「今、カセットテープがブーム」という。1990年代、CDなどの普及に伴い、音楽の記録媒体としての地位を追われて退場したかに見えたカセットテープ。しかし、そのアナログの魅力が再評価され、新たな輝きを放ち始めている。「ブーム」の背景を探った。【浜名晋一】
◇カセットテープの音は心地いい
東京・中目黒の閑静な住宅街の一角にあるカセットテープ専門店「waltz(ワルツ)」。昨年8月にオープンした店内には国内外の音楽テープ約5000本の他、昔懐かしいラジカセや携帯音楽プレーヤー「ウォークマン」などの商品がずらりと並び、アナログの音にみせられたファンでにぎわっている。
店を始めたのは、アマゾン・ジャパンで音楽事業の展開などに携わった経歴を持つ角田太郎さん(47)。IT業界から一転、アナログの商品を扱うビジネスを起業したのは、「一度終わったものに新しい価値を提案したい」という思いだった。
角田さんによると、店を訪れる人の年齢はさまざま。懐かしさを求めに来る30代以上の音楽ファンがいる一方、カセットテープの時代を全く経験していない若者も多い。「彼らにとって、カセットテープはデジタルの次に来ている新しいメディア。そこにノスタルジーは全く介在していない」と角田さんは言う。
それでは、カセットテープに代表されるアナログの音の魅力とは何なのか。角田さんは「ハイレゾ(高解像度)など技術的に高音質というのと、耳に聞こえる心地よさはレベルの違う話」としたうえで、アナログの音が心地よく聞こえる訳を「音の柔らかさや、ノイズ(雑音)も含めたリアリティーにある」と説明する。
さらに、カセットテープやラジカセの持つ「ガジェット(道具)感」も魅力の一つという。カセットをラジカセに入れ、再生ボタンをガチャッと押す、あの感覚だ。インターネットでデータを受信しながら再生するストリーミングと対極的で、「デジタル世代にはすごく新鮮。逆にクールなものに映る」。かつてのようにウォークマンを腰に付け、歩きながらヘットホンで音楽を聴くというレトロなスタイルを楽しむ若者もいるという。
◇今はカセットテープの黎明期
角田さんは、カセットテープが注目を浴びる背景には、CDの売り上げが減少する一方、定額で好きな曲を何万曲も聴ける音楽配信サービスが普及するなど、音楽を取り巻くビジネスモデルの変化があると指摘する。「安価で聴きやすい状況ができたのに、みんな音楽を聴かなくなっている。有り難みが損なわれると、そこから離れていくからだ」。これに対し、「曲をスキップできないカセットテープでは、A面の1曲目からB面の最後まで音楽と対峙(たいじ)して、楽しさを再認識できる」。
昨年、松田聖子が新譜をカセットテープでリリースするなど、アーティストの側にも動きは広がっている。「今後、カセットテープの再評価が進み、ムーブメントが起きる予兆は確実にある。今は黎明(れいめい)期だ」。角田さんはそう確信している。
◇70年代人気モデルの復刻版も
「ブーム」はメーカーも動かした。国内で唯一、現在もカセットテープの生産を続ける日立マクセルは11月25日から、70年代の人気モデル「UD」シリーズのデザインを忠実に再現した復刻版を限定発売する。66年に国内で初めてカセットテープを商品化してから今年で50年を迎えたのを記念したもので、6万巻を家電量販店や自社サイトで販売する。
日本記録メディア工業会(2013年解散)のまとめによると、ピークの89年には5億巻以上あったカセットテープの国内需要も、MDやCD-Rなどの登場により、年々減少した。同社は現在も月100万巻を発売。カラオケの練習用などとして高齢者を中心に根強い人気があるが、数年前からカセットテープへの注目が高まったこともあり、復刻版の発売に踏み切った。
復刻版に対しては、問い合わせも多数寄せられており、同社も「予想以上の反響」と驚く。執行役員ライフソリューション事業担当の乗松幸示さん(57)はUDが発売された頃は10代。「カセットテープは青春そのもの。年配の人だけでなく、若い人にも注目されているのはうれしい。これからもカセットテープの良さや伝統を残したい」と話している。
◇カセットデッキも“復活”
カセットテープを再生する車載用カセットデッキも“復活”している。大手メーカーがカセットデッキの生産から手を引く中、カーオーディオメーカー「ビートソニック」(愛知県日進市)が14年から製造・販売を開始。昨年の販売台数は約1500台に達した。
同社技術部の藤岡潤二さんによると、カセットデッキの製造はユーザーからの要望がきっかけだった。「デジタル化が進めば進むほど、アナログ回帰も進む」と話す藤岡さん。「今後は家ではハイレゾ、車の中ではアナログというように、ユーザーもバランスよく使い分けをするのではないか」と予測している。