新たなシリーズ企画「どう変わる?働き方」です。新型コロナの影響もあり、ここに来て一つの会社で定年まで勤め上げるいわゆる日本型雇用に変化が生まれています。否定的に受け止められることもある企業の「早期退職」制度に新たな仕組みを導入し、退職した9割以上の人が「満足」と感じているという、取り組みを取材しました。 東京・人形町にあるビル。ここ数年流行りのシェアオフィスのようですが、利用者を見ると年齢層は高めの人ばかり。ここにいる人たちにはある共通点があります。実は全員が大手広告代理店「電通」の出身なのです。電通は2020年に、大規模な早期退職を実施しました。この時に応募したのはおよそ230人。このオフィスはその230人が自由に利用できる場所になっているのです。 退職者を支援するのは電通の子会社「ニューホライズン コレクティブ」。同社の山口裕二代表は「退職した人たちが個人事業主となって活動する。そうした人たち全員と業務委託契約を結び、退職した社員たちの新しいことへのチャレンジを企業が中期的に支援していく」と話します。 電通を早期退職した230人は、それぞれ個人事業主などとして独立。独立後、電通の子会社「ニューホライズン コレクティブ」と10年間の業務委託契約を結ぶことで、電通に勤め続けた場合の収入のおよそ半分が保障される仕組みです。56歳で退職した営業職出身の男性は「固定報酬があるのは、すごく安心材料。間違いなく背中を押してくれた」と話します。 電通スポーツ局出身の桑原浩幸さん(58)は退職後、畑違いの音楽ビジネスを始めました。この日は演奏家として生きていくことを目指す音大生たちとの打ち合わせでした。なぜ大手企業の電通を定年前に辞めたのでしょうか? 「私の場合は電通に入社して、がむしゃらに仕事をして、40歳の時に国際スポーツ業務部長の要職に就いた。その時に、上から命令されるのはもともと好きじゃなかったが、実は下に命令するのもあまり好きじゃないことに気付いた」(桑原さん) 50歳の時、ゼロからピアノを習い始めたことが、現在の音楽ビジネスへの挑戦につながったといいます。 「すごい演奏力を持っている人たちの演奏を、多くの人に聴いてもらえたらいいなと思った。それが、たぶん僕ぐらいの規模のビジネスで十分できるんじゃないかなと」(桑原さん)
埼玉・所沢市のワンルームマンションの一室で引っ越しが行われていました。クレーンで引き上げられるグランドピアノ。その横に桑原さんの姿がありました。北海道の実家に戻るピアニストのために、グランドピアノを無償で預かることにしたのです。一体どこで預かるのでしょうか? 2週間後、川崎市武蔵小杉にあるタワーマンションのロビーにあのグランドピアノがありました。そこで始まったのが、海外のコンクールで優勝経験のある注目の若手ピアニスト・吉原麻実さんのコンサートです。吉原さんは桑原さんが支援する第1号のピアニストです。住人向けのコンサートは無料で、ピアノもマンションに無償で貸しています。 「ピアノを置いてほしい人が世間にいて、我々には空いている空間があるので、みんなにとってWin-Win」(ミッドスカイタワー管理組合の志村仁代表理事) 無料ばかりの桑原さんのビジネスですが、それでも利益を上げられる秘密がありました。演奏を終えた吉原さんが紹介したのは、玄関近くに設置されたポップアップストア。実は「日照堂」(イヤリング)、「リブロン」(花店)の2社がタワーマンション住民との接点を求めてスポンサーになっていたのです。 「スポンサーがあることによって成立するビジネスモデル。十分これで経済が回っていく」(桑原さん) 栃木・宇都宮市にある宇都宮短期大学。ここで新たなビジネスへの挑戦も始まろうとしていました。大学のコンサートホールにいたのはあの吉原さん。そして桑原さんの姿もありました。実は桑原さんは自ら音楽レーベル「キームジーク」を設立。吉原さんのCDを販売するほか、今後は演奏動画の配信なども検討していて、そのトライアルを行っていたのです。 チームメンバーも電通を早期退職した音楽や映像のスペシャリスト。制作したコンテンツを今後世界に発信していきたい考えです。 「電通の皆さんの応援のおかげで、今の私がいる。本当に感謝しています」(吉原さん) 「仕事が遊びで、遊びが仕事になっている。あまり働いている意識はない。世の中のためになることを自分たちのスキルでできて、かつ自分たちが暮らしていける最低限のお金は稼げる。そのへんが魅力なのかなと」(桑原さん) 仕事の規模は小さくなったものの、確かな充実感があるという元電通マンたち。ミドル層の新たな働き方のヒントになるかもしれません。