高級化する家いれ、コーヒーに第4の波

自宅でおいしいコーヒーを味わいたい、コーヒーがある暮らしや空間を楽しみたいという人が増えている。2015年ごろ米国から上陸した“サードウエーブ(第3の波)”の洗礼を経て、豆や抽出器具が注目を集めている。いわばコーヒー“第4の波”の到来だ。

【写真で見る】クリアな味わい…特殊なアルミ缶ボトルに入れられたブルボンポワントゥの豆

 「いい仕事をした年は、自分へのご褒美に買う」。東京都内で開かれた“幻のコーヒー”「ブルボンポワントゥ」の試飲会。出席者の1人で、映画関係の仕事をしているという大石恵美子さん(47)はこう話した。ブルボンポワントゥは、文豪バルザックやルイ15世を魅了したとも言われるコーヒーで、UCC上島珈琲(本社・神戸市)が5日から限定発売。豆150グラムで1万2960円(税込み)というお値段だ。

18世紀に仏ブルボン島(現レユニオン島)で発見され、当時の権力者や文化人に愛された。ポワントゥとは“とがった”の意味で、この豆の木、葉、そして豆そのものがとがっているのが特徴。「野花を集めたよう」と表現される繊細な香りで、甘味を含んだ酸味があるクリアな味わいだ。コーヒーの品種は大きく分けると、アラビカ種とロブスタ種に二分される。現在世界中で飲用されるコーヒーは、およそ7割をアラビカ種が占める。そのアラビカ種の代表がブルボン品種で、このブルボンポワントゥは、その原種に近いとされる。

1714年にルイ14世がブルボン島でのコーヒー開発を命じたのが、そもそもの発端。翌年コーヒーの木が島に渡ると修道院などによる栽培が広がるが、71年に突然変異からブルボンポワントゥが発見される。しかし、同島でのコーヒー栽培は1840年頃にピークを迎え、徐々にサトウキビ栽培にシフト。ブルボンポワントゥの生産についていえば、1942年の輸出記録を最後に途絶えている。これをUCCが現地の自治体や研究機関と協力して復活させ、2007年に販売し始めたのだ。

時の権力者に愛されながら一度は姿を消し、現代によみがえった幻のコーヒー-。こうしたストーリーやうんちくも、コーヒーの楽しみの1つだ。大石さんも復活の物語とその世界観に魅了された1人。納得のいく仕事ができた年に限り、この豆を購入し、友人に分けたり、味わう会を開いたりしてきたという。今年はちょうど発売10周年。UCCは、豆の香りを閉じ込め、酸化を防いで品質を長期間保つ、特殊なアルミボトル缶を導入した。従来、喫茶店などの業務用に使われていたバルブ付き包装を、ブルボンポワントゥのために家庭用に新規改良したものだ。

キャップをひねると、香気成分を含む炭酸ガスが音を立てて放たれる。開封時の香りの強度は一般品の6倍という。容器を開発したUCCイノベーションセンターの橋本雄介さんは「開けた瞬間の音、香りも楽しんでほしい」と話す。UCCマーケティング本部グルメコーヒー事業部の緒方恵介部長は「コーヒーは、その人らしいライフスタイルを演出するのに必要なものになった」と語る。インテリアになじむ抽出器具を用いたり、食品との組み合わせを楽しむなどして、コーヒーのある空間そのものを楽しむようになっている。

試飲会では、コーヒーと食品をともに楽しむ「フードペアリング」のコツも披露された。(1)同質のものを合わせる(2)互いに補うものを合わせる-のが秘けつだという。(1)は例えば、酸味が特徴のコーヒーにフルーツやヨーグルトといった酸っぱいものを合わせる。方向性が同じものを合わせることで、それぞれの良さが増長されるという。(2)は、酸味が特徴のコーヒーに甘さや苦さのある食べ物を合わせて、味わいに奥行きを与えるといったやり方。苦みの強いコーヒーに甘さ控えめのスイーツを合わせるなど、味の強さに差をつけるとお互いを際立たせて成功しやすい。ペアリングで避けるべきは、対照的な味同士を合わせること。相殺作用で、それぞれの特徴を消し合ってしまうという。

