トヨタ自動車の世界初量産型燃料電池車(FCV)「MIRAI(ミライ)」が発売になって、「いよいよ水素社会の到来だ」と世の中騒がしい。資源の少ない日本にとって、水素社会の到来は朗報であると一般的には受け止められている。
昨年12月に出版された拙著『トヨタの危機』(宝島社)がきっかけとなり、先日、埼玉県熊谷市の近くで次世代車について講演を行った。講演後に聴 講者から「水素はどこで採れますか。採掘する会社があるのなら、さっそく株を買いたい」との質問を受けた。筆者は、「氷に覆われたグリーンランドの氷床の 下には、あふれるほどの水素がある。数千メートルにも及ぶ氷の重さで水に強い圧力が加わり、水素と酸素に分解されるのです。英国の石油会社が採掘すると いっています」と笑って答えた。すると会場中から「冗談だろう」とブーイングが起こった。
そこで、質問者にお詫びをしてから、「水素は地球のどこを探しても、気体の状態でも、液体の状態でも存在しません。ただし、水のように化合物とし てはたくさんあります」と答えた。すると今度は「それでは、水素はどうやって手に入れるのでしょうか」と質問された。良い質問である。
●水素をつくる「なんらかの方法」
最近、FCVに関する講演の依頼が多く、資源エネルギーや次世代車への関心の高さがうかがえるが、中でもFCVをめぐる最大の関心事は、燃料であ る水素だ。特に水素の価格への質問が多いのだが、多くの人が「水素はどこかを採掘すれば出てくる」と誤解している。実際には、地球上に水素単体ではほとん ど存在しない。ただし、化合物であればたくさん存在する。
典型的な例が水だ。水は化学式でH2Oと表されるように、水素2原子と酸素1原子の化合物である。したがって、なんらかの方法で水を酸素と水素に分解すれば、水素が手に入る。しかし、この「なんらかの方法」がFCV、そして水素社会の大きな問題だ。
FCVの燃料は水素だが、水素をつくるためには原料が必要だ。原料として注目されているのは、ガソリン、都市ガス(天然ガス)、メタノール、そして水だ。
ここで、「ガソリンや天然ガスから水素をつくるなら、そのままエンジンで燃やしたほうが効率が良いのでは」という大きな疑問が湧く。効率は同じよ うなものだが、確かにそのまま燃やしたほうが面倒ではないし、1カ所10億円もかかり、しかも1日にFCV数台しか水素を充填できない水素ステーションも 不要だ。
「では、水からつくればよいのではないか。水なら無限に近くあり、タダ同然だから安く済む」と思われがちだが、水を電気分解して水素を製造しても、そのために利用する電気の発電方法によっては、たくさんの二酸化炭素を排出してしまう。
例えば水から水素を製造する方式の水素ステーションの場合、FCVを100km走らせるのに必要な水素を1kgとすると、それを製造する際に排出 する二酸化炭素はおよそ25.5kgに上る(経済産業省の実証試験データや電気事業連合会のデータから計算)。これは、ガソリン車に当てはめると「リッ ター9.1km」という燃費に相当する。
では、FCVはそんなに燃費が悪いのかという疑問について、次回は考察していきたい。
(文=舘内端/自動車評論家、日本EVクラブ代表)