ブームの終焉か……。
1本1000円以上する食パン、度肝を抜かれる奇想天外な店名・店構え、かわいいねこ型食パン……。そんな“高級食パン”や“ユニークパン屋”のブームにかげりが見えてきているというニュースを耳にするようになりました。
これは少なからず事実のようで、某カリスマプロデューサーが手掛けた個性的なパン屋はじわじわ閉店、モスバーガーが渾身の一手としてはじめた持ち帰り専用食パンも約半年で終わりを迎えてしまいました。
◆高級食パンブームは終わってしまうのか?
高級食パンブームは本当に終わってしまうのでしょうか。そこでもう少し視野を広げて、“新業態ベーカリー”を見ていくと、しっかり根づいて愛されているお店もあり、その明暗には“決定的な戦略の違い”があることに気がつきました。
そこで今回は、失敗してしまう高級食パンの原因を探りながら、継続的に多くの人々に選ばれる“成功パン”の秘訣を探してみることにしました。
◆一途な「高級生食パン」が不振に苦しんでしまう理由
はじめに、シンプルで上質そうな「高級食パン」を看板商品とするお店が、なぜ“負の要素”をはらんでいるのかについて考えてみたところ、3つの理由が浮かび上がってきました。
①毎日そんなに食べ続けられない
そもそも食パンを食べる場合、1人が食べる適量は1~2枚。値段はさておき、好き好んで食パンばかり食べている人は、それほど多くはないでしょう。
また、ブームになった“生食パン”の賞味期限の短さ(1~2日、あとは冷凍するしかない)を考えれば、理想の状態で全部食べ切ることを保証してくれていないことに気がつきます。
②コンビニやスーパーの食パンが、ちゃんとおいしい
本当に高価格に相応する価値があるか? という点でも疑問が生まれます。
「ストレート法」という短時間発酵で作られることが多い高級食パンは、その日に食べる“生食感”を魅力にしていますが、翌日以降、味が落ちやすく、普段スーパーやコンビニ等で気軽に購入できる「中種法(発酵時間が長く、時間が経っても劣化しにくい)」よりも簡易な手法と解釈できなくはありません。
③贈り物やビジネス用途で選ばれにくい
自分で購入することを考えた場合、食パンは“朝ごはん”のイメージが強く、極上感よりも手頃さが喜ばれるでしょう。また、人に渡すプレゼント需要を考えた場合、菓子のようにビジネス用途や贈り物としてのパワーが若干弱いのかも。嗜好品というよりは定番・王道さが強みになりやすいとも言えます。
つまり、“生食パン”という当初新ジャンルのように感じられた発想は、継続的なファンを作り上げるには、コンテンツとして十分かつ継続的な実力を持っていないことが明らかになりつつあります。それではもう一方、あの“ユニークなパン屋”は一発屋で終わってしまうのでしょうか?
◆奇抜なネーミングのパン屋が、必ずしも成功しない理由
地方活性化や個人店の世代交代の流れが後押ししたこともあり、全国各地における“奇抜なパン屋”の登場が話題になりました。これらの登場は、従来のパン屋ではもち得なかった世界観として、ファッション系メディアからも注目され、“気になるあの子”的な魅力を放ったのだと思います。
でもやっぱり大事なのは、「味」。パンはブランドやイメージだけで選ぶわけではないですし、「海外ブランドだから……」という時代も終わっているように感じます。
これは他の食品における事例を探してみればわかりやすいでしょう。直感的に眼を見張るようなユニークさが独走して長年愛されている名品は、そう多くはないはずです。
◆消費者がパン専門店に求める、お客の期待とは
それでは、令和時代に続々登場しているパン専門店に、未来はないのでしょうか? 決してそんなことはないと私は信じています。その理由は、実際に確かな評判を獲得しているお店がたくさんあるからです。
例えば、ファッション事業で有名なベイクルーズが展開するベーカリーショップ「BOUL’ANGE(ブールアンジュ)」は、ビジュアルだけでなく味においても人気を博しています。
圧倒的な存在感を放つのは、美しいクロワッサン。赤、黒、緑などのしま模様がなんとも美しく、他ではなかなか味わえない風味があり、心に残ります。種類も豊富で、お客を飽きさせることがなく、これならリーズナブルなパンと比較することもありません。
◆愛されるベーカリーは他にも
「トリュフベーカリー」も好事例のひとつ。ヨーロッパの専門食材を扱う事業を基盤とした商品づくりが強みで、商品数も店舗数も着実に増やしています。食卓パンに“トリュフ”を加えて焼き上げた「白トリュフの塩パン」は自社の強みであう特選食材を活用した名作です。
他にも、地方活性型のFCベーカリー「小麦の奴隷」は全国展開が進み、新食感のザクザクカレーパンを看板商品として、初心者でも参入しやすいビジネス基盤が確立しています。つまり、単においしいだけではなく、ビジネスの継続性や戦略まで構築されているケースが実証されています。
◆ブランドイメージだけで消費者はついてこない
食パンという1ジャンル、かつブランドイメージのような直感的要素だけで消費者はついてこないということ。
消費者のニーズや好みは変わっていくものですし、そこには多様性も存在しますから、それらをふまえた商品作りや価格設定を、冷静なビジネス視点で戦略的に考える必要があるでしょう。
また、パン作りの確かな技術が活用されていること(熟練された職人が必ずしもいなくてよく、それに代わるようなテクノロジーがあればOK)やホスピタリティも重要。予約をしないと購入できないような、お客に手間や無理を強いる場合は、それ以上の満足度で期待に答える必要が出てくるということも忘れてはなりません。
消費者のニーズを丁寧に捉えて、さまざまな試行錯誤や進化をしているベーカリーは、すぐに閉店に追い込まれてしまうことはないはずです。
これからも素晴らしい名店が登場することを楽しみつつ、素直にパンへの愛情を深めていければなと、消費者の立場としても強く願っています。
<文・撮影/食文化研究家 スギアカツキ>【スギアカツキ】
食文化研究家、長寿美容食研究家。東京大学農学部卒業後、同大学院医学系研究科に進学。基礎医学、栄養学、発酵学、微生物学などを学ぶ。現在、世界中の食文化を研究しながら、各メディアで活躍している。女子SPA!連載から生まれた海外向け電子書籍『Healthy Japanese Home Cooking』(英語版)好評発売中。著書『やせるパスタ31皿』(日本実業出版社)が発売中。Instagram:@sugiakatsuki/Twitter:@sugiakatsuki12