試飲会では、(1)の考え方に基づいて、コース料理を模した料理と、同じ豆を異なる方法で抽出したコーヒーのペアリング例が紹介された。さっぱり軽い味わいの「水出し」には前菜がわりのオリーブの酢漬け、コクがあり豆の油分も楽しめる「フレンチプレス」にはメーン料理になぞらえたベーコンハニーマスタード、デザートのみたらし団子には苦みが抑えられる「ペーパードリップ」のコーヒーを合わせた。そして、フルーティーな香りと澄んだ酸味のブルボンポワントゥには、ヨーグルトと果物をトッピングしたシリアルのペアリングが提案された。

昨今のコーヒーブームの背景には、コンビニエンスストア店頭でのいれたてコーヒーの人気があるのはまちがいない。バリスタがいるはずもなく、機械がいれるのだが、豆をひいて1杯ずつ抽出すればこんなにコーヒーはおいしい、と知る人が増えた。その結果、注目を集め始めたのがコーヒーメーカーだ。豆ひきから行う全自動タイプが増え、高価格帯のものも売れ行きが好調だ。雑貨店「無印良品」を運営する良品計画(本社・東京都豊島区)が今年2月発売した「豆から挽(ひ)けるコーヒーメーカー」は、価格は3万2000円と高めながら、年内で累計2万50000台の販売台数を見込む。うち3000台は発売前の予約段階で完売した。

この無印良品のコーヒーメーカーは、プロがいれる「ハンドドリップ」の味を再現するため、豆を均一な粒にひくミルや、30秒の蒸らし機能を搭載。豆と水をあらかじめセットしておけば、タイマーで自動的にコーヒーが抽出されるため、忙しい朝にも本格コーヒーが手軽に飲めると評判だ。さらに高価格帯のマシンも一般家庭向けに登場している。イタリアの家電ブランド、デロンギのエスプレッソ式の全自動コーヒーマシンは、エントリーモデルの「マグニフィカ」で9万5000円(希望小売価格、税別)。最新のフルスペックモデル「エレッタ」になると、なんと24万円(同)もする。

同社の全自動マシンは、水と豆を計量するところから、豆をひく、抽出する、カップに注ぐ(機種によってはミルクを注ぐ)、カスを捨てる、洗浄-まで、すべての行程が自動で行われる。本体内にためられたカスは週に1度ほどの頻度でまとめて捨てればよく、まったくといっていいほど手間がかからず本格コーヒーを楽しめてしまう。1杯ずついれるので、容器に数杯分をまとめて抽出するやり方に比べ、コーヒーが酸化しづらく香りも飛ばない。機種によってはラテやカプチーノなどのミルクメニューも楽しめる。同社の全自動マシンの販売台数は11月までの6カ月で、前年同期比191%の成長をとげている。

デロンギ・ジャパンのマーケティング部の田村恵理奈さんは「昨年までは高所得者層の方が購入されていると感じたが、現在はさまざまな層のお客さまに興味を持っていただけている」と話す。

所有することに重点を置くモノ消費から体験を重視するコト消費へのシフトが進む中で、「自宅でお店のようなおいしいコーヒーが毎日飲める、長く続く体験にお金をかけたいという賢い消費者が増えているのでは」と田村さんは分析する。

高級コーヒー器具の人気の秘密には、“インスタ映え”するインテリア性も見逃せない。高価なことも相まって、インスタグラムなどの交流サイト(SNS)に写真とともに投稿する購入者も少なくない。スマートフォンやパソコンなどのデジタル機器の新製品を手に入れた人が製品を開封するようすを開陳する「開封の儀」と呼ばれるジャンルの動画やブログがネット上にあるが、これと同じことを行うコーヒー愛好家もいるという。見栄えや機能にこだわりを持ってお金を惜しまない消費者が増える中、専門家はコーヒー豆をひく「ミル」(粉砕器)にも気を配ってほしいと話す。

東京・広尾のイタリアンバール「ピエトレ・プレツィオーゼ」オーナーでバリスタの阿部圭介さんは「切れない包丁で食材を切ってもおいしい料理はできないのと一緒。器具を買うときにお金をかけるべきはミルです」と語る。一般的な全自動コーヒーメーカーが採用しており、独立したミルとしても商品が多いプロペラ(ミキサー)式は比較的安価だが、プロペラのような刃で豆を粉砕するため粒がそろわず、摩擦熱で香りが飛びやすい。デロンギのマシンが搭載するコーン(コニカル)式は、トウモロコシのようなとがった形状の刃で徐々に小さく切って均一なパウダーをつくる。熱が発生しづらく、酸化も防げる。(文化部 松田麻希)

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