再生医療への実用化が期待される多能性幹細胞「Muse(ミューズ)細胞」の点滴製剤を巡り、審査を担う独立行政法人医薬品医療機器総合機構(東京)は早期承認の申請を認めなかった。複数の関係者が河北新報社の取材に審査の内情を証言した。
機構側「基準はない。ケース・バイ・ケース」
今年6月、東京・霞が関の機構本部に、申請不許可の判断に納得できないミューズ細胞の研究開発関係者らが直談判に訪れた。
関係者「治験終了後にハードルを上げるのはひどい」
機構「説明不足だったかもしれないが、考え方を変えたことは全くない」
関係者「早期承認制度の基準を知りたい」
機構「基準はない。ケース・バイ・ケースだ」
機構との間でこうしたやりとりがあったが、議論は平行線をたどったという。
申請不許可の根拠となった治験結果を巡り、両者には「製剤を使った患者の改善度」の評価基準に認識のずれがあった。開発側は「機構と相談した上で、従来の治療法との比較を基準にした」と主張。一方、機構は「偽薬を使った患者群との有意差」を基準にしたとみられる。
同制度で既に承認された他の再生医療製剤との治験評価の違いも、審査への疑念を深めている。
2015年に承認された心不全治療製剤は治験で偽薬群を設けず、症例7件の結果は改善0件、維持5件、悪化2件。18年承認の脊髄損傷治療製剤も偽薬群はなく、症例は事前の目標を下回る13件だった。
一方、ミューズ細胞製剤は偽薬群を設けた上、信頼性が高い二重盲検比較試験という方式で実施し、症例は35件。疾患ごとの特性や患者数の多寡もあって他の製剤の治験と単純比較できないが、「審査は一貫性を欠く」との指摘がある。
機構の元審査官で岐阜大病院の浅田隆太准教授(規制科学)は「承認基準の『有効性の推定』は定義が曖昧だ。基準が明確でない場合、過去に承認された製剤の治験結果の水準を基準の一つとすべきで、今回の判断はこれまでの事例を踏まえると違和感がある」と指摘する。
早期承認制度、想定より厳格化? 海外からの批判受け
Muse(ミューズ)細胞製剤が適用を目指した「条件及び期限付承認制度(早期承認制度)」は、患者数が少ないなどの理由で通常3段階の治験の実施が難しい再生医療製剤などを、2段階目までで審査するのが特徴だ。
症例が少数でも2段階の治験で安全性が確認され、有効性が推定できれば、医療機関を限って最大7年の期限付きで承認し、通常は3段階目で行う有効性の検証は市販後に実施し、本承認申請する仕組みとなっている。
再生医療の実用化・産業化を成長戦略の柱の一つとした安倍晋三政権は2014年、医薬品医療機器法の施行により再生医療製剤を対象とする早期承認制度を導入。15年9月に同制度で第1号となる虚血性心疾患治療製剤が承認された。
3段階目の治験を後回しにし、早々と「仮免許」を与える同制度には異論もある。特に世界的権威の英科学誌「ネイチャー」は15年末以降、数回にわたり「有効性の乏しい製品が日本国内にあふれる恐れがある」「市販後の検証を厳格に実施する必要がある」「早計であり、患者への使用を延期しなければならない」と批判を繰り返してきた。
同制度を使えば本承認申請後に審査が優先され、期間も短縮される。しかし、これまで適用された4件で本承認された例はない。ミューズ細胞製剤の早期承認申請が認められなかったことも含め、批判を受けて当初想定した制度運用から厳格化したとみる関係者は少なくない。
厚生労働省医療機器審査管理課は「再生医療製剤の実用化促進に向け、世界に先駆けて取り組んだため目立ち、批判されやすかったのだろう。制度運用は変わっておらず、制度を変える検討もしていない」と説明する。