電動キックボード急増中
近年、街中で電動キックボードが走る姿をよく見かけるようになった。この背景には、シェアサービスの急速な拡大がある。 【画像】マジ!? これが「特定小型原付の交通違反割合」だ! グラフで見る 最大手のLuup(2018年設立)は、2024年6月時点で東京、大阪、横浜、京都、宇都宮、神戸、名古屋、広島、仙台、福岡の10エリアでサービスを提供している。ポート数(貸し出し・返却スペース)は8200か所、提供する車両台数は2万台を超えると報告されている。また、9月のプレスリリースによれば、ポート数は9400か所を超え、1万か所以上になるのも近いだろう。 これらのサービスは、東京、大阪、名古屋といった大都市を中心に展開されているが、地方の中核都市や観光地にも広がっている。鉄道が都市基盤となる都市部では「公共交通をつなぐモビリティ」として、観光地では「回遊性を高めるモビリティ」として期待されている。 より広い意味では、これらはマイクロモビリティの一種といえる。交通研究の分野では、公共交通と統合されたマイクロモビリティが 「脱モータリゼーション」 を促進し、持続可能な都市の実現に寄与すると考えられており、これは世界的な課題解決の手段のひとつと見なされている。 一方で、国土交通省の「超小型モビリティ」の定義では、 「自動車よりコンパクトで小回りが利き、環境性能に優れ、地域の手軽な移動の足となる1人~2人乗り程度の車両」 とされている。ただし、2013(平成25)年に創設された超小型モビリティに関する認定制度では、電動車いすやひとり、ふたり乗りの超小型EVが前提となっていた。モータリゼーションと高齢化が進む地方都市においては、 「移動制約者の味方」 として期待されているものの、現時点では大きな広がりを見せているとはいえない。
急増したワケ
一方、鉄道という公共交通が整備された大都市でも、出発地や目的地と駅――ファーストマイルとラストマイル――をつなぐマイクロモビリティの役割は重要だ。 特に、コロナ禍の影響で公共交通での密集を避けるようになり、テレワークが普及したことにより、家から近い短距離移動の重要性が増している。実際、ここ5年でポートが急増したのは、こうした背景があったからだろう。 さらに、2023年7月1日に改正された道路交通法も拡大の大きな要因となった。この改正で「特定小型原動機付自転車」という新しい区分が設けられ、電動キックボードはこのカテゴリーに分類されることになった。 改正前の電動キックボードは原付と同様に扱われており、免許、ヘルメット、ナンバープレートが必要だった。つまり、バイクに準ずる扱いだった。しかし、Luupのような事業者の車両は「実証実験」として小型特殊自転車と見なされ、ヘルメットは任意、また自転車道の走行も可能だった。 改正後の電動キックボードは、より自転車に近い扱いになった。例えば、16歳以上は免許が不要で、歩道や路側帯も走行可能になり、ヘルメットは努力義務となった。この結果、ポート数は3倍以上に増加した。超小型電動EVが自動車として位置づけられるのに対し、電動キックボードは制度上「バイク」と「自転車」の間にありながら、かなり 「自転車に寄せられる」 ことで広がったといえる。
自転車厳格化と逆行する規制緩和
このようなマイクロモビリティが新しいテクノロジーとして導入され、規制が緩和されてサービスが普及し、都市の経験や空間が変化していく様子は興味深い。しかし、同時期に自転車の扱いが厳しくなっていったことを考えると、少し不可解な部分もある。 例えば、自転車はこれまで基本的に車道を通行し、歩道は例外とされてきた。しかし、実際にはどちらの通行も見られた。2022年の法改正では、自転車関連事故の微増(件数自体は平成期から大幅減)を背景に、車道通行の原則がさらに強調されるようになった。また、近年では自転車専用道路や自転車ナビマーク、ナビラインも増えてきた。これにより、歩道と車道の間でゆらぎながら通行していた自転車をできるだけ車道へ移行させるために、制度の厳格化や空間の整備が進んでいる。 こう考えると、あいまいに利用されていた歩道と車道の 「中間領域」 に厳しい規定を設けようとする流れのなかに、新しいテクノロジーである電動キックボードが突然登場したことになる。自転車が歩道から車道へ移行する一方で、電動キックボードは車道から歩道へ近づいている状況で、両者が交錯しているといえるだろう。 両者とも、事業者や行政、各種団体を通じて安全性を高める努力を重ねており、その点では共通の方向性がある。しかし、自転車のリスクが問題視され、ルールが厳しくなるなかで、電動キックボードの規制が緩くなることには理解しがたい部分もある。
都市で交錯する新旧モビリティ
