電車から中吊り広告がなくなる日

ポイント
JRが2015年からの導入を計画している新型の車両では、「中 吊 ( づ ) り広告」が完全になくなるそうだ。
屋外広告や交通広告の世界でも、映像情報を扱ったり、双方向システムなどの試みが、徐々に浸透し、これまでの印刷ポスターや看板中心の世界とは、ひと味違ってきている。設備投資も必要で、一気に進むことは難しいかもしれないが、傾向は明らかだ。
ただ、ビジネスの仕組みを考えるとき、営業保証や代理店機能など、これまでのやり方を踏襲する理由もまた存在しているように思える。
新型車両の発表のニュースで考えたこと
E235系車の外観(JR発表資料より)
 JRの新型車両に関する発表記事を面白く読んだ。
 「E235系」と呼ばれる車両で、2015年から、まず山手線に投入されるそうだ。実はこの電車の中では、「紙」の広告が姿を消す方針が示されている。時代の流れを感じてしまう人も多いだろう。
 公共交通としての電車やバスの内部を、「広告」スペースとして活用する知恵や手法は、時間をかけて磨かれてきたものだ。
 マス(大多数)に幅広く到達するものではないが、「一定の時間、決まった空間に同時に滞留している人々への訴求の効果」が、評価されてきた。
 いまは、電車の外側もペイントしたりもできるし(ラッピング広告)、駅のコンコースなどは、大型のポスターやデジタルサイネージの格好の設置スペースになっていて、さながら公共のギャラリーのような感がある。これらを「交通広告」として括(くく)ることもあるし、屋外で活用される広告ジャンルを総称する「OOH(Out Of Home)広告」という言葉も、今ではよく知られるようになった。
中吊り広告の面白さ
E235系車の内部(JR発表資料より)
 基本は、紙とか看板に、平面的な静止画デザインをあしらう。これらは、1週間単位の契約で張り替えられるのが普通だ。
 「中吊り」のポスター広告の場合、だいたいは車両基地で交換するが、日中、すいた時間帯の電車に乗っていると、脚立を持った担当者がやってきて、手際よく、古い広告から新しいものに取り換えてゆく姿を目撃したりすることもある。
 吊るされたり、貼られたりした紙のポスター類は、人が見ていない時間帯もそのままだ。実は、手がけたキャンペーンのポスターが話題になって、夜間にはがされて盗まれたりすると、担当者は、名誉なこととして、密(ひそ)かに喜んだりもする。これまで、多くの知恵が投入されて、楽しい作品を生み出してきた。
窓上のデジタルサイネージへの注目
 最近の電車では、車両乗降口の上面に、液晶モニターがふたつ組み込まれていて、片面が路線や車両の進行情報の案内を流し、もう片面では、動画広告が流れているデジタルサイネージ(JR東日本のものは「トレインチャンネル」と呼ばれている)が多くなった。運行情報の注目が、同時に広告メッセージへの注視も引き寄せる。
 つまりJRの新型の車両は、こうしたやり方だけで車両内の広告スペースを構成しようとしているわけだ。一気にすべての電車の情景が変わるわけではないが、交通広告が今後ともこういう方向に向かうことは、はっきりしているように見える。
 経験的に考えてみても、混雑した通勤時間帯など、せいぜいスマホの画面を眺めていることが多い。小さな画面に飽きると、自然に、デジタルサイネージをぼうっと眺めていたりする。たしかに、注目度は高いだろう。
広告ビジネスは買い切りが基本
 昔話だが、電通勤務時代、会社の出版部門から書籍を出したことがあった。ある日出社すると、同僚が「お前の本の中吊り広告が出ていたぞ」と教えてくれた。一部の路線にだけ掲示されたものだったので、自分自身では気づかなかった。
 業界内部の視点で解説すると、こういうことになる。
 交通広告の取引は、一般的に、広告代理店が「買い切る」形で成立する。代理店は、需要がありそうな場所を予約買いする。だから、営業努力をしても、クライアントが見つからないこともある。そうしたとき空きを作らないためにも「埋める」ための対応策も準備されている。
 たまたま、電通の買い切り枠にスポンサーがつかなかったために、(複数の書籍を紹介する広告で、拙著だけの広告ではなかったのだが)こういう社内素材での対応になっていたのだと思う。
一日の長があるロンドンのデジタルサイネージ
ロンドンの交通広告。地下鉄駅構内のエレベーターの両側にモニターが並ぶ
二階建てのバスにデジタルサイネージが付いている例(いずれもExterion Media社のHPより)
 さて、新型の車両では、例えば、スマホと連動してのゲームをするとか、アンケートを試みたり、時間帯や乗客の属性によって、いろいろな演出が可能になる。先端的な双方向の仕組みや顔認証のカメラなどを組み込むこともできるだろう。
 ただ、これまでとは違い、「何らかの方法で掲出の流れをコントロールする必要」が前面にでてくる。ある意味で、テレビの編成のような作業だろうが、「紙」での運用とは違った知見が求められることになる。
 ちなみに、デジタルサイネージ環境では世界で一番進んだ都市はロンドンだ、と言われる。
 バスや地下鉄は、市直轄の機構によって一手に運営されている。ロンドンの公共交通は、東京で言えば、都営バスと都営地下鉄がすべてを独占しているような状態だ。だから、広告会社にしても、市と交渉して、一括でビジネスを請け負うディールが組みやすい。
 日本の場合は、大都市圏に、JRと多くの私鉄事業者が関わるので、統一的な規格を作るのは、大変だ。それでも、時代の流れは「デジタル+動画」中心の表示システムに移ってきている。
 当然、扱える広告の量(可能性)は増えるだろう。従って、仕組みを複雑にすればするほどに、「広告枠の全部が埋まらなかった時にどうするか」ということが、大切な問題になってくるはずだ。
 広告メディアの姿は大きく変わっていくにしても、ビジネスのポイントは、案外、これまでと同じような議論が続くことになるのかもしれない。

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