ所だけならば最大50万円の補助は干天の慈雨となろうが、複数の店舗を出しているようなお店や、都心部でオフィスを100坪、200坪借りているような中小企業にとっては、この補助金は雀の涙程度の効果しかないというのが実情だろう。

テナントと大家の賃料交渉

 すでに大規模なショッピングモールやアウトレットなどではテナント店舗とこれを運営する運営会社、事業主である不動産会社などとの間で激しい賃料交渉が勃発している。

 商業施設のテナントは大家との間で、最低保証賃料に売上歩合を上乗せした賃料体系を採用することが一般的だが、施設が閉鎖されているので当然売上歩合はない。だが、店を開いていないにもかかわらず最低保証賃料という固定賃料分を支払わなければならない。大家側からみれば、施設としての維持管理コストは絶対必要なのでこれだけは死守したい。でも背に腹かえられないテナント側はこの最低保証賃料の支払い猶予や減額、あるいは賃料そのものの免除を求めるに至っている。事態は深刻なのだ。

1か月で倒産してもおかしくないレベル

 また今回のコロナ禍でほぼ全滅状態にあるのがホテルなどの宿泊施設だ。ホテルは自らが建物を所有して運営しているケースはむしろ稀で、多くが建物を賃借している。150室程度の平均的なビジネスホテルであれば、1000坪程度の床面積を必要とする。賃借料は場所によっても異なるが都内であれば坪当たり1万2000円程度はする。家賃負担は月額で1200万円にもなる。

 コロナ禍での都内のホテル稼働率は軒並み10%を切る水準に落ち込んでいる。宿泊平均単価も現在では大幅に下がって都内でも1泊5000円から6000円程度。どんなに計算しても月の売り上げは300万円にも届かない。この時点ですでに月額900万円の赤字だ。

 だが、これに加えて従業員の人件費や水道光熱費などの管理コストを勘案すると、多少の現金を持っている会社であっても1か月で倒産してもおかしくないレベルになってしまうのだ。

ビジネスの根幹が崩れてしまった

 とりわけ東京五輪開催を見込んで都内に多数建設されてきた新築ホテルにとって状況はさらに厳しい。この春は五輪開催に何とか間に合わせたホテルなどの建物竣工ラッシュを迎えている。おそらくほとんどのホテルでは既に大家である不動産会社と建物賃貸借契約が締結済みで、建物竣工と同時に賃料の支払いが発生するはずだ。

 五輪前、都内ではホテル建設を目論んで多くの不動産会社がしのぎを削った。高騰する都心の土地をマンション業者などとの競争に打ち勝って仕込み、上昇が止まらない建設費を何とか呑み込んでこの春開業を迎える。それもこれも20年夏に五輪が「開催される」ことを前提にしたからこその頑張りだった。

 ところが肝心の五輪が開催延期になっただけではなく、インバウンド客が来なくなり、経済活動のすべてが止まり、国内の観光客もビジネス客も「全滅」という大惨事が起こったのだ。ビジネスの根幹が崩れてしまったホテルにとって、大家に払う家賃は存在しないのである。

 家賃補助は一見すると国や政府の“やっている感”を演出するのには一役買っているように思えるが、日本経済はそんな程度ではすまされない大変な状況に陥っていることは、この不動産の状況を俯瞰しただけでも明らかなのである。半年後に控える不動産業界の“新たな火種”

 そして不動産の分野でこれから影響が顕在化するのが、オフィスと住宅である。商業施設やホテルは今回のコロナ禍の影響を直接被った業種であるが、実はオフィスや住宅はこれから半年後くらいに新たな火種になってきそうなのである。

 オフィスのテナントの多くは一般企業である。コロナ禍は全業種の業績に大きな影響を及ぼしているので、今後業績が悪化した企業から賃料の減額や借りている床の解約が発生することは容易に予測できる。

 オフィス床を解約するには、通常は解約日の6か月前に通告しなければならない。したがって今回のコロナ禍の影響が数字として現れてくるのは、今年の秋以降になるだろう。また今年は新築ビルの竣工ラッシュが続くが、入居を予定していた企業の一部で賃借面積を縮小する、あるいは賃借条件を減額するなどの動きが出ることだろう。ここまでは景気悪化に伴ってかつても起こっていた事態だ。不動産会社側も当然、ある程度の覚悟をしているはずだ。

「テレワーク、意外と良いかも」の影響は?

 ところが今回のコロナ禍はどうもそれだけでは収まりそうにない。オフィスで働くのはその多くが、サラリーマンと呼ばれる事務系ワーカーの人たちだ。彼らはコロナ以前において毎朝毎夕、クソ混みの通勤電車に乗って真面目にオフィスにやってきていた。ところが、コロナ禍が続く中で求められたのがテレワークである。

 初めのうちは経営者や従業員からもテレワークでは仕事がはかどらないとか、社員の仕事ぶりをチェックできない、会議がちゃんとできないなど不安視する声が上がったが、テレワークをやって数か月、実は多くの会社で「テレワークができちゃったし、意外と良いものだ」という認識が広まりつつある。

 会社側もある程度の社員については別にオフィスに来なくても困らないことに気づきだしているし、従業員の側からみても通勤せずに家やその周囲で仕事ができるのならば大歓迎といった雰囲気が出てきている。

 テレワークは一時的な措置としてやむを得ずスタートした働き方だったのかもしれないが、結果として全国で“テレワークお試しキャンペーン”を行ったことにより、意外にもかなりの企業で、今後も採用していくことになりそうなのである。

 このことは、将来的には確実に、企業が都心に構えるオフィスは必要最小限のもの、たとえばヘッドクォーター部分程度になることを意味している。

 さらに今回のコロナ禍が企業経営に投げかけたのが、感染リスクの問題だ。ある会社ではすでに、都心のオフィスのワンフロアで全役員が毎日一緒に仕事を行うのは、いざ感染症が蔓延した場合、大きなリスクになると考えて、オフィスを分散させる方向に舵を切ったという。これまでの東京一極集中、都心であるほどオフィスの価値は高いといった従来の価値観を変える動きとみてよいだろう。

「駅徒歩7分」に縛られる必要はなくなった

 そして、都心のオフィスに通う必要がなくなった事務系ワーカーたちは、今までのように大手町まで40分だの、駅徒歩7分以内、いや5分以内などといった「会社ファースト」の住宅選びをしなくてもよいことになるだろう。

 都心のタワマンを無理して買う必要もなくなる。会社の近くだからといって都心の賃貸マンションに高い家賃を払って住む必要もなくなる。

 東京のサラリーマンであっても、三浦半島に住んで、毎朝サーフィンをしてそのまま自宅や近所のコワーキングで働く。夫婦であれば仕事が先に終わったほうから地元の保育園に子供を迎えに行く。夕方にはもういちど海でサーフィンを楽しむ。こんな生活が可能になるのだ。

 年収の何倍ものお金を自分が住むためだけの家につぎ込むような行動も、都心のオフィスを企業としての見栄を張るためだけにものすごい費用をかけて構える行動も、実際には個人や企業に何の利益ももたらしてはいないことに、日本人の多くが気付き始めている。新しい価値観はこれまでの業界ピラミッドを崩壊に導くかもしれない。不動産業界は大きな変革期に差し掛かっているのである。

(牧野 知弘)

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