孤独が健康などに悪影響を及ぼすとして、メイ英首相は1月、「孤独担当相」を新たに設けると発表した。人口約6500万人の英国では、900万人以上が「常に」あるいは「頻繁に」孤独を感じ、1カ月以上も友人や家族と会話しない高齢者は20万人に上るという。ならば、孤独死が社会問題化している日本に「担当相」は必要ないのか。【庄司哲也】
「日本には『孤独』に関する統計は、ほとんどありませんが、欧米以上に『孤独大国』と思われます。少子高齢化が進む中、早急な対策が必要ではないでしょうか」。そう話すのは、「世界一孤独な日本のオジサン」(角川新書)の著者で、コミュニケーション戦略の専門家、岡本純子さんだ。なぜ、「孤独大国」なのだろうか。
岡本さんが示したのは、英シンクタンク「レガタム研究所」が発表した2017年版の「繁栄指数」だ。九つの指標のうち、日本は「ソーシャル・キャピタル(社会や地域での人の信頼関係や結びつき)」で149カ国・地域のうち101位。14年に内戦が起きたリビア(53位)や90年代に内戦が勃発したルワンダ(84位)より低い順位だ。
「日本では『おひとりさま』や『孤独のグルメ』といった言葉がメディアで取り上げられるように、『孤独』が決して消極的な意味ではとらえられません。特に男性は『群れない男がカッコいい』といった男性像を押し付けられている」。そうした日本社会の風潮が、孤独を後押しするというのだ。
岡本さんによると、英国で孤独対策の本格的な取り組みが始まったのは5~6年前から。孤独は認知症や高血圧に結びつくなど健康を損なうという認識が広まり、五つの慈善団体などを中心に「孤独を終わらせるキャンペーン」が11年に始まった。調査や研究、啓発活動が行われ、メディアも頻繁に取り上げた。孤独なお年寄りが集える場や、相談のホットラインなどが、民間が主体となって設けられたという。
日英を比較できるデータがある。日本の研究者のプロジェクト「JAGES」(日本老年学的評価研究)によると、65歳以上の日本人1万3176人と英国人5551人を約10年間追跡し、友人とのつながり、婚姻状態などの項目別に生存期間を比較した。「友人とのつながりが相対的に多い英国人男性では、日本人男性と比べて45日間の長寿につながった」という。孤独が寿命に影響を与える因子になり得ることが示された。
研究の中心となった東北大大学院歯学研究科准教授の相田潤さん(公衆衛生)は「日本では関心があまり払われていませんが、米国の研究チームによる『孤独であることは酒の飲みすぎやたばこを1日15本吸うのと同じぐらい健康に悪い』という調査結果は欧米に広く浸透しています」。
孤独を抱えるのは中高年だけではない。「リストカットした」「今からこれ(大量の薬)飲みます」。NPO法人「若者メンタルサポート協会」理事長の岡田沙織さんのスマートフォンには無料通信アプリ「LINE(ライン)」を通じて1日に100~200件の相談が届く。
自身もリストカットなどの経験がある岡田さんが「子供たちの孤独感を受け止める場を作ろう」と、相談の受け付けを始めたのは12年からだ。岡田さんが相談を寄せた子に実際に会ってみると、親が不在がち、家庭内暴力がひどいといった例よりも、一見するとありふれた家庭環境の子が多いという。母親が兄弟ばかりをかわいがる▽両親が不仲▽学歴にこだわり成績のことばかり言われる--。そんな子たちだ。「『うちは普通の家庭だし、学校もちゃんと行っているから大丈夫』。でも、そう言うあなたの子供の体には、自傷行為の痕があるかもしれないのです」
岡田さんは最近、こんなことを考え始めている。「『死にたい』『消えてしまいたい』と、子供が希望を持てないのは、こうあるべきだと縛られて毎日が満たされない親や大人を見ているからでは。相談を寄せる子の周りの大人もまた孤独なのかもしれません」
「英語には『孤独』を意味する言葉に『ロンリネス』と、『ソリチュード』の二つがあります。英国の担当相は『ロンリネス』の対策にあたります。一方、『ソリチュード』は、自ら選択して独りを楽しむというポジティブな意味を含みます。日本ではこの二つが混同されがちです」と話すのは、大手広告代理店「博報堂」の荒川和久さんだ。「ソロ」(一人)でのライフスタイルを研究してマーケティングにつなげる、同社のプロジェクト「ソロもんLABO」のリーダーを務める。
「『ソロで生きる力』とは、決して一人きりで、誰の力も借りないということではありません。むしろ、誰かとつながる力を持つこと。社会から孤立せず、個人が個人と結ばれるネットワークの構築が大切です」
国立社会保障・人口問題研究所の最新の推計によると、00年に27・6%だった1人暮らし世帯は、40年には39・3%になる。4割が1人暮らしだ。荒川さんは、「孤独」への危機感が特に希薄なのは、配偶者への依存度が高い既婚男性で、他人と関係が築きにくい人だと指摘する。
「会社に所属する自分しかない人です。肩書に依存し、名刺交換をしないと会話を始められない。定年後に肩書がなくなったらどうするのでしょうか。今のうちに、社名や肩書を名乗らず知らない人と会話できるようにトレーニングを積んだ方がいいと思います」
前出の岡本さんもこの意見に同意する。「会社という場所に存在意義を求める。『個』より『場』に重きを置く。定年退職でその場を失うと途端に元気を失うのです。『部長』など肩書で膨張したプライドは、人とつながることの障害となりやすい」
岡本さんは以前、会社勤めをしていた頃を思い出した。「当時、私の周囲にも定年後に孤独に陥りそうな予備軍の人たちがたくさんいました。やたらと人事や肩書にこだわったり。大切なのは個人のはず。10年間、新聞記者をしていたのですが」
岡本さんのその言葉に一瞬、凍りつきそうになった。当事者の私たちが自覚しないまま、孤独が社会にまん延しているのかもしれない。