若い世代が今、重視するのが「コストパフォーマンス」(費用対効果)や「タイムパフォーマンス」(時間効率)の考え方だという。映画やドラマを「倍速視聴」などの早送りで見るスタイルが広がっているのもその一例だ。なぜ効率を求めるのか。
第1回の森永真弓さんに続いて、マーケティングが専門の青山学院大学経営学部教授の久保田進彦さんに、現代社会を生きる若者たちが志向する「コスパ」「タイパ」について聞いた。【聞き手・野口麗子】
デジタル化で物事の切り替え簡単に
コスパという言葉は2015年ごろから顕著に用いられるようになった。最近では「費用」の中に時間も含むことが増え、タイパという言葉も出てきている。
この時期はSNSがはやりはじめた時期ともかぶっている。コスパ良く情報を集められるツールだからだろう。SNSは基本的に自分から情報を取りに行くわけではなく、勝手に通知が来て情報が来る。それまでは、検索エンジンなどで自ら情報を獲得しにいかなければならなかった。今は情報の獲得コストが相当下がってきている。
コスパ、タイパ志向が強まった背景には、デジタル化によって物事の切り替えが簡単になったことが大きく影響している。
例えば、かつてのアナログLPレコードでは曲を飛ばすことさえ簡単ではなかった。CDになってそれが簡単になったが、アーティストを変えるにはCDを入れ替える手間があった。
でも、今やストリーミング再生によりそれらは一瞬で可能になった。
同様に、かつては欲しい服を比較検討するために何軒も店をはしごする必要があったが、ネットショッピングなら一瞬で何十軒もの店をのぞくことができるようになった。
短くなるイントロ、サビしか聞かない若者
こうしたデジタル化を背景にコスパ、タイパ志向が進んだが、その中でもタイパには2種類ある。
働きながら育児するなど必要に迫られて時間効率を高める「時短型」と、一定の時間内でより多くのものを消費したり、楽しんだりしたい「バラエティー型」だ。
注目すべきは「バラエティー型」で、「待ちたくない、今すぐ楽しみたい」という気持ちが伴っている。
私の大学のゼミにも、音楽はサビしか聞かないという学生がいる。Aメロ、Bメロを聞くのは時間の無駄と思うようだ。「おいしいところだけつまみぐいしたい」のだろう。
他にも、音楽でいえばギターソロのパートが少なくなったり、イントロ部分が短くなったりと、世の中のタイパ志向に合わせて曲も変わってきている。
「短命消費」=「悪者」は間違い
所有せずに使用だけし、瞬間的な快楽を求める短命な消費(リキッド消費)をする人に合わせていくことで、音楽や映像といった作品の価値が短命化するという問題も起きている。
商品やサービスを一定期間、定額で利用できる「サブスクリプション(サブスク)」がミュージシャンに悪影響を与えているのも事実としてあるだろう。しかし、そうしたリキッド消費者を「悪者」にするのは、間違っていると思う。
私自身はリキッド消費は大きな問題を抱えていると思う。しかし忘れてはならないのは、私たち消費者の生活は、社会環境に埋め込まれているということだ。
例えば、モノを大切にせずに次々と消費する人がいたとしても、その人だけを責めても仕方がない。その人を取り巻く社会が、その人にかなりの影響を及ぼしているからだ。
ストリーミングの発達で、以前よりも多くの音楽に触れる機会が実現し、若いミュージシャンのボキャブラリーが増えたという良い面を指摘する声もある。
コスパ志向の高まりを「やめるべきだ」と言うのではなく、コスパ志向の浸透を認めた上で、音楽などの作り手も聞き手もみんなで利益を享受できるような仕組みができるといいと思う。
久保田進彦(くぼた・ゆきひこ)
1965年生まれ。明治学院大経済学部卒。サンリオに勤務したのち、早稲田大大学院商学研究科修士課程および博士課程を経て、2013年4月から青山学院大経営学部教授。博士(商学)。専門はマーケティング。著書に『はじめてのマーケティング』など。