電動化以前のキックボードは、「キックスケーター」とも呼ばれ、日本では子ども用の遊具としてのイメージが強かった。実際、経済産業省のグレーゾーン解消制度によれば、キックスケーターは道路交通法上の軽車両に該当せず、利用者は 「歩行者」 として扱われている。つまり、ローラースケートやスケートボードと同じく、実質的には遊具といえる。 ただし、これらの遊具は道路交通法76条4項3号によって「交通のひんぱんな道路」での使用が禁止されている。取り締まりにはあいまいな部分があるが、特にスケートボードは公共空間で禁止看板が多く見られる「迷惑行為」として知られている。 1990年代以降、ストリート系のスケートボードが都市空間に広がるとともに、「スケボー禁止」の看板も増えていった(田中研之輔、2016年『都市に刻む軌跡』新曜社。60)。2010年前後になると、スケートボードはストリートから「専用パーク」という施設に移行していった。一方、電動キックボードはストリートに広がっていくことになった。 すでに、電動キックボードの危険性に対する批判は多く、海外での規制強化も影響している。それに加えて、 「バイクと自転車」 「歩道と車道」 の間をゆらぎながら――増加の一途に――ひた走っていくことに対する不安でもあるようにも見える。
管理化されるモビリティ
シェアサービスとしての電動キックボードには、自転車よりもマナーやルールの面で有利な点がある。 自転車は人間の身体だけで移動範囲を広げることができるが、その分自分や他人を傷つけるリスクもともなう。そのため、安全な乗り方を学ぶだけでなく、法律で定められたパーツの購入や整備、自らの防犯登録や保険加入が求められる。しかし、自転車の多くは個人で購入・所有されているため、乗り方の習得や車両の管理は利用者に委ねられがちだ。この結果、整備不良や基準未満、交通違反、さまざまな迷惑行為が長年の問題となってきた。 一方、シェア事業では、車両の利用や管理を事業者と情報技術によって容易にコントロールできる。シェアサービスとして提供される電動キックボードは、所有と管理が事業者に委ねられており、その利用料金も事業者に支払う形になっている。 利用方法はモバイルメディアのアプリを通じて管理される。例えば、Luupのアプリでは、個人情報や支払い方法を登録した後、ポートの車両をレンタルできる。ポートはモバイルメディアのマップ上に表示されるため、出発点と目的地を照らし合わせて貸し出しと返却のポートを選ぶことが可能だ。また、交通ルールについてもアプリで学ぶ必要がある。 このように、モバイルメディアを活用してルールやマナーを伝え、違反点数によってアカウントを停止することもできる。さらに、ナビ機能で安全なルートを提案することも可能だ。保険加入や車両整備も事業者に任せることができる。つまり、移動能力の拡張が抱えるリスクを情報空間で 「管理・監視」 しようとしているといえる。
利益と公共性の綱渡り
ただし、それが民間事業である限り――逆にいえばなんらかの形での公営化や高度な支援・補助が無い限り――その利用や管理のコストは事業の利益で賄える必要がある。都市空間に広がる車両を常に良好な状態に保つことは容易ではない。 また、他の交通手段と同様に、ルールやマナーを学ぶ問題は解消されない。特に歩行者や自動車運転者にとって、電動キックボードは歩道でも車道でも嫌われがちであり、この問題はこれまでの自転車利用から引き継がれている。電動キックボードはさらに厳しい批判にさらされるだろう。 建物の隙間に設けられたポートの占有や利用権の管理は複雑で、交通手段の間に位置する電動キックボードは、多様な制度や空間、技術の中間領域を揺れ動くモビリティであるため、対立や摩擦、危険をもたらす構造的な理由がある。 このため、事業者は事業を続ける限り、さまざまなクレームに対応し、ポートや車両の緻密な管理、監視、整備、ルールやマナーの啓発に辛抱強く取り組まなければならない。「LUUPの安全・安心アクションプラン2024」は、その姿勢を示すものだろう。 このようなマイクロモビリティ事業には、火中の栗を拾うような勇気が求められる。その成否は、交通にともなう利益の確保と公共性の維持というジレンマに、どのように安定的に対応するかにかかっている。
電動キックボードの挑戦
電動キックボードは ・出発地/目的地と中継地(駅やバス停、駐車場など) ・車道と歩道 ・バイクと自転車 ・情報空間と現実空間 の間にあるモビリティだ。建物の隙間をポートとして再構築し、それをつなげていく電動キックボードは、さまざまな空間や制度、技術の間を揺れ動きながら、現代都市に新たな空間と体験を創出しようとしている。 戦前から続く鉄道を基盤にした都市構造や、高度経済成長以降のモータリゼーションのなかで浮上した自転車に関する問題(駐輪、事故、迷惑行為など)、そして近年のシェアサイクルの試みの困難を考慮すれば、その挑戦は重要である。 しかし、このように切り開かれた都市の中間領域は、まだ安定したトラック(筋道)にはなっていない。だからこそ、批判も多いのだろう。ここまで広がった現状では、すぐに消えてしまうことは考えにくいが、踏み固められた道筋になるかどうかはまだ不透明だ。
田中大介(社会学者)