韓国で好調な無印良品に降って湧いたバッシング
「裏切られた感じ。不買しなきゃね」
「返品に応じないなら、不買運動でその代償を見せてやるべきだ」
「日本製がいいと思って買ったら、放射能がオマケでついてくる」
「メイド・イン・ジャパン製品は、全て放射能検査をしろ」――。
5月中旬以降、韓国の最大手ポータルサイトに、こんなコメントが集まっている。槍玉に上げられているのは、ほかでもない日本の無印良品。その製品に福島県で製造されたプラスチックが使われていることが、一部の韓国メディアでセンセーショナルに取り上げられているのだ。コメントには「プラスチック製品まで心配をするのはやりすぎ」などと、過熱する反応をたしなめる意見も散見される。だが多くはやはり、放射能への危機感を煽る声で占められている状態だ。
無印良品が韓国へ進出したのは2003年。翌年、現地法人「MUJI Korea」が設立された。韓国でも「無印良品(ムインヤンプム)」、または「MUJI」のブランド名で親しまれている。
とりわけ業績を大きく伸ばしたのは、最近のことだ。2014年の売上が479億ウォン(約44億円)に対して、2018年は188%増の1378億ウォン(約126億円)。前年比で25・8%増、営業利益は同じく30・9%増となっている。店舗数も、2015年の15カ所から現在は34カ所にまで増えた。昨年12月には2019年中に10店舗を新たにオープンすると発表、同年の売上高目標として2000億ウォン(約183億円)を掲げている。また実店舗にとどまらず、オンライン販売も2018年までの3年で成長率120%と好調だ。
進出から10年近く経って急成長したのは、同ブランドのコンセプトが現地消費者の志向とマッチするようになったためといわれる。韓国ではまた、そのコンセプトを後追いするかのようなブランドも登場し始めた。
例えば、流通大手系列の新世界インターナショナルが運営する「JAJU」は、無印良品との類似性が指摘されるブランドの1つだ。現地メディアによると、新世界インターナショナル関係者は後追いを否定しているが、「看板を替えたらどっちがどっちか区別できない」という消費者の声も紹介されている。また流通大手のEマートが2015年から展開するプライベートブランド「No Brand」も、ブランド性を排してミニマリズムを追求するコンセプトに既視感が否めない。そのほか生活用品専門店「Lock & Lock」も、今年5月に「無印良品路線へシフトして業績改善を目指す」と報じられている。
“放射能爆弾”報道で危機感を強調する一部メディア
後追いも生まれるほど、韓国で消費者の心をつかんだ無印良品。今回の騒動は、こうした認知度の高まりがもたらした副作用ともいえそうだ。
「一部のプラスチック製品が福島県の工場で生産されている」という“スクープ”も、別に新しい話ではない。情報の出所は、無印良品が2018年4月1日からYouTubeで公開しているプロモーション動画。ポリプロピレン製の収納ケースやアクリル製の冷水ポットなどが、福島県西白河郡の工場で製造・出荷される様子を紹介する内容だ。
この動画をニュースソースとして、今年5月16日にウェブ専門の報道メディア「インサイト」が「無印良品のプラスチック製品が“福島”で作られていました」と題した記事を公開。2日後には世界平和統一家庭連合(旧・統一教会)系の新聞社「世界日報」も同じ話題を取り上げ、「食品は生産地をチェックしていたのに、生活用品が福島産だったなんて腹立たしい」といった消費者の声を紹介した。記事によると同月14日に記者がソウル市内の無印良品を訪れ、店員に「SNSで“福島産”プラスチックが騒動になっているのは本当か」などと質問したという。
やがて話題が複数のマイナーなニュース媒体へ拡散した後、6月2日にまた「世界日報」が続きを報じた。冒頭で紹介したポータルサイトのコメントは、この続報に対して寄せられたものだ。
今度の記事では、第一報を見て無印良品に製品の返品と払い戻しを求めたが、断られたという消費者の声を紹介。同時に「製品は正規の通関手続きを経て輸入されている」という無印良品側の立場を伝えつつ、製造地域の表記を義務づける法改正は難しいとする韓国政府当局の見解などを示した。
その翌日には、「インサイト」も続報を公開している。見出しは「“放射能爆弾”福島製造騒動に対して、公式立場の1つも示さない無印良品」だ。記事では、「現在さまざまなオンラインコミュニティとSNSを中心に、無印良品の不買運動の動きまで起こっている」などと伝えていた。
竹島問題まで持ち出して“炎上”を煽る人々
一連の報道のなかには、今回の騒動と竹島問題を結びつける記事もあった。2015年に無印良品の現地法人が自社サイト上で竹島を「リアンクール岩礁」と表記し、韓国メディアのバッシングを浴びた件に関する内容だ。「リアンクール岩礁」は竹島でも独島でもない中立的な表記だが、韓国メディアからは「独島と表記しないことが許せない」と叩かれる結果にしかならない。もっともそんなバッシングと関わりなく、この間に韓国消費者の支持が大きく高まったことはすでに触れた。
また無印良品にはもう1つ、悪意のターゲットになりかねない部分がある。それがロッテとの関係だ。
無印良品の現地法人は、同ブランドを展開する日本の良品計画と韓国ロッテグループとの合弁事業として立ち上げられた。だが在日コリアン1世が日本で創業したロッテは、韓国でしばしば「韓国企業か日本企業か」という「国籍問題」で非難されてきた経緯がある。韓国主要三紙の1つ「中央日報」は2015年のコラムで、もし竹島の領有権紛争が激化したら「ロッテが自信を持って韓国を支持できるのか」と書いた。そのロッテが韓国で展開する流通網を通じて韓国市場へ食い込んできた日本企業――という構図は、煽り方次第で反日感情を刺激する火種になり得るわけだ。
冒頭でも紹介した通り、ポータルサイトのコメント欄やSNSでは、冷静な反応を呼びかける声もちらほら見られる。「そこまで危険なら、福島の人はみんな死んでるはずじゃない?」「食品でもないのに、わざわざ地域表示までする必要ある?」「プラスチックが福島産だからって返品するのはちょっと……」「原発から100km離れているのに、何が問題?」などはその一例だ。
だが、領土問題まで持ち出して“炎上”を大きくしようとする人々は、今日も危機感の強調に余念がない。今回の「“福島産”プラスチック」騒動は、ひとまず終息しそうな気配だが、福島第一原発事故を巡る韓国側の疑念には、絶え間ない注視が必要だ。
高月靖/ノンフィクション・ライター
週刊新潮WEB取材班編集