食品業界が「恐れている事態」到来

容器包装されたすべての加工食品について、原材料の原産地表示(原料原産地表示)が義務化されることがほぼ決まった。TPP(環太平洋経済連携協定)を実現するための対策として「拡大することを検討する」ことが閣議決定され、自民党農林部会長の小泉進次郎議員の強力な後押しも影響したのだろう。

原料原産地を表示するということは、たとえばウナギのかば焼きは、ウナギがどこで(どの国で)養殖(または漁獲)されたのかを表示しなければならない。現在表示義務化されている加工食品は、ウナギのかば焼きを含め4品目と22食品群あるが、加工食品全体の2割にも満たないといわれている。それが全加工食品に拡大されれば、食品業界には大きな影響が出る。

たとえば、ウナギのかば焼きの場合、原材料欄に「うなぎ(中国産)」「原料原産地:中国」のように表示される。この表示があるので、国産のウナギが食べたい消費者は、簡単に見分けることができる。これが、すべての加工食品の原材料(一番重量の多いもの=最初に表示される原材料)について原産地表示されるとなると、たとえば次のような表示になる。

・鶏の唐揚げ「原材料:鶏肉(ブラジル産)、…」
・だし巻き卵「原材料:液卵(中国産)、…」
・小麦粉「原材料:小麦(オーストラリア産)、…」

ただし、うどんの場合、「原材料:小麦粉(小麦<豪州産>)、…」と小麦粉の小麦の産地を表示してほしいが、小麦粉が加工原材料なので「原材料:小麦粉(国内製造)…」という例外表示が認められている。国内製造と表示されるものは、その原材料はほとんどが輸入品だと思ってよい。

日本の消費者は、表示されていないと意識しない(気にしない)が、表示されていると意識する(気にする)。スーパーマーケットで売られているウナギのかば焼きは、「国産」「中国産」などと表示されているので、産地を意識して買う。ところが、弁当のうな重になると、現在は原料原産地表示の義務がないので、原産地が表示されない。表示されていないと、消費者はそのウナギの産地を意識しなくなる。

●付加価値の問題

消費者が産地を意識する理由は、安全面だけではない。「中国産」と表示してあるウナギを買うのを近所の人に見られるのが嫌だという人もいる。一種の見栄である。だから、中国産と表示されたものは買わないが、産地が表示されていなければ、誰に見られていても気にする必要はないから買う。

もうひとつ意外と多いのが、「夫は中国産を食べない」という家庭だ。「子どもや家族のために、より安全なものを」ということもあるが、表示していなければ「どこの国かわからないけれど、中国産じゃないと思う」とごまかすこともできる。

これが、軒並み表示されると当然、国産の原材料を使っている商品に付加価値が付く。差別化ができるから食品業界も大歓迎のはずだが、そうはいかない。なぜなら、ほとんどの加工食品が、国産の原材料を使っていないからだ。

もちろん、外国産の表示があるからといって売れないわけではないが、商品価値が下がることは間違いない。鶏の唐揚げの鶏肉のほとんどがブラジル産と表示されると、消費者の購買意欲が低下する。商品やメーカーのイメージダウンになると考えられている。

では、国産の原材料を使って付加価値を付けて商品を売ればいいではないかと思われるかもしれないが、そもそも国産の原材料は非常に少ない。食料自給率がそれを証明している。国産の原材料を使った商品をつくろうと思っても、思うようにできないのが現状だ。だから、事業者は現状のようなあいまいな表示を望んでいる。

●事業者にとってはコスト増

もうひとつ事業者にとって困った問題がある。それは、印刷コストを価格に上乗せできないことだ。原料原産地表示を全加工食品で実施するには、それなりのコストがかかる。商品の販売規模(同じ表示の商品の製造数量)にもよるが、事業者としては1商品当たり数円は販売価格に上乗せをしたい。しかし、今の景気では「外国産の原材料を使っていることを公開することになったから値段を上げます」とはいえない。

コストを価格に転嫁できない上、商品価値を下げることになる。それを避けるために、国産原材料の奪い合いになるかといえば、そうはならない。そもそも日本の第一次産業は、生産量を増やそうにも担い手がいないのが現状だ。

ただし、事業者は何も恐れる必要はない。原料原産地が義務化されたからといって、売り上げが落ちる商品は限られている。情報公開、見える化の一つだと割り切るべきだ。何よりも、原料原産地表示の義務化を契機に、これからの日本の第一次産業をどうすべきかという議論が進むことが、もっとも重要である。
(文=垣田達哉/消費者問題研究所代表)

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