■アドバイスは、間を置くと効く
「お客様について、私があれこれいうのは僭越ですが……」と口調は柔らかだが、銀座の水に鍛えられた人間観察のプロであるママたちの金言は的を射たものだ。
「取引先のお客様であろうが、上司、部下、あるいは私たちホステスであっても、誠実に接して親身に話を聞いてくださる方は出世されていきます」と話すのは、「クラブ稲葉」の白坂亜紀ママだ。亜紀ママは早稲田大学在学中から老舗クラブに勤務し、女子大生ママとなり、現在は銀座にクラブをはじめ、和食店、バーなど4店を経営する。
そんな亜紀ママが忘れられない聞き上手な人にヤマト運輸元会長の小倉昌男氏がいる。
「店をオープンした頃から来てくださり、私が駄目なところも失敗した話も、『ああ、そんなことがあったんだ、そうかそうか』って、なんでも受け止めてくださる心の広い方でした。そのときは聞き流しているかのようですが、次に来たときに『でもね、そういうときはこうしたほうがよかったよね』とポツンとアドバイスしてくださる。『使命感を持て』『高い志が必要だ』『これからの水商売の女性は知的じゃないと駄目なんだ』と言葉は短くても、『前回の来店以来、私の悩みを思い出してはちゃんと考えていてくださったんだ』というところに優しさを感じ、ほろっとしてしまいました」(亜紀ママ)
■「いい男」は誰に対しても態度を変えない
部下から相談を受けた場合、すぐにアドバイスをするのを避けてみるのも1つの手かもしれない。しばらく温めておいて、「あのときの相談の件だけど」と伝えれば、部下はグッと熱くなるのではないかと亜紀ママは話す。
いい男は自然体。誰に対しても態度を変えず、礼儀正しい人ばかりだという。ユニチカ元会長の勝匡昭氏も亜紀ママにとってさりげなく宝物のような言葉をかけてくれた思い出深い1人。
「若い頃、クラブの先輩を指導しなければいけない立場に悩んでいたときでした。勝さんが『周りは先輩なんだから、ありがとうってニコニコしてればいいんだよ』『出る杭は打たれる、抜きん出れば足を引っ張られる。でもそこでくじけるな、そこで突き抜けてしまえばいいんだ』と、帰り際、お見送りするようなタイミングでさらっとアドバイスをくださることが幾度かありました。一緒に飲みにこられた部下の方に対しても、様子をじっと見て、『彼は何か悩み事があるんじゃないのか』といった気配りをされていました」(同)
26歳でオーナーとして「銀座ルナピエーナ」を開いた日高利美ママも「話を聞いてもらえていると感じられるのは、相手が話した内容をちゃんと記憶してくれているからです」と話す。
「特に自分がそのことをその人に話したのを忘れているような、たわいもない話ほど『おっ』と思います。例えば、『先週末はゴルフでしたよね。お天気が悪かったけれど、体調を崩されていませんか』など、日常のことはもちろん、出身地、出身校や仕事などの経歴、趣味、ペットなど、覚えられていて嬉しいことは多岐にわたります。また、相手の苦手なものを覚えているというのも、強い印象を残します。私の経験でいうと、好きな食べ物と嫌いな食べ物だったら、嫌いな食べ物を覚えられたほうが、より嬉しく感じられるようです」(利美ママ)
■夜の秘書室の力を、接待で上手に活用
デキる男は酒を飲みながらただ漠然と会話をしているわけではない。「なにげない会話で、『この前の健康診断で胃にピロリ菌がいるのがわかったんだけど、ちょっと調子が悪いみたい』と笑いながら話されると、そのまま聞き逃してしまいがちですが、デキる男性はそれを聞き逃しません。取引先の方であれば接待で食事をする機会が多くあります。接待の食事会を私たちが予約してさしあげることもありますので、『あの人は胃の調子が悪いと言ってたから、お肉じゃなくて和食がいいかな』と相談を受けると、気配りをなさっているんだなと感じます。雑談などたわいのない話の中の情報を聞き逃さず、さりげなく会話や行動に反映させて人の心をつかむ方は素敵ですね」(亜紀ママ)
交際費が減っていくご時世だが、銀座をよりうまく使いこなし、クラブを第2のビジネスの場として味方に付けた男が出世する。
「クラブは『第2秘書室』とも呼ばれているんですよ。大きな接待は会社とクラブの協同プロジェクトのようなもの。だからこそ、部下やクラブのスタッフをうまく使える男性が成功するんです」と亜紀ママは話す。
そのために一番必要なものは「コミュニケーション能力」で、中でもお店との連携が大切なのだという。
