<リスクと向き合う>「食」の周辺 食品セシウム、4月厳格化 生産者、終わらぬ試練

 食品に含まれる放射性セシウムの基準が厳しくなる。作る人、口にする人、届ける人。原発事故に翻弄(ほんろう)されてきた人々が、改めて苦悩を深めている。
 福島県郡山市の住宅地にある農産物直売所「鈴木農場」。1月下旬、2~3畳ほどのスペースに大玉のキャベツや白菜が並んでいた。25年営業を続ける農家の鈴木光一さん(49)は、長さ約30センチの「御前人参(ごぜんにんじん)」を手につぶやいた。「味は誰にも負けない」
 03年から毎年1品種ずつ、味にこだわった野菜のブランド化に取り組んできた。中でも2本198円の御前人参は、最大のヒットだった。新作のカボチャに取りかかろうとしていた矢先、東方約65キロにある福島第1原発で事故が起きた。
 手塩にかけた作物の検査で、暫定規制値を超える放射性物質は検出されなかった。しかし、東京で農業関係者との懇親会の際、「あえて福島県産は選べない」と言われた。他県の農家から「来ないか」と誘いもあったが、「原発事故に負けたくない」と断った。
 新基準値で、福島県産野菜は一層厳しくなるかもしれない。それに立ち向かおうと、鈴木さんは「おいしさの数値化」に挑んでいる。パッケージにQRコードをつけ、放射性物質の数値とともに栄養価や甘みなども数字で示す。農業試験場やNPOなど支援してくれる団体を探している。
 子供の摂取量が多い牛乳の新基準値は、一般食品より厳しい1キロあたり50ベクレルになる。
 雪印メグミルク(東京都新宿区)は、検査で問題のなかった原乳だけを扱う。北海道や東北など東日本各地産の原乳を混ぜて工場で製品化するため、生産者に「牛の飼料は自家製でなく、安全なものを購入して」と要請している。日本乳業協会は今月末から、東日本の牛乳製造工場で製品検査を行い、結果をホームページなどで公表することを決めた。雪印メグミルクの日和佐信子取締役は「基準値より低くても少しでも放射性物質が検出されれば大きな影響がある」と懸念する。
 ◇「ゼロ」を求める消費者
 「『放射能ゼロを目指す』と明記して」。東京都内で1月、政府が開いた新基準値の説明会。5歳、3歳、2歳の3人の娘を連れ参加した「NO!放射能 江東こども守る会」代表の石川あや子さん(34)は訴えた。
 同会は地域の放射線量を独自に測り、データを示して自治体に詳細な調査や除染を求めている。石川さん自身も野菜は九州などから取り寄せる。政府は影響が分からないグレーゾーンも「シロ」と言い切っているように感じるからだ。
 「基準値はできるだけ低く設定してもらいたい。子供と妊婦を守るため予防原則に基づく対策を進め、少しでも危険があれば知らせてほしい」と願う。
 千葉県船橋市の女性(40)も放射線の影響がなさそうな産地の食品を選んでいる。万が一、自分の子に何かあったとしても、その時にできる最善の努力をしたと説明したい。「産地で選んで買っているなんて大きな声では言えない。でも、そんな母親は多いと思う」
 リスクコミュニケーションを研究する「リテラジャパン」の西澤真理子代表取締役は「いくら基準値以下は安全だと言っても、納得できない市民は絶対にいる。もっと専門家が市民の中に入って具体的に説明すべきだ」と指摘している。
 ◇独自基準で安心確保 イオン、検出限界以下に限定 長野県松本市、給食は40ベクレル以下
 流通大手「イオン」は昨年11月、「放射能ゼロ宣言」をした。昨年3月から専門機関に依頼して6000点以上の食品を自主検査し、1キロあたり50ベクレルの「イオン基準」以上を検出した33点は取引を停止した。ゼロ宣言以降は、検出限界値以下の食品しか販売しない。クリアすれば、福島県産のコメも明記して店頭に並べる。
 食品管理を統括する近澤靖英執行役は「科学的な『安全』だけでは一般の人は納得しない。十分な情報提供による信頼関係があって『安心』につながる。それは生産者の保護にもなる」と言う。
 長野県松本市は小中学校の給食に1キロあたり40ベクレル以下の独自基準を設けた。4カ所の給食センターで昨年10月から毎日、食材の放射性物質の検査を行う。
 菅谷(すげのや)昭市長はベラルーシに5年半滞在し、チェルノブイリ原発事故の汚染地域で子供の甲状腺がん治療など医療支援を行った経験を持つ。ベラルーシの医師から、近年、子供の免疫力が低下し未熟児が増加していると聞いた。
 「内部被ばくとの関係は科学的に証明されていないが、現実に起こっていること。日本でも未成年は汚染された物を口にしない方がいい。残念だが、日本は汚染国になってしまったことを受け止めるしかない」
 一方で行政としては生産者を守ることも考えなければならない。
 「40歳を過ぎた人は放射線感受性が低く、基準値以下なら食べてもいい」とも訴える。

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