韓国「徴用工勝訴」が日本に与える巨大衝撃

初めて認められた韓国徴用工の戦後賠償。広がりを見せる可能性も(写真:manoimage / PIXTA)

韓国の最高裁判所である大法院が10月30日、注目の判決を下しました。戦時中に日本の工場に動員された韓国人の元徴用工4人が、新日鉄住金に損害賠償を求めた訴訟の上告審において、個人の請求権を認めた控訴審判決を支持し、1人あたり1億ウォン(約1000万円)を支払うよう命じたのです。

これを受けて、安倍晋三首相は、「判決は国際法に照らして、あり得ない判断」と厳しく批判し、河野太郎外相は韓国大使を呼び出して厳しく抗議しました。

韓国の徴用工が行っている同様の訴訟は、約80社を相手に14件存在しますが、同様の判決が下される可能性は高いでしょう。それだけではなく、約22万人ともいわれる徴用工や、さらには同じ被害を受けた中国人やアジア諸国人々からも同様の訴えが提起され、日本企業は多大な賠償責任を負うことになるおそれがあります。

そもそも日韓の戦後賠償についての日本の立場は、1965年に日韓両国の間で締結された日韓基本条約、そしてその関連協定である日韓請求権協定においてすでに「完全かつ最終的に」解決されているというものでした。そうだとすれば、いまさら賠償請求が認められる余地はないということになります。それでは、なぜ今回韓国大法院はこのような判決を出したのでしょうか。

日韓請求権協定による解決

太平洋戦争においてポツダム宣言を受諾して降伏した日本は、アメリカによる占領を経た後、1951年のサンフランシスコ平和条約で主権を回復し、国際社会に復帰しています。

一方、韓国はそもそも戦時中においては日本の植民地だったため、連合国としてサンフランシスコ平和条約に参加できませんでした。したがって、残された日韓の2国間の賠償問題については、15年もの交渉を経て、最終的な決着として、1965年6月に日韓基本条約が締結され、同12月に発効しています。

同条約により、日本は無償供与3億ドル、有償2億ドルの経済協力を行いました。無償分だけでも当時の韓国の国家予算に匹敵する金額であり、その後の韓国経済の急成長を支えたとされています。

日韓請求権協定2条1項では、「両締約国は、両締約国及びその国民の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、完全かつ最終的に解決された」ということが確認されています。

また、同2条3項には、「一方の締約国及びその国民の財産、権利及び利益であってこの協定の署名の日に他方の締約国の管轄の下にあるものに対する措置並びに一方の締約国及びその国民の他方の締約国及びその国民に対するすべての請求権であって同日以前に生じた事由に基づくものに関しては、いかなる主張もすることができないものとする」と規定されており、韓国国民の日本に対する請求権が主張できないことが定められています。

加えて、この協定の合意議事録には、「完全かつ最終的に解決された財産、権利及び利益並びに請求権」の内容として、「被徴用韓国人の未収金、補償金及びその他の請求権の弁済請求」が明記されており、徴用工の補償請求が日韓請求権協定の枠内にあることは明らかです。

これらをまとめると、日本に対して請求権を有する徴用工は、日本政府や日本企業に賠償請求を行うことができないけれども、その代わりに韓国政府に対して請求することが認められるということになります。

実際に韓国政府は、日韓請求権協定の国内法的措置として「財産権措置法」を制定し、「韓国及び同国国民の日本国又はその国民に対する債権であって、同協定2条3項の『財産、権利及び利益』に該当するものは、昭和40(1965)年6月22日において消滅したものとする」と定めています。

個人の請求権は消滅していない?

ところが、国と個人はあくまで別人格です。国が請求権を放棄しても、それによって個人の請求権まで消滅しているのかどうかについては、長年の争点となっていました。何よりも、日本政府自身が、「日韓請求権協定ではあくまで外交保護権を放棄したものに過ぎず、個人の請求権は消滅していない」と答弁しています(1991年8月27日参議院予算委員会における柳井俊二条約局長の答弁)。

これは、仮に個人の請求権まで消滅してしまうと、朝鮮半島に資産を残してきた日本人に対して日本政府が補償を行わなければいけなくなってしまうので、「あなたの権利は消滅していないので、ぜひ韓国の制度で請求権を行使してくれ」と突き放すための理屈でした。

