政治家の「失言」は、どのように批判されるべきか。ジャーナリストの尾中香尚里さんは「政治家の立場によって重要度は変わる。実際に権力を持つ政権与党、とりわけ閣僚の発言については、より厳しい批判があるべきだろう」という――。 【この記事の画像を見る】 ■小西洋之氏に刺さった「ブーメラン」 やれやれ、またこんな話の繰り返しか。正直、軽いため息が出る。 立憲民主党の小西洋之参院議員が、衆院憲法審査会について「毎週開催はサルがやること」などと発言し、批判を受けた問題だ。政府・与党批判の最前線に立つ野党議員が、自らの失言やスキャンダルなどで、一転逆風にさらされる。一部メディアなどが「野党にブーメラン」とはやしたて、そうこうするうちに政府・与党の何が批判されていたのかがうやむやになってしまう。この20年くらいの間に何度も見てきた光景だ。 別に小西氏の発言を良いと思っているわけでは全然ない。本人に深い反省が必要なことは言うまでもない。だが、一部政治家やメディアが小西発言を繰り返し血祭りに上げている間に、この問題の周囲でなぜか捨ておかれている他の政治家の言動の方が、筆者はずっと気にかかる。 せっかくの機会なので、そうした言動にここで改めて注目してみたい。
■「サル発言」よりもはるかにまずい失言
小西氏の発言は、メディアの見出しでは「サル発言」と書かれることが多いのだが、正直筆者は「サル発言」にはあまり関心がない。確かに憲法審査会所属の議員たちに失礼ではあるが、関係者に真摯(しんし)に謝罪し、以後の発言に留意すればすむことだ。 小西氏は党参院政審会長を辞任し、立憲民主党も幹事長による注意処分を行った。問題と処分のバランスもほぼ釣り合っており、この問題はこれで事実上終結したと言っていい。 問題はむしろ「サル」とは別の発言である。小西氏が、発言を報じた一部メディアについて「(総務省の)元放送政策課課長補佐に喧嘩を売るとはいい度胸だ」とツイッターに投稿したのは、さすがにサル発言とは次元が違うと考えざるを得ない。
■せっかく放送法をめぐる成果を上げたのに…
今回小西氏の発言が注目されたのは、小西氏が3月、放送法の「政治的公平」の解釈をめぐり、解釈変更に至る経過を記した総務省の行政文書の存在を、国会で明らかにした当事者だったからだ。 3月3日の参院予算委員会で文書について質問した小西氏に対し、当時総務相だった高市早苗氏(現経済安全保障担当相)が「信ぴょう性に大いに疑問を持っている。全くの捏造文書だ」と一蹴。怒った小西氏が「捏造でなければ閣僚や議員を辞職するか」と迫ったのに対し、高市氏が「結構だ」と言い切ったことから、問題は本筋をそれて「高市暴言問題」の様相を呈していた。 小西氏が提示した文書について、やがて総務省自身が本物と認めた。追い込まれた高市氏はなおも「内容が不正確」などとして「捏造」発言を撤回してはないが、国会での質疑を経て「本筋」の方は確実に動いた。 小西氏の質問に対し総務省側は「一つの番組ではなく(その放送局の)番組全体を見て判断する」と答弁。かつて高市氏が「一つの番組でも極端な場合政治的公平を確保しているとは認められない」と答弁した「政治的公平」をめぐる解釈変更を、事実上撤回して元に戻した、と言っていい(本来は松本剛明現総務相ら政治家がきちんと「撤回」と答弁すべきだろう)。 気に入らない番組に対し、政府が放送局の停波までちらつかせて恫喝し、自らへの批判を封じようとする根拠が、事実上取り除かれたわけだ。今国会における野党側の最大の成果だと思う。
■せっかくの功績に自ら泥を塗った
しかし、である。その最大の「功労者」である小西氏自身が、自ら気に入らない報道に対し、一種の「脅し」と受け取れるような発言をしてはいけない。せっかくの功績に自ら泥を塗ることになりかねないからだ。 念のため指摘しておきたいが、権力を持つ政権与党側の高市氏が、かつて放送局に停波をちらつかせる発言を国会で行い政治的圧力をかけようとしたことと、野党議員の小西氏が、放送業界が自主的に設立した機関であるBPO(放送倫理・番組向上機構)に訴える仕組みを紹介したことを、同列に論じてはいけない。 BPOには放送番組の人権侵害や政治的公平の欠如などに対し、誰でも意見を申し立てることができる。そうした行動を萎縮させ、政治権力を持つ側に都合の良い環境を作ってしまう恐れがあるからだ(この点について、メディアの報じ方はあまりにも雑で、筆者はむしろその方を危惧している)。
■「次の政権与党の一員になる」という想像力が足りない
