都構想コスト増試算は捨て身のクーデター説

既得権益を死守しようとする「中之島一家」の影がちらついた。大阪都構想の住民投票(昨年11月1日)直前に「大阪市を4分割すれば、218億円のコスト増になる」との試算を市財政局が報道機関に提供した問題をめぐり、財政局幹部3人が減給の懲戒処分を受けた。なぜ都構想のデメリットにつながる試算を示し、関連する公文書廃棄などの隠蔽(いんぺい)に手を染めたのか。産経新聞の取材や市への情報公開請求で、組織の闇が浮かび上がった。

 「お疲れ様です。お問合せいただきました件名についてです。(中略)試算したところ、218億円となりました」(原文ママ)

 一連の問題で処分を受けた前財務課長(48)が昨年10月9日、大阪市を4分割した場合のコストについて尋ねた毎日新聞記者らに回答したメールだ。試算の根拠となる詳細なデータも添えられていた。市が開示した文書によると、財政局と記者らとの綿密なやり取りはこの後も続いた。

 局内で交わされたメールも中立性を疑わせるものだった。記者について「非常に意識が高く勉強家のようです」と持ち上げるかのような記載も。毎日記者からの記事の草稿の確認要請にも応じ、財政局長(61)は「当初見せてもらった記事の趣旨から随分と分かりにくくなっている気がします。記者が消化不良になっているのかも」などと思いを巡らせていた。

 報道機関と一体となって練り上げた、とも取られかねない試算の記事が最初に掲載されたのは、同26日の毎日の夕刊1面だった。複数のメディアが同様の内容を報道した直後、財政局長は「試算は妥当。(都構想の)特別区と絡めて切り取られて報道された」と主張したが、同29日に開いた記者会見で「誤った考え方に基づき試算した」と謝罪し、試算を撤回した。

投票行動に影響

 毎日の記事掲載から6日後、住民投票が否決されると、都構想を推進していた大阪維新の会による財政局への責任追及が始まった。

 市議会委員会で答弁した前財務課長は、試算提供について「世論を(都構想)反対に誘導するというような意図はなかったし、政治的な意図もなかった」などと釈明。財政局長らも神妙な面持ちを見せていたが、悪質さを感じさせる新たな事実も発覚する。

 幹部3人は共有していた草稿について、維新市議から提供を求められた直後、公文書と認識しながら一部を廃棄。その中には都構想のデメリットに関する財政局の見解が記されていた。

 市の聴取に対し、上司2人に廃棄を持ちかけた前財務課長は「(記事が毎日との)共作と思われるのではないかとの恐怖心に駆られた」と説明したという。

 結局、幹部3人には12月24日付で、いずれも減給10分の1(3~6カ月)の懲戒処分が下った。市人事室は理論上の数値でしかない試算を報道機関に提供し、「市民に誤解と混乱を生じさせた」と判断。「(都構想が目指す)特別区に移行した場合のコストの問題と受け止めた人がおり、(投票行動に)影響があった」との認識を示した。

エリート集団の策謀

 憲法の規定で、公共の利益のため職務に取り組む「全体の奉仕者」であるべき地方公務員の3人は、なぜ一線を越えてしまったのか。そこに、大阪市役所の所在地にちなみ「中之島一家」と呼ばれた強固な体制の影を見たとの声もある。

 行政当局と市議会の与党会派、職員労働組合が三位一体で市長を担ぎ、市政を長年にわたり掌握。こうした体制による恩恵を既得権とみなし、最終的に都構想に行き着く行政改革を掲げてきたのが維新だった。

 財政局は総額3兆円規模の予算編成を担うエリート集団であり、外部の干渉が及ばない聖域と化していたことは想像に難くない。

 特に、処分された3人は財政畑を軸にキャリアを重ねてきた。財政局長は在職38年間のうち23年、前財務課長は同25年間で19年、同局で勤務。財務部長(51)に至っては同28年間で局外勤務はわずか1年しかなかったという。

 どのような組織でも人員が入れ替わらなければ仲間意識が凝り固まり、既得権を守る方向で組織が硬直化してガバナンス(統治)が機能しなくなりがちだ。

 「人事も含めた根深いところで、都構想が否決されるよう仕向ける体制ができ上がっていたのではないか」(市政関係者)

 都構想可決で大阪市が廃止されれば、予算規模は縮小し、権限も「中核市並み」にとどまるはずだった。市役所の一部では一連の問題について、強大な権限を手放したくないがための、捨て身のクーデターだったとの見方も出た。

 産経新聞が市に求め続けていた内部文書がようやく開示されたのは、市役所が仕事納めの同28日。批判や問い合わせを避け、幕引きを図ろうとしているのではないかと邪推したくもなるタイミングだった。大阪市役所にすむ“亡霊”は一掃されたのだろうか。

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