「デキる男性は、本当に接待がうまく、下準備も緻密。まず、『今度、こんなお客様を連れて行くから頼むね』と予約を入れ、接待についての情報を知らせてくれます。私たちもプロですので、情報がなくてもおもてなしはできますが、事前にゲストの情報を集められると心づもりができ、当日はより聞き上手に徹せられます。また、デキる男性は接待中も、クラブのホステスに会話を決して丸投げしません。会話の中に、ゲストがどのようなビジネスをしているのかがわかるような話題や質問を織り交ぜて、私たちがとんちんかんな質問をしないよう、さりげなく誘導してくれます。そうしていただけると、今度は私たちが、ゲストの方から男性相手にはこぼさないような話を引き出していきます。それが私たちの役目ですから」(亜紀ママ)
会話を楽しみ、場の空気をうまくつくりあげるには、話題の仕込みがとても重要になる。酒席の場を盛り上げるプロであるクラブのママたちは、聞き上手になるためにどのような知恵をしぼっているのだろうか。
「野球、ブランド、映画など、話題にできる“得意分野”を、最低5つから、できれば10くらいつくって準備しておき、お客様の得意な話題につなげていきます。ただし、話題をたくさん仕込んだとしても、その知識をただ単にひけらかすだけでは失格です。飛び交う話題をきちんと理解し、タイミングよくふさわしい間(あい)の手を入れ、会話が途切れることなく、気持ちよくお喋りいただくようにしています」(亜紀ママ)
■質問は人のため、自分のため
利美ママも「自分ばかり話してしまうのはNGですが、話題提供をしていかなければ話に花が咲きません」と指摘し、こう続ける。
「大切なのは、話の流れをつかんで展開していくことです。デキる男性は、相手の話す内容を受けて、うまいタイミングで質問や疑問をぶつけて、会話を盛り上げることができます。自分の考えとは異なる意見に対しても『オレはそういうのはわからないな』『それ、違うんじゃない?』と素直に伝え、周りから新たな意見を引き出し、さらに話を盛り上げる。否定的な発言をしても周りが嫌な気分にならないのは、同時に相手のことを認める発言を必ずなさっているからです」
質問がうまい男性は、いったいどのような質問をしているのだろうか。
「よく耳にするのは『夢は何?』と『これからどうなりたいの?』という質問です。私も18歳で銀座で働き始めてから、何度も聞かれました。『私、銀座のママになりたいの』と答えると、さらに『お金はどうするの?』などと質問される。そうこうしながら必要なことをいろいろ教えていただき、例えば金融機関からお金を借りられるように準備を始めたりして、実際に銀座にお店を持つことができました。質問をして相手に語らせることで、その夢を実現させるすごい方たちです。会社でも、部下の方に同様の質問をして、自主的に考え行動させているのではないかと思います」(利美ママ)
聞き上手な男性は、決して相手のためだけに質問をしているわけではない。
「質問することで、最終的に自分のビジネスのヒントになる情報を引き出しているように感じます。そういう方は私たちにも『最近何してる?』『何か楽しいことあった?』とよく声をかけてくださる。これは、人が興味、関心をもっていることは、自分にとっても役立つことかもしれないと考えてのことだと思います」(同)
■女性は宥めて、百まで語らせる
では、男性が女性に聞き上手と思われるにはどうすればいいのだろうか。
「女性に“一から百まで”喋らせてくれる男性は、相手が誰であっても気持ちよくさせられるのではないかと思います」と話すのは、「バブル後、最短&最年少ママ誕生」と銀座の耳目を集めたクラブ「城」の桃谷優希ママだ。
「女性の多くは意見を求めているわけではなく、自分の話を聞いてほしいだけ。その点、“イクメン”といわれているお客様は、聞き上手な方が多いです。子どもの脈絡のない話を『へぇ、そうなの?』『どうしたの?』と一緒に盛り上がって聞いてあげられる男性は、女性の話も上手に聞きます。女性はご機嫌だったり怒ったりと感情の振れ幅が大きいところがあるので、宥め上手な男性も、女性にとっては話しやすい相手です。逆に『だからどうなの』とオチを急(せ)いたり、途中で遮ってしまったりする男性もいます。もちろん、クラブはお客様がお喋りする空間ですが、そのあたりの気遣いにたけている方だと、お店の女の子は盛り上がりますね。また、話し手の性別にかかわらず、たとえ退屈な話でも、退屈感を出さずに、同じテンションで聞いているふうを装える人は、デキる男性だと感じます」(優希ママ)
高級クラブで通用する一流の男性たちは「場の空気」を自然にコントロールできる「聞き上手」――。彼らのように、会話を楽しめるようになりたいものである。
———-
1 うなずき、相づちを打つ
2 質問する
3 共感する
4 同じ言葉を繰り返す、同じ動作をする
5 声のトーンや話すテンポを合わせる
6 表情豊かに聞く
7 体を向けて聞く
8 ムダな動きをしない
9 メモを取る
10 話の内容を覚える(利美ママへの取材を基に、編集部作成)
ビジネスシーンでも使える!
———-
(ジャーナリスト 吉田 茂人 撮影=研壁秀俊、板橋 葵)