また、1990年からの10年間に韓国人が提訴した数十件の戦後補償訴訟においては、日本側が日韓請求権協定によって解決済みであるという抗弁を行っていませんでした。すなわち、この当時はまだ政府も、冒頭に示したように「完全かつ最終的に」解決しているとは考えていなかったということになります。

「サンフランシスコ条約枠組み論」の意味

2007年4月27日、日本の最高裁は、中国人を原告とする戦後補償訴訟において、「個人の請求権は消滅していないものの、裁判上訴求する権能を持たない」という結論を下しました。これは、1999年にアメリカで日本企業が訴えられた際に用いられた理論を参考にしたもので、「サンフランシスコ条約枠組み論」と呼ばれています。

この理論によって、「戦後補償に関しては、サンフランシスコ条約等の各条約によって解決済みである」という結論が確立されたわけです。したがって、日韓の戦後補償であれば、日韓請求権協定によって解決済みということとなります。

しかし、この理屈は従来の日本政府の見解を変更するものであり、法律構成として論理的であるとはいえず、どちらかというと政治的かつ曖昧な決着であったと言えるでしょう。とにかくいずれにせよ、日本では国外の戦争被害者が、日本政府や日本企業に請求を行うことが認められないという結論に至りました。これが今も政府が言う、「日韓請求権協定によって解決済みのはずである」という根拠です。

他方で、盧武鉉政権は2005年に民官共同委員会を開催して見解を示しています。ここでは、「従軍慰安婦、在サハリン韓国人、原爆被害者は請求権協定の範囲外」とする一方で、徴用工に関する請求権は依然として請求権協定の範囲内ということになっていました。これは現在でも韓国政府の公式見解です。なお、現大統領の文在寅は当時の政権メンバーでした。

日韓請求権協定を巡る解釈についてはさまざまな変遷をたどったとはいえ、この時点において、徴用工の補償に関する日韓両国政府の見解は一致していたといえます。革新派の盧武鉉政権でしたが、それでも現在と比べれば日韓関係はまだ良好でした。

そうした中、元徴用工が、2000年5月に三菱重工業、2005年2月に新日本製鉄(現新日鉄住金)を相手取って提訴しました(三菱広島プサン訴訟・旧日本製鉄大阪ソウル訴訟)。今回の判決につながる訴訟です。一審ニ審ではいずれも原告が敗訴しますが、2012年に韓国大法院が驚きの決定を行います。

その論旨を簡潔にまとめると次の4点です

①日帝による植民地支配は反人道的で違法である

②したがって植民地支配下における国家総動員法に基づく徴用も違法となる

③請求権協定は両国間の債権債務関係を政治的合意によって解決したものであり、植民地支配に関する条約ではない

④したがって植民地支配に直結した不法行為の損害賠償もその枠外であり、個人の請求権は消滅していない

といった内容のものでした。30日の大法院判決も基本的に同旨となっています。

ここで重要なのは、今回認められた反人道的な植民地支配に基づく慰謝料請求は、そもそも日韓請求権協定の対象となっていた未収金や補償金とはまったく別の請求権であるという点です。「そもそも日本の植民地支配はまったく違法なものなのだから、それに基づく補償問題については、日韓両国は一切合意していない」ということを言っているわけです。日本側はそれも含めて完全かつ最終的に解決したと思っているわけですから、「話が違う」となってしまいます。

そして、大法院判決の論旨は、2005年の民官共同委員会見解とも合致しておらず、日韓両国政府におけるこれまでの法解釈から大きく逸脱したものとなっていました。

あまりに横暴と言わざるをえない

上述の通り、日韓請求権協定に関する日本側の解釈も決して一貫していたとはいえないことは確かです。「サンフランシスコ条約枠組み論」も純粋な法理論というよりも、多分に政治的な妥協の産物としての色合いが強いと言えるでしょう。

しかし、たとえそうであったとしても、すでに戦後賠償については、サンフランシスコ平和条約を含む一連の条約によって解決済みであるという前提に立って各国の国際関係が成り立っているところに、50年以上も経った今となって、「日本はそもそも違法な植民地支配の賠償を行っていない」として、これまでに積み上げられた政治的合意の土台を根底から覆してしまうことは、あまりに横暴と言わざるを得ないでしょう。講和とは何だったのかという話にもなります。

今回の韓国大法院判決は、日韓関係の基礎となる1965年体制、ひいては現在の国際社会の基礎であるサンフランシスコ体制を根幹から揺るがすものとなりかねません。その意味で、まさにパンドラの箱を開けてしまったと言えるでしょう。

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