<特集ワイド>大盛りで秋満喫 安くてうまい、店の心意気

◇カツカレー・スパゲティ・焼き肉定食、若い人に笑顔を
 メタボが怖い、放射能による汚染はないかなど、何かと箸が重くなるような話題が多い今日このごろ。町中でもやたら細身の若者が目立つ。だが、安くてうまい「大盛り」の店は依然、街角のそこここで頑張っているという。ならば「大盛り」の店を巡って、食欲の秋を満喫しよう。【宮田哲】
 古本の町、東京・神保町で大盛りが人気のライスカレー「まんてん」。夜、一番人気のカツカレーを大盛りで頼む。
 でかいしゃもじでついだごはんにルーをかけてカツを乗せ、またルーをかけてできあがり。熱いカツをかじると、甘い脂がジュッと溶け出した。炊きたてごはんをほおばると、一粒一粒がいたずら小僧のようにツンツンと口中の粘膜を押して、マッサージされているような快感だ。12分で食べ終わった。600円なり。
 外に出ると、ジットリとした熱風が。普段なら「いやだなあ」とぐったりするところだが、なぜかその夜は「おお、吹いとるのう」。パワーアップしたせいか。
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 翌日、店主の江沢昭夫さん(68)に話を聞いた。店は31年目。周囲は明治大、日本大がある学生街。「店名は、勉強で満点を取ってほしいという意味も、ボリューム満点の意味もあります」。カレーだけの並は450円、大盛り500円、ジャンボ550円。ジャンボは皿の幅が27センチもあり、並の2、3倍の量だ。カツ(並600円)、シューマイ(同550円)などは大盛りでも値段が変わらない。
 常連の墨田区の会社員、相沢伸さん(23)は、中学・高校・大学とずっと通った。理由は「安い、早い、うまい。後はマスター(江沢さん)」。といっても「よく怒られました」。横の江沢さんがすかさず「できが悪いからだろ」。
 「落第しそうだ」「就職が大変だ」。悩み事を打ち明ける学生に、厳しく意見するのに慕われた。店にはラグビー部、吹奏楽部など学生たちの写真パネルが飾られている。朝5時半から夜11時半まで働き、願いはひとつ。「おなかいっぱいになって、勉強や仕事を頑張ってもらいたい」
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 お次は銀座へ。高速の高架下のショッピングセンター「銀座インズ3」を進むと、突然、行列が。スパゲティなどの「ジャポネ」だ。別の日の正午過ぎには、28人が通路に沿って折れ曲がりながら行列していた。
 看板は、麺と具をカラリといためたしょうゆ味のスパゲティ、「ジャポネ」と「ジャリコ」。麺は極太だ。メニュー表でのサイズは3段階あり、「レギュラー」はゆでた麺の重さが350グラム、大盛りの「ジャンボ」は550グラム、超大盛りの「横綱」は750グラム。並の分量で、普通の大盛りは優にある。
 「ジャリコ」を横綱で頼んだ。登場したのは、幅30センチ、奥行き20センチの皿いっぱいに広がる麺の山。味のベースは、肉としょうゆのしっかりとした風味。その上に、しそとトマトのさわやかな酸味が広がる。9分で食べきった。歩き出すと腹に湯たんぽを巻いたよう。
 小栗慎一社長(63)は「いきなり横綱はなかなか食べられないものです」。
 裏メニューもある。親方(麺950グラム)、理事長(同1150グラム)だ。ただ「金を出せば残してもいいというのは困る」(小栗社長)ため、食べられるのは一段下のサイズの完食者だけという。
 「ジャリコ」のレギュラーは550円。ジャンボ700円、横綱800円。この分量では相当安い。価格は消費税創設時に上げて以来、据え置いている。「この味は食べたいが、値上げされたら通えなくなると言われます。特に30代、40代のお客さんは、子供の教育費、住宅ローンが厳しく、大盛りを食べたくても並で我慢されている人はいます」
 食べ終わった西東京市の会社員(60)に月の小遣いを教えてもらうと4万円。「昼食は500~1000円。これだけ安い店があると助かります」
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 大盛りには「定食」もある。荒川区役所近くの中華料理店「光栄軒」は開業35年目。店主の浅見寛さん(59)は「私が食べる方だから、量は元々多かったんですが。楽しみにされるのでエスカレートした」。午前11時の開店と共に、カウンター7席、小上がりのテーブル3卓の店にお客が詰めかける。「レバニラ炒めと半ライス」「オムライスとショウガ焼き」など注文が通る。私も焼き肉定食を、おかず、ごはんとも大盛りで頼んだ。お盆みたいな皿(直径24センチ)に豚肉が盛り上がり、1・5合入りのごはんもこんもりとまん丸い。でも、ランチ割引(50円)料金で700円だ。
 高校の柔道部員のために始めたチャーハン特盛りは、1人前にごはんを5合も使って750円。「材料費が7割」という。飲食店の原価率は3割くらいと言われているのに、こんなにサービスして大丈夫なのか。「いいんです、お客さんが喜んでくれれば。長く商売やらしてもらったんだから後は恩返しみたいなものですよ」と浅見さんは笑った。
 定食評論家で「定食学入門」などの著書がある今柊二(こんとうじ)さんは語る。「私も頼むのはたいてい大盛りですが、大盛りには栄養補給以外の側面がある。わずかな料金で大盛りにするのは店の心意気。客はそれに触れて心の栄養ももらうんです」。だが、まんてんの江沢さんは「昔と比べたらみんなあまり食べなくなったね」と話す。今さんは食事の質も落ちているのではと案じる。「若者には普通の定食を食べるお金さえない人が増えています。300~400円で、コンビニでカップ麺とおにぎり2個ですよ。ケータイにお金がいるんでしょうか。間食のしすぎでちゃんと食事しない傾向もある」
 「栄養をつけて、おなかいっぱいになると幸福感が満ちる」と今さん。ジャポネの小栗社長は「懐がさみしいが、多く食べたい人の味方でいたい」と。ダイエットも大事だろうが、客が満足げに腹をさする大盛り店の空気が、好きだ。まん丸ごはんと、おやじさんの笑顔。まっとうな商いはみんなを幸せにする。

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