時計の針がちょうど正午を指し、本来ならば食事に繰り出した市職員らでにぎわいを見せるはずの中心商店街には7日、人っ子ひとり姿が見えなかった。
「これが高齢化社会を迎えた地方のなれの果てです」。北海道夕張市の本町商店街振興組合の高村健次理事長(76)は、淡々と語る。
■給与は4割削減
民間研究機関「日本創成会議」(座長・増田寛也元総務相)は昨年5月、都市部に人口が集中し、地方での自治体の運営が行き詰まり、2040(平成52)年までに若年女性の減少率が50%を超え、全国896市区町村が消滅する恐れがあると試算した。
その中で、夕張市は減少率84・6%と非常に高かった。「みな現実を理解しています」。高村理事長は語る。夕張市は平成19年、財政再建団体となり、財政 破綻した。市は約350億円の借金を返していかねばならず、返済を終えるのは10年以上先。その間、行政の運営では「全国最低最小」が追求されるという。
仕事量は変わらないものの、職員数はほぼ半減の120人近くにまで減らされ、給与も当初は年約4割削減された。「懲戒処分を受けたようなもの。私の場合の 年収は、およそ200万円近く減って300万円になった」。市職員労組の委員長で建設課で勤務する佐藤由士昌さん(41)は源泉徴収票を確認しながら、た め息を漏らした。
妻と幼い子供を養う佐藤さんは、貯蓄を切り崩す日々だという。その蓄えも底をつき「この年で親から支援を受けるときもあるんですよ」と、あきらめに似た表情を浮かべる。
生活に余裕のある職員はおらず、昼食時はほぼ全員が持参した弁当を机で広げたり、カップラーメンをすすったりする。「たまの外食が話の種になるほどだ」。ある職員も明かす。
地方経済で大きな位置を占める市職員が、地元でお金をほとんど落とさず中心商店街は疲弊。市役所を中心に1日200件近くあった出前の注文が皆無になったという飲食店もあった。
本町商店街振興組合の加盟は、破綻前は50軒近くだったが、この8年で12軒にまで減少。振興組合は来春の解散を決めた。「客が来ないので店や商店街に手 が入れられず魅力が薄れ、また客足が減る。悪循環を断ち切れない。このまま朽ちるしかない」。高村理事長は苦渋の表情を浮かべる。
■やむなく村外へ
奈良県川上村は、若年女性の減少率が全国で2番目に高い89・0%になると試算された。予想では、若年女性はたったの8人になるという。人口はこの50年間で5分の1にまで減り、今年1月時点で1603人。
村内にスーパーやコンビニエンスストアはなく、買い物は車で30分の隣町まで出るしかない。鉄道の駅はなく、バスは1日4本。高校がないため、中学を卒業した子供は村外で就職、居住するケースが多い。
土産店で働く下西弥栄子さん(50)の長女(30)と長男(19)も高校進学を機に村外に出た。村に1校しかない中学を卒業した次女(15)の3人の同級生も全員村外へ出たが、次女には「寂しいから」と、桜井市内の県立高校に片道2時間かけて通わせている。
始発のバスでも始業時間には間に合わないため、隣の吉野町にある最寄り駅まで下西さんが毎日車で30分かけて送迎している。
「娘には村に残ってほしいけど、働く場所がなく結婚して子供ができるとここで生活するのは厳しい」と漏らす。「せめて、バスの本数を増やしてもらえれば…」。切実に訴える。
■「ピンチを好機に」
1日の乗降客数が200万人を超える池袋駅を抱える東京都豊島区。若年女性の減少率が50・8%と、東京23区で唯一、消滅可能性があると試算された。
豊島区は3月、上層階が居住部分という全国の自治体で初めてとなるマンション一体型の本庁舎を完成させ内覧会を開いた。マンションは発売2カ月ほどの短期で完売する人気ぶりだったという。
