震災時の警察活動を後世へ語り継ぐ 宮城沿岸部の警察署長を歴任した仙台南署長が講話

東日本大震災発生後、不明者捜索など最前線で活動した当時の警察官や自衛官の体験を、今後の災害対応にどう生かすかは、各組織の課題となっている。震災後に石巻署地域課長として、避難所や仮設住宅のパトロールを指揮し、被災地の亘理、岩沼両署長も歴任した菅原優仙台南署長(60)が、名取市内で自衛官向けに講話し、被災者との関わり方や出動前の装備の重要性を伝えた。

 菅原氏は、異動の引き継ぎ先の石巻署で震災に遭った。大津波警報のさなか、無線で沿岸部の署員たちに「住民を誘導しながら退避しろ」と繰り返した発生時の状況を回顧した。

 「警察官は自分の命は自分で守った上で、住民を助けなくてはならない。現場に行く前に(救命胴衣など)装備品を既に着けておくように今も署員に伝えている」と述べた。

 不明者捜索や検視では、犠牲者の顔を洗うために警察官が必ず水を携帯していたことを明かした。「遺体をきれいにして、手を合わせてから(家族の元に)お返しした」と振り返った。

 署員は避難所や仮設住宅を巡回し、困り事を関係機関に橋渡しした対応にも触れた。「地域に根差した活動を積み上げることが治安維持につながると思い、やってきた。自衛隊の皆さんも、同じ意識だと思う」と強調した。

 講話は9月17日、自衛隊宮城地方協力本部名取地域事務所であり、自衛官ら10人が聴講した。

 同所長の葛島良太1等陸尉(40)は「震災後に石巻市、気仙沼市、南三陸町で不明者捜索やがれき撤去、ヘドロかき出しに従事した記憶を思い出した。警察と今回のような機会を通じて協力関係を築き、災害現場でもその関係性を生かしていきたい」と話した。

 県警の震災以降の採用者は、警察職員全体の約45%を占めており、防衛省によると、自衛官も約40%に上り世代交代が進んでいる。

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