<IoT>経験と勘の漁業 進化

直面する課題と技術、仕組みが結び付き、新しい価値を生む。イノベーションの端緒が被災地にあった。革新をもたらすCSRが復興を後押しする。
(「被災地と企業」取材班)

◎トモノミクス 被災地と企業[29]第6部 革新(1)さぐる

しけの翌日は魚が取れる。海水の色でどんな種類の魚がいるのか分かる。漁師が培った経験と勘を数値化すれば、漁業を効率化できるのではないか。
浜育ちのビジネスマンの気付きが、漁業にイノベーション(技術革新)をもたらそうとしている。KDDI地方創生支援室の福嶋正義さん(39)。漁師の経験則に着眼し、課題解決のシステムを提案した。
東日本大震災で被災した東松島市浜市の沖合。漁師大友康広さん(34)が設置した定置網周辺の海面には、四つのブイが浮かぶ。
ブイの先にはカメラとセンサーがあり、網に掛かった魚を撮影。水温、潮流、塩分濃度を測る。情報はブイに搭載した通信機能でKDDIのサーバーに送る。

実験は、KDDIが同市の一般社団法人東松島みらいとし機構(HOPE)などと取り組む。肝は、多様な機器をネットワークでつなぐ「モノのインターネット(IoT)」だ。
サーバーには、宮城県内の魚市場の水揚げ量や気象データが刻々と集まる。大友さんがタブレット端末でその日の漁獲量を入力すると翌日の数字が1キロ単位で予測される。的中率は7割。さらに精度を磨く。
データはスマートフォンでも閲覧できる。将来は漁師が出漁の可否判断や、飲食店、小売店への海産物販売に役立てる姿を描く。
福嶋さんは3月末までの4年2カ月、HOPEに出向した。八戸市出身で父親は漁師。震災で実家は無事だったが、古里の景色は一変した。「ICT(情報通信技術)で復興を支援したい」と思い立ち、被災地支援を志願した。

今回の実験のきっかけは大友さんとの出会いだ。
定置網漁を行う3~12月、沖合の漁場に通う。震災前に使っていた漁港が被災し、隣の港から出漁している。30分かかる往復時間は2時間になった。空振りなら時間は無駄になり、燃料費もかさむ。
「漁獲量は網を上げるまで分からない。漁はばくちと一緒だ」。大友さんのつぶやきに、福嶋さんはひらめいた。「定置網にカメラを取り付け、漁に出る前に魚の入り具合が分かれば船の数や人手を調整できる」
実験は15年10月に始まり、テーマは魚影の撮影から漁獲量の予測へと進んだ。
「魚を取り過ぎると価格が落ち、資源の枯渇も考えられる。IoTで漁獲量が予測できれば漁獲資源の調整が可能になる」
大友さんはシステムを活用した水産資源管理の可能性を感じている。
水産業に影を落とす高齢化と後継者難。企業と漁師が共に持続可能な漁業の道筋を探る。震災で芽生えた復興CSR(企業の社会的責任)が、なりわいの姿を変えようとしている。
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企業の社会的責任(CSR)。21世紀、世界の企業に浸透し始めた概念だ。東日本大震災後、東北の被災地には無数の企業が足を踏み入れ、試行錯誤を重ねた。艱難(かんなん)の地へ、生活の糧を、癒やしを、希望を。企業を突き動かした衝動は何だったのだろう。あれから間もなく6年。CSRを足掛かりに、あの日に返って経済社会を展望する。見えてくる明日を、私たちは「トモノミクス」と呼ぶ。

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