その真新しい庁舎の一角に設けられたのは、専門員が妊娠から出産、子育てに至る相談を受け付ける「子育てインフォメーション」だ。「消滅可能性が指摘され、急遽設けられた」。庁舎建設室長の小池章一さん(47)は説明する。
消滅可能性自治体となったことに対し、区は人口が一時的に減少した年代で算出されたためだとし、実情は大きく異なるとみている。内覧会を訪れた会社員の足 立誠治さん(52)も「ワンルームが多く家族が少ないように思うが、まさか消滅はしないだろう」。主婦(66)も「こんなに栄えているのに、なくなるとは 到底思えない」と語る。
ただ、消滅可能性の指摘後、区は子育て世代の女性職員らで構成するチームを立ち上げ、意見を区政に反映させる仕組 みを作るなど、若年女性への施策の充実を図っている。子育てインフォメーションもチームの意見を取り入れてできた。小池さんは「ピンチを好機に豊島区を全 国に売り込みたい」と語る。
だが、豊島区の例は、少しの状況変化でも消滅の可能性に近づく将来が広がることを都市部の自治体にも突きつけた。小学生の息子と一緒に内覧会に訪れた主婦(47)は、息子の同級生が少ない現状に不安を抱く。「このまま子供が増えなければ、街はどうなるのだろうか」
■報酬手取り14万円
統一地方選後半戦。消滅の現実が目に見えて近づく北海道夕張市でも市長選と市議選が行われる。破綻後に議員定数が9に半減されたが、なり手確保は難しいのが実情だという。
「会社員を辞めてまでなろうという人は出ないですよ」。今期限りでの引退を表明している高橋一太議長(45)が明かす。
議員報酬は、月18万円で手取りだと14万円ほど。議長も、手当を入れ額面で23万円で「これだけで食べていくのは無理だ」と語る。
高橋議長は実家の飲食店の手伝いで生計を維持。副議長も豆腐屋を営み、何とかやってきたが、今期途中で店を畳んで会社勤めを始め、今回は出馬できないという。「これが現実ですよ」。高橋議長は語る。
疲弊する街の住民は市に何を期待するのか。「どうせ何もできない」。3階建て市営住宅が並ぶ清水沢地区の井藤ミキ子さん(80)は投げやりに答える。
介護が必要な高齢の夫(88)と暮らすが、自らも病院通いが続く。だが破綻後、総合病院は診療所となり、診療科目が減った。昨年、目を手術したが診療所に眼科はなく、市外の病院に通い検査だけでも半日を要しているという。
最近はひざも悪くなり1階に下りるのも苦労するようになった。周囲の助けを借りたいが、住民の流出が後を絶たず、最大18世帯が入る棟には6世帯しか住ん でいない。隣の棟は5月、2世帯が転居し、2世帯しかいなくなる。その前の棟は無人だ。「お金があれば出ていけるんだけど、蓄えもないしね」。井藤さんは 悲しげな表情を浮かべる。
■しなくて済む苦労
新夕張駅近くに住む谷口鏡子さん(48)も苦境を訴える。東京23区がすっぽりと入る面積を持つ夕張市だが、破綻後、4校あった中学校と、7校の小学校は各1校に統合された。
谷口さんは三男(13)の通学で苦しめられた。元々は歩いて10分ほどの小学校に通っていたが、約10キロ離れた学校に統合され、路線バスでの通学が始まった。
三男は、極度にバスに酔う体質。梅干しや酔い止め、前の座席に座るなど、あらゆることを試したが効かず、一時は自費での電車通学を学校に認めてもらったほどだった。「しなくて済む苦労をした」と話す。
ゴミ回収有料化、軽自動車税増税、下水道使用料引き上げ…。「高負担に最低の行政サービス」という夕張市に見切りをつけ、移転する住民は後を絶たない。破 綻前に約1万2千人だった人口は、この8年の間に1万人を割り込んだ。谷口さんは統一地方選を前に訴える。「せめて、この地で生きる意義だけでも示してほ しい」