障害者の生活や就労を支援する障害福祉サービスで、運営事業者が不正に受け取った公金(給付費)が2014~18年度の5年間で少なくとも約26億2千万円に上ることが、共同通信の全国自治体調査で分かった。厚生労働省は不正受給や処分件数の集計を発表しておらず、全国的な状況が明らかになるのは初めて。
背景には「もうかる」とうたうコンサルタント会社に釣られ、利益優先で参入する事業者が増えていることがある。サービスの提供実績や職員数を偽って不正受給する手口が多いが、自治体の審査は書面が中心で、「怪しい」と思っても書類が形式的に整っていれば追及できない。不正でしわ寄せを受けるのは利用者。悪質なコンサルの規制や事業者へのチェック強化が必要だ。(共同通信=市川亨、大野雅仁、真下周) © 全国新聞ネット
▽11億円超が未返還
障害福祉サービスは、障害者総合支援法などに基づき、障害のある人や子どもに提供される。ヘルパーが自宅を訪問する居宅介護(ホームヘルプ)、就労訓練や生産活動をする通所施設、主に重度者向けの入所施設などがある。利用者は2019年10月現在、約123万人。一定以上の所得者を除き自己負担はなく、ほぼ全額が税金で賄われている。
調査は1月中旬~2月中旬、事業者の指定権限がある47都道府県、20政令指定都市、58中核市を対象に実施。全125自治体から回答を得て、14~18年度の▽障害福祉サービス事業者の指定取り消し件数▽事業の一時停止処分の件数▽給付費の不正受給額―などを集計した。
不正受給は14年度には約1億5800万円だったが、18年度には5・6倍の約8億9000万円と急増。ペナルティー分を含めた返還請求額は5年間で約30億8500万円に上り、未返還や回収不能が少なくとも約11億1400万円あった。返還請求や未返還の金額は不回答も多かったため、実際にはもっと多いことが確実だ。
不正受給額を自治体別に見ると、愛知県が約3億8100万円で最多。広島市が約2億600万円、北九州市が約1億7100万円と続いた。ただ、これらの自治体に悪質な事業者がそれだけ多いのかというと、話は別だ。自治体の担当者からは「不正の件数が少なくても、単にその自治体が行政処分に消極的なだけという可能性がある」との指摘があった。つまり、見かけ上不正が少ない自治体のほうがチェックが手ぬるく、むしろ問題かもしれないということだ。
処分件数は計630件で、約7割は株式会社などの営利法人。サービス種別では、居宅介護(ホームヘルプ)や障害児向けデイサービス、就労支援系が目立った。
不正が相次ぐ理由を複数回答で尋ねたところ、「事業者のモラルの低下」が約半数と最多で「法人種別を問わず営利優先の事業者が増えたため」が31%、「株式会社など営利法人の参入増」が29%だった。 © 全国新聞ネット
▽「注目のビジネス」
障害福祉サービスの事業所や施設は全国で約12万8千カ所ある。不足していたサービスを増やすため、国が事業者への給付費をアップするなどして普及を図った結果、ここ十数年、右肩上がりで増えてきた。
「異業種から新規参入、わずか3年で営業利益3千万円!」「国が後押しする注目のビジネス!」。障害福祉の事業に参入を促すコンサルのパンフレットなどには、こうした言葉が躍る。
「本来はそんなに利益が出る事業ではないのに、『もうかる』という認識が広がってしまっている。福祉の理念や経験がなく『もうからなかったら、やめればいい』と言い放つ事業者もいる」。業界の事情に詳しい関係者は苦々しく語る。最近は「土地が活用できる」「供給が不足している」などとして、グループホーム開設を事業者側に働き掛ける動きが目立つという。
こうしたコンサルは個人レベルから東証1部上場の大手企業まであり、開業支援で数百万円を取るケースも珍しくない。参入をあおって、顧客となる事業者が増えれば、コンサル自身もそれだけ利益になる。
一方で、障害児向けデイサービスや就労支援といった事業は、ビルの一室の賃貸などでも始められるため、参入ハードルが低く、過当競争に。経営環境やスタッフの確保が難しくなり、その結果、職員の配置数をごまかしたり、不正請求をしたりする悪循環を招いている。そうした手口を指南する悪質なコンサルもいるという。 © 全国新聞ネット
▽法の抜け道突く
「真実は非常勤職員なのに、常勤職員のように装い、内容虚偽のタイムカードを作成」「実際には利用がなかったのに、児童2名が利用したかのように偽り、給付費を不正に受領」
