限界目前、こうなることは分かっていた日本のインフラ

静岡県熱海市で大規模な土石流が発生するなど、各地で大雨の被害が相次いでいる。一方、千葉県八街(やちまた)市では、トラックが小学生の児童列に突っ込み、5人が死傷するという痛ましい事故が発生したほか、大阪市では住宅街の崖が崩れ、民間4軒が落下した。

 それぞれの事故は個別に発生したものであり、直接的な関連性はない。だが近年、インフラに関連した災害や事故を目にする機会が増えているのは、決して偶然とは言えない。日本のインフラ整備のあり方が限界に達していたところに、気候変動が重なり被害がより大きくなっている可能性が高いのだ。(加谷 珪一:経済評論家)

危険地域に住む人の数は増加している

 静岡県熱海市の伊豆山地区で発生した大規模な土石流では、2021年7月14日時点で11名が亡くなり、17人が行方不明、130棟の建物が流されるという極めて大きな被害をもたらした。今回、発生した土石流は、盛り土が原因である可能性が高まっており、そうであれば限りなく人災に近いということになるが、それでも大雨がトリガーになったことは間違いないだろう。

 近年は毎年のように各地で大雨による被害が発生している。日本列島に降る雨の総量そのものは、長期的に見て大きな変化はないものの、1時間あたり50ミリ以上の大雨が降る頻度は年を追うことに高まっている。日本列島では大雨が降りやすくなっており、これが被害を大きくしている可能性が高い。8月に入ると、日本列島には次々と台風がやってくるが、台風の被害も年々大きくなっている。

 台風や大雨による被害が増えている理由のひとつとされるのが気温の上昇である。全世界的に平均気温が上昇しており、太平洋では大型の低気圧が発生しやすくなっている。また、日本列島近辺でも上昇気流の影響が大きくなっており、大雨になりやすい条件が整っている。局地的な大雨が増え、台風も大型化しているという状況では災害が増えるのも当然といえば当然である。

 だが、こうした変化はここ数年で急に発生したものではなく、20年近く前から何度も指摘され続けてきたことである。20年という短期間で国土全体を改良することは不可能だが、少なくとも大雨や台風の被害が増えることが分かっていれば、危険な地域への宅地開発を制限するといった対策は打てたはずである。ところが、日本は全く逆の政策が行われてきたのが現実である。

 山梨大学の研究によると、浸水が想定される区域に住む人の数は1995年から2015年の20年間で約150万人も増えている。これは水害が発生しやすい地域に新しく宅地が開発されたり、タワーマンションの建設などが行われ、住人が急増したことが原因と推定される。新規の宅地開発は容易ではなく、地理的条件を吟味し過ぎると開発できる場所がなくなってしまうという現実問題はあるかもしれない。だが、大雨の被害多発が予想される中、わざわざ危険なエリアでの宅地開発を進めているのは望ましいことではない。

 熱海の盛り土問題は詳細は明らかではないが、開発で生じた土砂の廃棄だった可能性も否定できず、こうした杜撰な盛り土は全国各地に存在していると考えられる。宅地の造成と残土の処理は表裏一体の関係であり、最終的には国土開発全体のあり方につながってくる。日本では人口の合理的な集約化が進まず、宅地が乱開発されているというのは昭和時代から指摘されてきた問題である。こうした戦略性のなさというのも、一連の被害拡大に影響した可能性は否定できないだろう。

指摘され続けてきた日本の道路の危険性

 インフラ整備に合理性や戦略性が欠けるという点では道路や水道も同じである。事故が発生した八街市の現場は見通しは良好だったものの、道幅が狭くガードレールや路側帯も設置されていなかった。小学校のPTAからは、複数回にわたってガードレール設置の要望が出ていたという。

 八街市では、道路の危険性について認識していたものの、予算制約などの関係から、より危険度の高い場所の整備を優先していたため、事故が発生した場所の整備は十分に行われていなかった。現時点において、整備の優先順位が低かったのはやむを得ないかもしれないが、一般論としては、危険な道路の問題というのは最近になって顕在化したことではない。日本の道路は危険な箇所が多いというのは、昭和の時代から何度も指摘され続けてきたことであって、当時からもっと戦略性のある整備を行っていれば、事態は改善していただろう。

 日本の道路が危険であることは数字でもハッキリしている。日本における人口10万人あたりの交通事故死亡者数は3.7人と低い部類に入るが、歩行中に死亡する割合が35%と諸外国と比較して突出して高い。日本の道路は歩行者の安全を優先する形では整備されておらず、クルマに轢かれて死亡するリスクが高いというのが現実である。

 道路の安全性を高めるためには相応のコストが必要となり、そのためには新規の道路建設のニーズとうまく調整する必要がある。だが日本の場合、新規建設ばかりが最優先され、安全面が後回になってきた。高度成長の時代ならまだしも、豊かなになった成熟国としては、ふさわしくないやり方といってよいだろう。

水道のインフラが維持できない

 水道インフラについてもコスト面の精査がいい加減だったことが、大きな問題として浮上しつつある。現在の水道インフラを維持するためには、多くの自治体で大幅な値上げが避けられない状況となっているのだ。

 EY新日本有限責任監査法人と水の安全保障戦略機構が2021年3月31日に公表した報告書によると、全国の94%の自治体で水道料金の値上げが必要となり、2018年を起点とした値上げ率の平均は43%にも達するという。高度成長期に整備したインフラの更新費用負担に加え、人口減少による収入減少が主な要因である。

 試算は将来の人口推計や各自治体の減価償却費の推移などをもとに、2040年に水道事情が赤字にならないためには、いくらの料金設定が必要かという視点で行われた。2018年時点における水道料金の全国平均(平均的な使用量の場合)は月額3225円だが、2043年には4642円になる計算であり、人口が少なく人口密度が低い自治体ほど、値上げ利率が高くなる傾向が顕著となっている。

 人口減少と更新費用の発生そのものは不可避だが、今のタイミングになって急に値上げが必要というのはやはり不自然である。人口動態は数ある統計の中でも最も将来予測が容易なもののひとつであり、日本の人口が減少に転じることは30年以上も前から分かっていたはずである。インフラの更新費用も建設した時点で将来予測できるものであり、本来であれば、当初から当該コストを料金に織り込むべきものである。

 厚生労働省が行った調査によると、全国の水道インフラを法定耐用年数で更新した場合の更新費用は実績値を大きく上回っているという。当初から設備の更新を考慮に入れた料金体系にしていれば、急激な値上げを回避できた可能性が高い。

 水道は人口増加分しか整備されないのでまだマシだが、原理的に道路や橋、宅地などはいくらでも開発ができる。だが、インフラというのは必ず劣化するものなので、減価償却を設定し、当該分だけ更新費用を確保できなければ継続利用することはできない。

 日本ではこれまで設備の更新を考慮に入れず、新規建設の拡大を最優先してきたが、これは必ず後の世代にツケを回す結果となる。新規建設は利益が大きく、政治的にも旨味があるが、インフラというのはこうした目先の利益で作ってはいけないものである。

 日本の公共インフラは今後、急ピッチで劣化が進み、あらゆる分野で維持が困難になる。一方で大雨や台風の被害拡大は気候の変化に伴うものなので、今後も容赦なく日本列島を襲ってくるだろう。しかも日本政府は財政的に極めて厳しい状況にあり、以前のようには大盤振る舞いはできない。

 可能な限り人口集約を進めてインフラ更新を合理化し、費用を抑えていく以外にこの問題を解決する方法はない。

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