しかし、だからと言って「元総務省放送政策課課長補佐」という経歴にわざわざ触れて「いい度胸だ」などという「喧嘩を売る時の定番フレーズ」を使うのが、良いことだとは全く思わない。小西氏は単に「自分はBPOの仕組みに詳しい」ことを誇示するために経歴を挙げたつもりなのかもしれないが、こういう発言を国民は「肩書を使って権力を振りかざすようになるのではないか」と受け取るかもしれない。小西氏にはそういうことへの想像力が足りない。 小選挙区制の下における野党第1党とは「次の衆院選後に政権政党になる可能性がある」という建前で存在している政党である。政党や所属議員の振る舞いに政権与党並みに厳しい批判が寄せられるのは、彼らが「次の政権政党候補」という重い役割を背負っているからだ。 「小西氏も政権与党の一員になったら、高市氏のような権力行使をするようになるのではないか」などと思われるのは、本人にとっても本意ではないだろう。小西氏には今後も、萎縮することなく権力監視に十分な力を注ぐことを望んでいるが、同時に自らの言動が「未来の政権政党」を支える政治家としてふさわしいかどうか、今回の問題を機に、一度冷静になって考えてほしい。
■高市氏の「質問するな」発言も十分にひどかった
ただ、ここで一言書き添えておきたいことがある。 小西氏が総務省の行政文書を入手して以降の一連の流れのなかで登場したさまざまな発言のなかで、筆者が最も衝撃を受けたのは、高市氏が3月15日の参院予算委員会で、立憲民主党の杉尾秀哉氏から「捏造」の根拠について説明を求められた際に「信用できないんだったら、もう質問なさらないでください」と述べたことだ。 国民の代表である国会に審議を「お願いする」立場であり、少々嫌な質問にも真摯に答えることが求められている政府側の人間が、質問者の側に「もう質問するな」と言い放つ。これはひどすぎる。さすがに、同じ自民党の末松信介委員長からも異例の注意を受け、高市氏は5日もたってから発言を撤回したが、結局謝罪はしなかった。 思わず頭をよぎったのが、吉田茂首相の「バカヤロー解散」だった。野党議員の質問に激昂した吉田氏が、思わず「バカヤロー」と吐き捨てたのを機に、内閣不信任決議案が可決され、衆院解散に至った問題である。 内閣が国会議員の質問を侮辱するとは、本来はこれだけの政治的影響をもたらすものであるはずだ。ましてや高市氏の発言は、侮辱を通り越して、国会議員の質問そのものを直接的に封じようとしているわけで、到底許されるものではない。
■現在のメディアの追及は生ぬるい
高市氏の発言はメディアでも取り上げられたが、通り一遍の報道に終始した。自分の発言に凝り固まる高市氏を岸田文雄首相もかばい、議員辞職はおろか閣僚辞任も実現しそうにない、つまりは政局になりそうもないとの見立てができれば、途端に自らも追及の手を緩めておざなりな報道でお茶を濁した上で「高市氏を追い込めない野党だらしない」論に走って責任をなすりつけるのが、現在のメディアの定番だ。 高市氏も小西氏も、本当に問題にすべき発言は「サル」だの「捏造」だのとは別にあった。しかし、メディアはどちらも単純に「面白おかしい」発言に飛びついた結果、批判のポイントをそらしてしまった。何より、こうした「面白おかしい発言」にかまけているうちに、本題である「メディアの報道における政治的公平性」を、事実上脇役にしてしまった。 そもそもこの問題は、今に始まったことではない。高市氏の「停波発言」は2016年、実に7年も前のこと。小西氏が入手した総務省の内部文書は「政治的公平性」に関する解釈変更の経緯を明らかにしたものであり、解釈変更自体はずっと前から問題化していたのだ。 メディア、特に放送局は、自分たちに深く関わるこの問題を自ら追及する力を十分に持たず、いつの間にか忘れさせてしまった。やがて、政権に対峙していた多くのキャスターやコメンテーターが、次々と番組を去っていった。「解釈変更とは直接関係ない」という声も出そうだが、少なくとも国民の多くがその関連性を疑っている。これらは筆者も新聞社に所属していた時の話であり、当時の自分自身の非力についても反省せざるを得ない。 小西氏が今回明らかにした内部文書は、すっかり忘れられていたこの問題に再び焦点を当て、解釈変更は事実上「撤回」された。メディアは小西氏に救われたようなものだ。 もちろん、だからといって小西発言をお目こぼししていい、ということにはならない。どういう相手であれ、批判すべきことは批判するのがメディアの役割だ。だが、批判のピントがずれていたり、与野党で批判の強さがダブルスタンダードになっていたり、さらには批判自体に腰砕けになっていては、何のために「政治的公平性」の解釈が元に戻ったのか、と言われても仕方ないだろう。 今回の問題で本当に問われるべきは、高市氏でも小西氏でもない。筆者自身を含むメディア全体なのである。 ———- 尾中 香尚里(おなか・かおり) ジャーナリスト 福岡県生まれ。1988年に毎日新聞に入社し、政治部で主に野党や国会を中心に取材。政治部副部長などを経て、現在はフリーで活動している。著書に『安倍晋三と菅直人 非常事態のリーダーシップ』(集英社新書)。 ———-