震災後描いた作品に称賛 「絶望の中で希望を紡ぐ」 ベネチア映画祭

 □3・11_東日本大震災
 「がんばれ」と励ます少女とともに、よろめきながら走る少年。その行く先には、津波で家々が破壊され、がれきの山となった絶望の光景がどこまでも広がっている-。
 世界三大映画祭の一つ、イタリアの第68回ベネチア国際映画祭で9月5日(日本時間6日未明)、東日本大震災の被災地近辺を舞台にした園子温(その・しおん)監督(49)の映画「ヒミズ」が上映され、盛んな拍手と歓声が湧いた。津波や東京電力福島第1原子力発電所の事故の映像が、世界に衝撃を与えてから半年。苦難にあえぎながら紡ぎ出された日本の物語が、海外で人々の心を動かした。
 ■「今すぐ撮らねば」
 「『福島』後の日本人の内面にある強い痛みを感じた」(26歳の地元映画サイトのライター)。「人間の蘇生(そせい)する力を感じさせる」(87歳のスペインの男性記者)。
 5日夜、報道陣向けに行われた上映会。世界各地から集まったジャーナリストからは頻繁な暴力描写を指摘する声の一方で、称賛の声が多く聞かれた。
 「ヒミズ」は、親の虐待などで希望を失った少年が、同級生の少女や被災者に励まされて生きる物語。震災前に企画されたが園監督は「何もなかったふりをして撮るわけにはいかない」と震災後という設定に変えた。
 震災直後の日本では、津波の場面のある米映画「ヒア アフター」など映画の上映自粛が相次いだ。園監督は、生々しい出来事を取り上げにくい雰囲気を感じつつも「10年待てば感傷的なものになる。今すぐ撮らなければ」と駆り立てられるような思いだったという。
 被災地の映像は、宮城県石巻市。犠牲者が出た被災地にカメラを向けた。「土足でずかずか踏み込むことにならないか」と心配したが、被災者からは「やがて消える風景を映画で記録してほしい」と言われたという。
 ■忘れないインパクト
 ベネチア映画祭では、他に震災や津波、原発事故に襲われたセミを描く日本の短編アニメも出品された。平林勇(ひらばやし・いさむ)監督(39)の「663114」で、戦後66年間過ごした土の中を出て成虫となったセミが被災、子孫に深刻な影響が出る。
 それでも「この国が大好きです」と語るセミを、平林監督は「事態のひどさに気づかない日本人の隠喩(いんゆ)」と説明。「日本人は起きたことをすぐに忘れがち。忘れないためにもインパクトのある作品にした」と強調した。
 震災を受け、新作の撮影を延期したのは山田洋次監督(79)だ。「戦前戦後と同様、今後は震災前、震災後という考え方をせざるを得ない」。8月、市街地が津波にのまれた岩手県陸前高田市を訪ねた。
 「この景色の向こうに、今後も簡単に解決がつかない原発の悲劇がある。戦後日本の高度成長は原発に象徴されるんじゃないか」とつぶやいた。
 ■心からの「がんばれ」
 「全ての映画がどこかで平和や人類の幸福と関わっていないと嘘であるのと同様に、日本の物語は、この災害や原発被害と関わりを持つのが当然なのではないか」と山田監督。次回作「東京家族」の脚本に手を加え、津波にも触れる予定だ。
 「ヒミズ」のラストシーンも、震災で古谷実(ふるや・みのる)さん(39)の原作漫画から大きく変わることになった。「がんばれ」と安易に言う教師をばかにしていた少女が絶望から立ち上がろうとする少年に「がんばれ」と心から叫ぶ。
 これまで現代人の絶望を作品に刻んできた園監督だが、今回ばかりは希望に負けたのだ。「この映画は、どんなに深刻な状況でも、私たちは希望を持たざるを得ないという宣言なのです」
 (ベネチア 共同/SANKEI EXPRESS)

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