内閣府が11月1日に発表した調査結果によれば、女性の職業について「子供ができてもずっと続ける方がよい」と回答した人は44.8%。調査を始めた1992年以来、初めて前年から減少に転じたそうだ。
女性活躍推進の声が上がる一方で、産休・育休、そして時短勤務をする女性への理解は未だ足りない部分がある。
「出産後も働くのはいいけど、どうせ時短で遅く来て早く帰って、子どもが熱を出したら休んで、他人に仕事やってもらうんでしょ」
そんな声は当然のようにあふれているし、先日のマタハラ訴訟の際にも「甘えている」「図々しい」という声が男性だけではなく女性からも上がった。
女性が子どもを産んでから職場に復帰するのは、それほど難しいことなのか。山ほど文句をつけたくなることなのか。ネット上では(ネット上だけではないだろうが)「そもそもそんなに働きたいと思っている女性はいない。景気が良ければ働きたくない女性が大半だろう」という声すらあるが、働かなくて良い状況になれば働きたくないのは男性だって同じだろう。世帯収入が減少傾向にある現在の日本において、共働きを選択するのは自然なリスク回避であり、共働きを選択する家庭が増えている状況にある中で、子どもを持つ男女が働きやすい企業こそが求められている。しかし、そんな企業はただの理想なのか。
そう考える中で、偶然知ったのが化粧品の開発と販売を行う「ランクアップ」だった。2005年にスタートした同社は創業以来9年連続で業績が右肩上がり。現在の年商は59億円。
驚くのは、従業員数41人(アルバイトも含む)のうち、女性は9割以上。さらに約半数にあたる19人がワーキングマザーだという。しかも、ほとんどの社員が17時に退社。さらに、産休育休後は同じポジションに復職し、給与も下がることはない。離職者は過去3年間でゼロ。
なぜこんな会社が成り立つのか。話を聞いてみたいと思った。
■働く母は「飲みニケーション」ができない。それなら…
そもそも、ランクアップを知ったのは、10月31日に同社で行われたハロウィンパーティーがきっかけだった。
突然自分の話になって恐縮だが、筆者は社員4名、役員2名という小さな編集プロダクションの取締役を務めている。創立(2008年)してから数年は20代ばかりの会社だったが、次第に平均年齢が上がり、社員が結婚・出産を考える時期となった。
これまで、社内全体で社員の誕生日会、社員旅行、歓迎会、新年会、単なる飲み会などをたびたび行ってきたが、社員が家庭を持つと、これまでのように就業時間後の飲み会や旅行に誘いづらくなるという状況がある。それなら誘わなければいいのだが、小さな会社でやっぱりそれはさみしい。コミュニケーションが減ることで、社員の気持ちが徐々に仕事や会社から離れてしまわないか。特に女性の場合は……。
などと考えていたところで、女性が9割を占めるランクアップのハロウィンパーティーの試みを知ったのだ。育児中の女性は終業後の飲み会に参加しづらい。そうであれば、交流の場を昼間にすればいい。そういった理由で企画された試みではないのだろうか。
ハロウィンパーティーを企画したという同社広報の向井亜矢子さんに聞いたところ、やっぱりという答えが返ってきた。
■社員全員が17時に帰れば、時短ママとの差も生まれない
8か月の長男を抱く川口さん(ハロウィンパーティーで撮影)8か月の長男を抱く川口さん(ハロウィンパーティーで撮影)
「当社はママが多いので、飲み会でのコミュニケーションができません。でも、創業からどんどん人が増えて、その分コミュニケーションも必要になりました。みんなで楽しみましょうという気持ちを込めて、昨年からハロウィンパーティーを行っています。育休中の社員も子どもを連れて参加してくれているし、取引先の方も喜んで参加されています」(向井さん)
当日は朝から社員たちが仮装。パーティーは16時から18時にかけて行われた。現在育休中という販売促進部の川口さん(33)は、8か月の長男と2人で参加していた。川口さんはもともと社員数800人規模の大企業に勤めていたが、深夜残業が多く、身体を壊したことをきっかけに退職。その後、ランクアップに転職した。
「妊娠3か月目頃から体調を崩してしまい引き継ぎもそこそこにお休みに入ったのですが、会社からは『体第一で考えて』と言っていただけました。出産後も何度も会社に遊びに来て、復帰後の相談をさせてもらったりしています。『戻ってきて』と切望されていることを感じるので、復帰後の不安はありません」(川口さん)
ハロウィンパーティーや子ども連れのママ会を通じて、みんなが社員の子どもの名前を知っているほど仲が良い。また、社員全員が17時頃までに退社するため、時短勤務の女性でも気兼ねをすることなく働ける。
「みんな決断と行動が早いからだと思います。やるべきことはすぐに実行する。あとは、楽しみながら仕事をしているからではないでしょうか」(川口さん)
■残業しなくていい会社づくりのためのルールとは
ランクアップの就業時間は8時30分~17時30分。しかし、その日の仕事が終わっていれば17時に退社してもいいというルールがあり、現在ほとんどの社員が17時に退社する。また、遅くても18時までには退社するというルールを徹底している。
