ベランダから子供が転落し、命を落とす事故が後を絶たない。マンションで生活する子育て世帯の増加により、幼少期から高い場所で生活していて高所に恐怖心 を抱かない「高所平気症」の子供も増えており、専門家は「興味のあるものがベランダの外にあれば、どんな恐ろしい行動でも取れるのが子供の特性だ」と警鐘 を鳴らしている。(中井なつみ)
■親を探そうとして…
東京消防庁によると、同庁管内で発生した乳幼児の高所からの転落事故は、平成23~25年の間に65件発生。そのうち、56人が重症以上と診断されてい る。今年7月にも、東京都渋谷区のマンション1階にあるコンビニへ母親が出かけている途中、そのマンションの12階で留守番をしていた女児(4)=当時= がベランダから転落死する事故が発生。他にも、26年5月には、葛飾区のマンション10階のベランダから、4歳の男児が転落して死亡。このケースでも、母 親は兄弟に忘れ物を届けるために1階に外出しており、部屋には男児と妹だけが残っていた。
このように、ベランダからの転落事故の多くは「子供だけが室内に残っているとき」に発生していると考えられ、専門家も「子供は、親がいなくなった不安に耐えられず、何とかして親を探そうとする。外に親がいると分かれば、ベランダからのぞきたくなってしまう」と警告する。
■「高さ」の感覚育たず
「高層マンションの一室などで育つことで、高いところが怖くないという『高所平気症』の子供が増えている」。こう指摘するのは、福島学院大の織田正昭教授(福祉心理学)だ。
織田教授によると、昭和60年代ごろから、高層マンションで子育てをする家族が増加。子供が高い場所が危険かどうかを判断する感覚は、4歳ごろまでに大 人の約8割ほどのレベルまで発達するが、この時期を高層階で過ごす子供も多くなった。子供は、自分の目線の高さを基準に地面との距離を把握し、「高いかど うか」を判断する。そのため、高層階の部屋では空に近い景色は見えても地面が見えないため、高い場所が怖いと思う感覚が育ちにくいのだという。
織田教授は「高層階で暮らす子供は、意識的に地上で遊ぶ機会を取り入れてほしい」と話す。滑り台やジャングルジムなど、地面が見える範囲でさまざまな高さの遊具などで遊ぶなどし、感覚をつかませることが重要だという。
■ベランダでカフェ気分
都心部のマンションを中心に、限られた室内の居住スペースを少しでも有効活用しようと、ベランダを部屋の延長として利用する家庭も多くなっている。ベラ ンダにいすやテーブルセットなどを置き、自宅でカフェ気分を味わったり、晩酌をおしゃれに楽しむライフスタイルも提案されるようになった。しかし、物を置 くことが増える分、子供が転落するリスクが高まっているとの指摘もある。
東京都板橋区の女性会社員(43)は、長女(4)が生まれたときからマンション10階の部屋に居住している。ベランダからは富士山も見えるため、いすや テーブルを置き、気候のいい時期にはコーヒーなどを飲みながら外の景色を楽しんでいた。長女も、雨などで外出できない時にはベランダで遊ぶことも多く、長 い時間を過ごすことがごく当たり前の生活だったという。
しかしある日、長女はベランダのいすの上に上り、手すりに手をかけて、地面の方をのぞきこんでいた。「ぞっとしました」。すぐにいすは片付けたというが、「こんな高いところから外を見ようとするなんて、思ってもいなかった」と振り返る。
このように、子供は大人の想像がつかないような行動に出ることも多い。福祉の視点を生かしたまちづくりを研究する日本大理工学部の八藤後(やとうご)猛教授は、「子供の身体能力は、大人が思っている以上に発達していることを知ってほしい」と指摘する。
八藤後教授らが都内の幼稚園児約90人を対象に行った調査によると、4~6歳の子供でも、高さ70センチほどの台には簡単に足をかけて上ることができた という。現在、建築基準法ではベランダの手すりの高さを110センチ以上にすることが定められているが、もし高さ約70センチの物の上に子供が登った場 合、体の大半が柵より上に出てしまうことになる。また、ベランダにプランターなど20~30センチの“踏み台”になり得る物があれば、子供はそれを足がか りとし、ベランダの柵の上に身を乗り出すこともできる。八藤後教授は「頭が大きい子供は、その重みで少し乗り出しただけでも転落する」と警告する。
他にも、エアコンの室外機などは柵から離れたところに設置しておけば安全だと考えられがちだが、両者の距離が60センチ未満であれば、子供は室外機に 登ったあと、簡単に柵まで飛び移ることができる。「子供は、まるで忍者のような動きができることを頭に入れておいてほしい」。子供が部屋からベランダに1 人で出られないよう、施錠を2重にするといった対策を徹底することが大切だ。
■構造的な問題も
マンションの構造的な問題から、転落リスクが高くなっている物件もある。
昭和40年代から50年代ごろにかけて都心部を中心に建設されたマンションには、ベランダの柵に唐草模様など凝った装飾が施されているものが多い。こう したデザインの柵では、子供が足をかける場所がたくさんある。この場合は、半透明のアクリル板などで室内側からカバーするなどの対策が有効という。一方、 外が全く見えないような素材で目隠しをしてしまうと、かえって「外を見たい」という子供の好奇心を刺激し、ベランダの柵を登りたがることにも注意が必要だ そうだ。
また、子供の転落事故が相次いでいることを受け、独自に自社の物件の設計基準を見直した取り組みもある。分譲マンションを手がける大京(東京都渋谷区) では、平成24年に「バルコニーの足掛りに対する安全対策」をまとめた。(1)エアコンの室外機と柵の間を60センチ以上開けること(2)室外機を置く場 所を、高さ90センチ以上の柵で囲うこと-などを定め、これ以降に設計した自社のマンションには、いずれかの整備を義務づけた。同社品質管理課の片桐務担 当課長は「転落対策を取れば、バルコニーの面積が狭くなることは事実。ただ、安全には変えられない」と力を込める。八藤後教授も「安全を確保するために は、建築基準法での柵の高さの規制をより厳しくするなど、見直しが必要ではないか」と話している。