東京都中央区の晴海エリアで、2020年東京五輪に向けた選手村の建設がすでに始まっています。5000戸を超える住戸は、五輪後に大部分が分譲され、一部が賃貸住宅として活用される予定です。その影響を住宅ジャーナリストの櫻井幸雄さんが予測します。【毎日新聞経済プレミア】
東京五輪選手村の5000戸以上のうち、分譲されるのは4000戸程度。マンションは総戸数が200戸を超えると大規模とされるため、4000戸は大規模マンション20個分に当たる。それだけのマンションが短期間に分譲されることは今まで日本にはなかった。
これまでも総戸数が2000戸、3000戸規模となる分譲マンションはあったが、それらは10年、15年という長い期間をかけて複数の建物を順次建設。その都度分譲されてきたので、1回当たりの分譲戸数はせいぜい200戸から500戸だ。
◇1年で1000戸の大量供給
また、総戸数が500戸を超える大規模超高層マンションの場合、着工から完成・入居までに2~3年かかるものが多い。その2年、3年の間に複数回の分譲を行う。こちらも、1回当たりの分譲戸数は少なくなる。
今回のように「できあがっている建物を改修しながら短期間に分譲」ということはなかったわけだ。もちろん、1年間で4000戸を売り切るようなことはないだろう。しかし、建物は既にできあがっているので、改修しながら分譲するとして数年がかりというのが現実的と思われる。仮に3年がかりとして、1年当たり1000戸以上だ。
となると、「そんなに多くのマンションが一度に分譲されたら、売れ残りが生じるのではないか」という懸念が出てくるのは当然である。売れ残りが生じることで、湾岸エリア全体の不動産相場が下がるのではないか、と心配する声まである。
これは一大事、という結論を出したくなるのだが、はたしてそうなるかどうか。35年もの長い間、不動産を見続けてきた私の経験からすると、「そうはならない」と言いたい。
◇「予測は外れる」が過去の経験
これまで不動産の歴史は「大方の予測は、たいてい外れる」だった。
1980年代後半のバブルが始まる前は、「不動産価格が上がるわけがない」と信じられていた。しかし、そのバブルが崩壊したときは逆に「絶頂期より少し下がったところで止まる」というのが大方の予測で、これも外れた。まさか、20年間も下がり続けるとは思わなかったのである。
近年でも、都心の不動産価格は下がると言う人が多かったが、実際は上がり続けた。大方の予測は外れることが多いのだ。その理由の一つとして、「多くの人が信じる予測が出ると、それに対抗する動きが生じる」ことがあげられる。
たとえば、「住宅が売れなくなる」という予測が出ると、政府は住宅ローン控除を大型化するなどして購入を後押しする。住宅の売れ行き不振で、景気が悪化するのを止めようとするわけだ。結果、むしろ住宅の売れ行きが上がる状況が生まれてしまう。
では、「東京五輪の選手村が大量放出」された場合はどうだろう。ここでも、不動産相場崩れに対する政策が出てくる可能性がある。たとえば、選手村が位置する中央区の場合、これまで定住人口増加策をとり、マンション建設の規制緩和が行われてきた。結果、50階を超えるような「超高層」の上にもうひとつ「超」が付くような巨大マンションが次々につくられてきた。
◇中央区の政策が変わる可能性
中央区の人口は1953年の約17万人をピークに97年には約7万人にまで減少。これを回復させようとして、住宅を増やしたわけだ。その結果、16年には約14万人にまで増加。05年から10年までの国勢調査で、人口増加率が23区内で1位、全国でも2位となった。
すでに人口が増えているうえ、東京五輪選手村効果で1万2000人から1万5000人程度の人口増加が見込まれる。となると、「そろそろ、定住人口増加策を見直してもよいのでは」という議論が出てきておかしくない。その結果、マンション建設の規制緩和がなくなれば、今までのような巨大超高層マンションを建設しにくくなる。
20年までに新規の巨大マンションが減り、「中央区のマンションが買いにくくなったし、借りにくくなった」という状況が生まれたら、どうなるか。そのとき放出される東京五輪選手村の人気は一気に上がるだろう。
選手村マンションは「再利用」であるため、価格は割安になるはず。そうなると、爆発的に人気となり、4000戸が“瞬間蒸発”する可能性もありうる。私自身、あれほど便利な場所で割安なマンションが分譲されれば購入してみたいと思う。
東京五輪選手村の5000戸強は人気物件になることはあっても、“負の遺産”になることはあり得ない。