しかし、それが良いとはわかっていても、多くの企業では「残業して当たり前」「長時間働いてこそ労働」となっているのが現在の日本だ。なぜ17時終業が可能なのか。岩崎裕美子社長によると、次のようなポイントがあるという。
(1)定期的な業務の棚卸と業務の選別
不要な会議、打ち合わせの削減。社内資料の作成には時間をかけない。さらに、「自分より適した人に任せる業務」「取引先に任せる業務」まで自分が担当していないかを見極める。
(2)ルーティンワークをなくす
単純なデータ入力や資料作成は、基本的にアウトソーシング。空いた時間で社員は「考える仕事」や、スキルを高めるための講義を受ける。
(3)わかりやすく、差別化された商品の開発
商品がわかりやすく差別化されていれば、お客さまに特徴を伝えやすく、営業や販促に多大な時間をかける必要がない。長時間労働をなくすためには利益を得続ける体制を整えることも不可欠だが、差別化された製品を開発することで、それが叶っている。
■業務を棚卸し、無駄をなくす
この中で、岩崎社長が最も重視しているのが(1)だ。
「誰も発言しない会議に時間をかけたり、社内資料なのに作りこみ過ぎていたり、ホウ・レン・ソウが多すぎたり、必要ではない業務に時間が割かれていることはありませんか? 会社がどの方向へ進んでいるのか、それをシンプルに定めて共有できれば、不必要な業務は減ります」
確かに、多くのビジネスパーソンが、これまで「この会議(打ち合わせ)、必要なのか?」と感じたことがあるはずだ。文章に起こせば5行程度で書ける内容の会議を、5人で、2時間かけて行っていたりすることがある。誰も指摘しないと、その慣習は続いてしまう。作りこみ過ぎる社内資料や、過剰なホウ・レン・ソウも同様だ。
また、岩崎社長は印刷会社と工場など、同社を介さずに取引先だけで打ち合わせを行うことに積極的だ。通常なら、事故が起こることを恐れて社員が同行しそうなものだが、岩崎社長は「間に仲介が入ることで、事故が起こることの方が多い」と言う。取引先を信頼する、信頼できる取引先をつくればその負担も減るのかもしれない。
自分の仕事に置き換えてみると納得する。たとえばライターという筆者の仕事の場合、取材時にインタビュー相手とインタビューをする自分以外に、広告代理店の担当者が同行することがある。ほとんどの場合において取材中に彼らの仕事はないので、正直無駄だなと感じる。「何かあったときのために」という保険であり、「ライターが仕事をしやすいために」という配慮でもあるとは理解しつつも。特に広告代理店から同行する「担当者」が2人も3人も、ときとして4人も5人もいる場合は。思わず「無駄無駄無駄無駄!」と叫びたくなる。
■「ワーキングマザーを甘やかしているわけではない」
日高由紀子取締役(左)と岩崎裕美子社長(ハロウィンパーティーで撮影)日高由紀子取締役(左)と岩崎裕美子社長(ハロウィンパーティーで撮影)
短時間労働の会社にしようと思った理由を、岩崎社長はこう話す。
「私も以前は残業が当たり前、終電まで働くのが当たり前の会社にいました。そういう会社は、2~3年で女性が辞めてしまう。男性だって、20代や30代前半のうちはそれでいいかもしれないけれど、一生ずっと23時まで働くという働き方は続けられません。自分が会社をつくったら、女性が何歳で結婚しても、何歳で子どもを産んでもいいという会社にしたいと思いました。
今、ランクアップの社員はほとんどが17時で退社します。でも、昔言われたような『5時までOL』ではありません。ワーキングマザーを甘やかしているわけでもない。ワーママの業務量と社員の業務量は同じ。ワーママにも復職前と同じように、高い集中力で業務をこなし、さらにスキルアップすることを求めます」(岩崎社長)
重要なのは、労働時間で社員を見るのではなく、業務量とスキルで社員を見ること。岩崎社長は、「限られた時間内で業務をこなそうとするので、より集中力が研ぎ澄まされる」と言う。確かに、「残業しなければ仕事が終わらない」という状況が、いつの間にか「終わらなくても残業すればいい」という意識に変わっているということはある。
■女性が働きやすい会社は、男性も働きやすい会社
これまで働く女性を取材する中で、時短勤務中の女性が「時短になったけれど、この部署の担当は相変わらず自分だけだし、業務量は変わっていません。給料だけ下がりました」と話すのを聞いたことがある。彼女たちは会社で働き続けるために、決してそれを大きな声で言うことはない。
また、強調したいのは、長時間労働が当たり前という現在の状況が少しでも変われば、変わるのは女性の働き方だけではなく、男性の働き方でもあるということだ。
「会社は長時間労働で成り立っている」「長時間働く日本人は世界でも類を見ない働き者」。日本では長い間そう信じられてきたが、時間当たりの労働生産性、国際比較において日本はOECDの平均を下回っている。長時間労働が、労働の質を下げていないか。
時間より質を。女性が働きやすい社会になれば、男性も働きやすい社会になる。これからの働き方は、変えることができる。