動画や音楽といった大容量データの送受信を移動中でもスムーズにできる、モバイルブロードバンド市場が一挙に拡大しそうだ。携帯電話やノートパソコンの使い勝手がさらに良くなるため、消費刺激が期待される。NTTドコモなど携帯電話会社は相次ぎ、毎秒数十メガ(メガは100万)ビットの高速データ通信サービスの開始を表明している。スマートフォン(高機能携帯電話)の普及もモバイルブロードバンド時代を後押しする。(芳賀由明)
◆国際標準を採用
KDDIなどが出資するUQコミュニケーションズ(東京都港区)は来年5月、東京・大手町周辺で、最大毎秒330メガビットと光サービスの3倍の超高速無線データ通信の実証実験を行う計画だ。
10月に実施した有線による実験とは異なり、実際に移動中の車と基地局との間で交信し、車の速度やビルなどの影響による送受信状況を検証する。光サービスの3倍以上、無線としては世界最高速の通信技術が2012年中の商用サービスを目指して動きだす。
UQはインテルなどが中心となって推進する高速無線データ通信規格「WiMAX」を導入しており、現在は最大毎秒40メガビット(受信時)のサービスを提供している。実験するのは次世代版の「WiMAX2」。UQの野坂章雄社長は「計画では商用化は2012年中としているが、少しでも早い時期に提供したい」とする。
携帯電話各社も高速データ通信サービスに相次ぎ乗り出す。NTTドコモはスマートフォン新モデルなど冬春モデル28機種を11月8日に披露した。そのなかで注目を集めたのは最大毎秒37.5メガビットの高速通信サービスが可能な「クロッシィ」だった。発売日は「クリスマスプレゼント」に照準を定め12月24日とした。国際標準規格「LTE」に基づく国内初のサービスで、欧米やロシアで数社がすでに提供しておりモバイルブロードバンド技術の主流になるとみられている。
NTTドコモの山田隆持社長は「2012年には全国主要都市で提供し14年には基地局3万5000カ所、人口カバー率70%を達成し、利用者1500万人を目指す」とそろばんをはじく。
クロッシィの利用料金は使用データ量が3177キロバイトまで月額1000円、5ギガ(ギガは10億)バイトまで6510円と2段階の定額方式とした。5ギガバイト超は2ギガバイトごとに2625円を加算する。完全定額制を避けたのは、少数ユーザーによる極端な占有を避けることで限られた電波の有効利用を図るためだ。
ただ、12年4月末にはデータ使用量の上限なしで月額4935円の定額キャンペーンを展開する計画で、スタートダッシュを狙う。また、羽田空港やJRの一部主要駅などでは通常の2倍となる高速通信サービスの提供も考えている。
◆ソフトバンク模索
KDDI(au)とソフトバンクモバイルもLTEによる通信サービスの提供を発表しているものの、開始時期はドコモより1~2年遅れる予定だ。「モバイルブロードバンドに2年も遅れたままでは4G(第4世代携帯電話)で負けが確実」(外資系証券アナリスト)とみられるだけに、両社とも戦略の見直しを迫られている。
ソフトバンクとイー・モバイルは、現行のデータ通信規格の拡張版「DC-HSDPA」を年末から来春にかけて提供し、ドコモのLTEに対抗する。イー・モバイルのエリック・ガン社長は「国内だけでなく、世界でも最速のモバイル通信になる」と胸を張ったが、今月19日の予定だったサービス開始日を直前になって「12月中旬」に延期。ソフトバンクも来年2月下旬以降と開始時期を明確にしていない。
一方、LTEの提供がドコモに丸2年遅れるKDDIは11月5日に従来比3倍となる9メガビットのデータ通信サービスを導入した。しかし、2年間の遅れを取りもどすにはこれだけでは難しい。そこで、KDDIがひそかに検討しているのが携帯電話とWiMAXのハイブリッド端末だ。
その第1弾が、WiMAX機能を標準搭載したタブレット型情報端末の製品化だ。
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■出遅れKDDIに「隠し球」
音響機器のオンキヨーが開発した端末に、WiMAXと携帯電話が使えるデータ通信カードをセットで販売する。基本ソフト(OS)にはマイクロソフトの「ウィンドウズ7」を搭載する。主要ターゲットはビジネス需要だが、この先にあるのが個人向けの「WiMAX付き携帯電話」という。
UQコミュニケーションズの前社長としてWiMAX事業を軌道に乗せたKDDIの田中孝司専務が12月1日にKDDI社長に就任することで、ハイブリッド端末は現実味を帯びてきた。
英調査会社ジュニパーリサーチによると、LTE加入者によるモバイルブロードバンドの売り上げは14年に700億ドル(約5兆8500億円)に達すると予測する。
ただ、有限な電波を利用するモバイルブロードバンドは、特定区域で利用者が増えればその分、通信速度が低下するのが難点。映像や書籍、音楽といった大量データが一気に電波に乗れば、速度低下どころか使用できない事態も予想される。市場が大きくなるには、周波数の再編・有効利用や電波の高効率伝送技術の開発も不可欠となる。