隠した50億円は大統領選出馬資金? カルロス・ゴーンの「酒」と「女」と「社食ラーメン」

かつて“永ちゃん”こと矢沢永吉が、「やっちゃえニッサン」と啖呵を切る威勢のいいCMがあったが、このたび「やっちゃった」のは、日産自動車カルロス・ゴーン会長その人だった。前代未聞の経済事件はなぜ起きたのか。その手掛かりは隠された彼の素顔にあった。

 まさに青天の霹靂であった。11月19日の夕刻、東京地検特捜部が、日産自動車のカルロス・ゴーン氏(64)を逮捕したのだ。

司法担当記者によれば、

「容疑は金融商品取引法違反で、ゴーン氏と代表取締役のグレゴリー・ケリー氏の2人が、役員報酬を実際より少なく、有価証券報告書に記載していたんです」

ゴーン氏といえば、毎年約10億円の役員報酬を手にする、文字通りの億万長者。だから、その過少申告のレベルも一般人の想像を遥かに超えていて、

「特捜部によれば、2011年から15年までの4年間に、ゴーン氏が報告した報酬額は49億8700万円。ところが、実際には99億9800万円もの報酬を受け取っていたことが分かったのです」

実は、この“大捕物”の端緒となったのは日産の内部告発だった。そして、その背後に日産とフランス・ルノーの歪(いびつ)な関係があると指摘するのは、ジャーナリストの井上久男氏である。

「日産は1999年にフランスのルノーから6430億円の出資を受け、当時、ルノーの副社長だったゴーン氏を最高執行責任者に迎え入れました。その関係は今も続き、日産は現在もルノーに株式の約40%を握られている。結果、これまでにおよそ1兆円もの配当金が日産からルノーに支払われてきたんです」

ところが20年の月日のうちに、日産とルノーの力関係は逆転。好調な日産に対して、ルノーは業績不振に喘ぐようになる。

「今や、ルノーの純利益のうち半分を日産からの利益が占めると言われ、日産にとっては、かつての救世主も“お荷物”に。ここ数年、日産の内部では反ゴーン派の役員を中心にルノーとの関係を見直そうとする動きが顕在化していたんです」(同)

一方、日産に逃げられる訳にはいかないルノー側も国を挙げての抵抗に出る。

「ルノーはもともと国営企業で最大の株主は現在もフランス政府。だからフランスのマクロン大統領はゴーン氏に対して“絶対に日産を手放すな”と特別指令を出していたんです。ゴーン氏の存在が日産にとってマイナスになっている、そう感じた内部の人間がゴーン氏を放逐すべく内部告発に至ったのでしょう」(同)

世界最大規模の自動車会社の経営者から一転、犯罪者となったゴーン氏。その人生はアマゾン川の支流が流れるブラジルのポルトベーリョという町で始まった。

経済誌記者によれば、

「彼は両親がレバノン人で祖父の代にブラジルへ渡ってきた。大学はフランスのパリ国立高等鉱業学校へ進み、卒業後はフランスの世界的タイヤメーカー・ミシュランに就職するのです」

この頃から自動車に縁があったゴーン氏はミシュランで18年の時を過ごす。

「ところが、ミシュランは同族企業。一生ナンバー2でいいのかと自問自答したゴーン氏は、ヘッドハンティングに応じてルノーに転じたのです。そこでコストカッターとして頭角を現したゴーン氏は、前述の通り、99年に日産の経営者として迎えられ、日産をV字回復へと導いた。その後、ルノー、日産、三菱自動車で会長を務めるカリスマ経営者となった」(同)

“隠し資金”

 苛烈な経営手法から、“コストカッター”の異名で知られるゴーン氏だが、日産社内では“セブンイレブン”なんて呼ばれていた。

そう語るのは、ゴーン氏を知る日産関係者だ。

「横浜市内にある本社の執務室には、だいたい朝の7時台には顔を出す。ランチも外に出ることはなく、社員食堂で大好物のラーメンや塩鮭定食で済まし、夜11時まで仕事をしますから、お酒を好んで飲むことはあまりないですね」

そこは経営者。「酒」は溺れるものでなく投資の対象だ。

さる洋酒の輸入販売業を営む経営者が言う。

「両親のルーツであるレバノンのワイナリーに、6年前から投資しています。その年の10月には、現地で投資参入を記念したパーティーも行っていますが、日本でも『IXSIR(イクシール)』というブランド名で販売していますよ」

ゴーン氏の活動は日本とフランスにおさまらない。

先の日産関係者によれば、

「彼は1年を3分の1ずつにわけて行動しています。日本と、ルノー本社のあるフランス、そして残った時間を第三国への出張に割り当てる生活を基本にしている。どの国でどれくらいの時間を過ごしたかは秘書が記録して、今後のスケジュール作りの参考にします。いつも、時間が足りないと忙しそうにしていますね」

そんな彼が羽を休めるマイホームはどこなのか。実は米ニューヨークに拠点をもつという話もある。

「3年前に離婚して、2人目の妻との新居をニューヨークに構えたそうです。ベルサイユ宮殿で披露パーティーを開いて話題になりましたが、日産はゴーン氏が会社の資金を私的に支出したと発表していますから、その費用もつけ回されたのではと囁かれています」(同)

自腹でも、億万長者にとっては安い買い物だろう。

いったいせしめたお金はどこに消えたというのか。

「明るみに出た50億の“隠し資金”は、前妻との離婚訴訟費用に充てたという話もありますが、それだけでは額が法外すぎます」

とは、ゴーン氏にインタビューしたこともある経済ジャーナリストだ。

「ここにきて、関係者の間で囁かれているのが、この“隠し資金”の一部を、ブラジル大統領選の出馬資金にしようとしていたのでは、という話です。日産の再建という勲章を手にして昨年は会長に退きましたが、彼は超のつくほどの野心家。還暦を過ぎた身の振り方として、政界進出を視野に入れていてもおかしくない」

実は、経済危機に陥ったブラジルでは、“ゴーン大統領待望論”が起こっていた。

「リオ五輪でゴーン氏は聖火ランナーを務め、日産はスポンサーとして約250億円を拠出。ブラジル出身者で財を成した成功者として、国民の間には強烈な印象があり、大統領に推す声が絶えません。今でも彼は、多忙の中で毎年8月と年末年始は必ずリオを訪れて親族と過ごすなど、地元を大切にしています」(同)

昨年1月、経営者の半生を綴る日経新聞の名物連載「私の履歴書」の冒頭で、ゴーン氏はこう語っている。

〈もしかしたら本来の自分に戻れる場所がリオなのかもしれない〉

異国の地で縄を打たれてしまった彼は、その思いを強くしているに違いない。

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