宮城県気仙沼市で鮮魚卸店と回船問屋を営む安藤明子さん(76)が歌集「青い鱗(うろこ)」を自費出版した。歌は東日本大震災後、心の癒やしとして詠み始めた。商い、人生、震災、家族。率直なまなざしの556首を収めた。
<大津波魚市場も家屋も呑(の)み込みぬ「助けて!」の声耳より去らず>
歌集は本紙の河北歌壇に初めて掲載された一首で始まる。震災後に体調を崩し入院していた病室で、兄が掲載を知らせてくれた。
5月に入り、<若葉露散らし吹く風伝えてよ気仙沼は今立ち上がるぞと>を詠んだ。「気仙沼も私も奮い立つという決意。印象に残る一首」という。
安藤さんは市内の農家に生まれ、1964年に結婚。おかみとして「磯屋水産」を切り盛りしてきた。震災の津波で店は2階まで浸水し工場なども被災。仮設店舗を経て2014年、同市港町に新店舗を構えた。
短歌は「魚一筋の人生。子育ても義母に任せきりだった」という安藤さんにとって初めての趣味。「震災の苦しさからの逃げ場であり癒やし」という。短歌結社「熾(おき)の会」に入会し、身近な素材をこつこつと詠んできた。
「青い鱗」は気仙沼の象徴である青魚のカツオとサンマが由来。「カツオが水揚げされると気持ちが浮き立つ」という。<鰹来た!市場に活気の漲(みなぎ)りて船もカモメも忙しくうごく>は、そんな心情を描いた。
四六判、223ページ。熾の会代表で歌人の沖ななもさんは「安藤さんの対象に向かう姿勢は公平」との文を巻末に寄せ、家族、魚、業者など何事に対しても視点が変わらず、上から見ることも下から見ることもないと記した。
出版は喜寿の記念にと夫の勝之さん(82)が決めた。「初心者で技量もなくためらったのですが。でも今後も歌は続けたい」と安藤さん。午前4時に起きて店に立ち、夜に創作に励む。