昨年12月、約7850万円もの不正受給で堺市が指定取り消し処分を出した障害児向けデイサービス事業者の手口は、よく見られる典型的なケースだった。親子で別々の会社を設立し、複数の事業所を展開。書類上で利用者を付け替えるなどしていた。
関係者によると、この事業者は取り消し処分を免れようと、市が処分を出す前に自主的に廃止届けを出そうとしていたという。実際、警察に逮捕されたのに、自主廃業で済ませ、自治体の処分は受けていないという事例もほかでは出ている。
取り消し処分を受けた事業者は、原則として5年間は再び事業を行うことはできない。ところが、堺市の事業者は従業員を代表者にして別の法人を立ち上げ、大阪市で事業を始めたという。
書類上、条件を満たしていれば自治体は指定を拒めない。こうした法の抜け道を突くケースは他の自治体でもあり、担当者は対応に苦慮している。 © 全国新聞ネット 堺市から指定取り消し処分を受けた障害児向けデイサービスの事業所が入っていた建物。看板の表示はなくなっていた=2月14日、堺市
▽振り回される利用者
不正は、国民の税金が事業者の不当利得になるというだけにとどまらない。当然、利用者にも影響が及ぶ。
「障害者で金もうけするな、と言いたい」。岡山県倉敷市の会社「フィル」が運営する就労支援の事業所を利用していた精神障害の40代男性=同県総社市=は憤る。
男性がハローワークの紹介で事業所に通い始めたのは17年5月。一般企業への就労を見据え、スキルアップが目標だった。数カ月間はパソコンで不動産情報の入力をしていたが、次第に仕事は減少。全く作業のない日が多くなり「ここにいる意味は何なんだろう」と不信感が増大していった。
同社は18年3月、経営難から事業の廃止と利用者らの一斉解雇を表明。市から指定取り消し処分を受け、元社長は給付費を巡る詐欺罪で有罪判決を受けた。
男性はその後、うつ病が悪化したこともあり、別の事業所に通うまで1年余り働くことができなかった。「公費をあてにしたずさんな経営に振り回された。志のない事業者には福祉に携わってほしくない」と話す。 © 全国新聞ネット 指定取り消し処分を受けた会社「フィル」の事業所の利用者で、当時の状況について語る40代男性=2月21日、岡山県総社市
▽指導権限や態勢の強化を
公金の不正受給は、高齢者福祉に当たる介護保険でも見られる。
介護保険は、事業者の不正に伴う返還請求額や処分件数を毎年度、厚労省が発表している。ここ数年について今回の調査結果と比べると、障害福祉の返還請求額は介護保険の半分を上回る程度だ。
ただ、事業規模で見ると、障害福祉の年間総費用は2・5兆~3兆円ほどで、介護保険の約4分の1。事業規模は4分の1なのに、不正は2分の1以上と、相対的に障害福祉の方が不正が多いと言える。
理由について、障害者団体の関係者は「介護保険に比べ小規模な事業者の割合が高く、給付費の細かい仕組みを十分に理解していなかったり事務がずさんだったりするためではないか」と推測する。
行政のチェックが甘いとの見方も。自治体の担当者からは「指導監査担当職員に対する国の研修が介護保険より少ない」「事業者の処分に関する基準が曖昧」といった声が聞かれた。
実際には、ほとんどの事業者は真面目に運営しており、障害福祉全体を悪者視したり、国の予算全体をカットしたりするのは間違いだろう。必要なのは、不正を防ぐ実効性のある手だてだ。
大阪府内のある自治体担当者は「普段行う実地指導は事前に通告し、かつ資料でのチェックのため、書類が整合していれば不正を発見するのは難しい」と漏らす。「不審な点を調べようと、他の自治体や行政機関が把握している情報と照合したくても、照会できる仕組みになっていない」と、突っ込んだ調査に限界があると訴える。
他の自治体からは「監査の担当職員が慢性的に不足している」「警察との連携が必要だ」という声も。不正へのペナルティー強化のほか、参入規制や指定基準を厳しくしたり、指導権限や態勢を強化したりするよう国に求める意見が相次いだ。
京都文教大の二本柳覚(にほんやなぎ・あきら)講師(障害福祉)は「経営者や現場スタッフの意識が低い施設では、モラルの低下が不正を招いている面があり、研修や教育を充実させる必要がある。障害福祉は一般のサービス業と違い、競争原理だけではなく、いったん事業を始めたら継続させるような仕組みも考えるべきだ」としている。