「他社からiPhone(アイフォーン)への乗り換えで20万円」。3月下旬、携帯電話ショップの店頭に張られたこんな張り紙の写真が話題になった。年間で最も携帯電話が売れる3月は、各社が販売店向け報奨金を積み増し、激しい顧客争奪戦が繰り広げられる。スマートフォン(高機能携帯電話)商戦が過熱気味の今回はとりわけ、同じ電話番号で携帯電話サービス会社を変更する「番号持ち運び制度(MNP)」を対象としたキャッシュバックキャンペーンが過熱した。しかし、費用対効果はいかほどだったのか。(フジサンケイビジネスアイ)
5万円のキャッシュバック、なかには実質10万円分の割引といったケースもあり、現金を目当てに約1カ月間に30回近く契約と解約を繰り返した猛者もいたという。そんな行為をそそのかすような過剰なキャッシュバック商戦が4月に入っても続いている。いい加減にすべきではないか。安ければ利用者が飛びつくとはいえ、キャッシュバックで引き入れた顧客はキャッシュバックで逃げていく。
冒頭の「20万円」には、オチがあって、写真を拡大すれば「(家族4人)」という条件付きなのが分かるが、それでも1台2万円前後のスマホに5万円のキャッシュバックは世間常識からみて過剰だ。
違約金を支払っても解約、契約を繰り返せばもうかる、という、自らの首を絞める仕組みを消費者に示しておいて、それでも顧客を囲い込めれば得だと考えているようだ。しかし、ではツイッターなどで1000万人が示し合わせて解約、契約を繰り返したらどうする?
KDDIの田中孝司社長は1月26日、2012年3月期第3四半期決算の記者会見で、「MNPは昨年10月から首位を続けている」と強調。スマホに出遅れ、17カ月続いていたMNPの転出超過が転入超過に変わって、「MNPを重視していく」と得意そうに語った。
田中社長のMNP重視発言が契機になったわけではなさそうだが、NTTドコモ、ソフトバンクモバイルを交えた不毛な“MNPスパイラル”が新年度になっても収まる様子を見せないのは、ダブルで効く他社からの顧客引き抜きが、目先の契約増の特効薬になるからだ。しかし、通信アナリストは「行き過ぎたMNP競争は、事業者にとっても利用者にとっても不幸なこと」と懸念する。短期間で移動する利用者に多額の販売報奨金を費やし続ければ、利用者はすぐにより魅力的なキャンペーンに乗り移り、事業者は本来のサービス競争がないがしろになりかねない。何より、費用は、巡り巡って利用料金に跳ね返ってくる。
スマホの急増を背景に昨年から相次いだ通信障害。今年度は携帯電話市場全体のうち、スマホの販売台数が過半数になるのが確実とみられるなかで、各社とも通信設備の大幅増強が喫緊の課題だ。競争すべきことは別にある。(産経新聞経済本部 芳賀由明)