「お酒を飲めない人は出世できない」はウソだった…東大教授らが明らかにした「アルコールと年収」の驚きの関係

PRESIDENT Online 掲載仕事をするにはお酒を飲めたほうが有利なのだろうか。東京大学大学院の川口大司教授らの研究チームが年収との関係を調べた結果、これまでの“定説”とは異なる結果が明らかになったという。「酒ジャーナリスト」の葉石かおりさんが取材した――。

■酒飲みたちが信じる「定説」が覆された

「酒が飲める人は、飲めない人よりも稼ぎがいい」

これまでまことしやかに言われてきたこの定説、酒飲みにとっては「免罪符」ともいえるものだった。「酒を飲むことでコミュニケーションが円滑化し、ビジネスがうまくいく。それによって所得が上がる」と信じられてきたからだ。実際、筆者も酒席で出版の企画が出てまとまったり、社内研修の話が決まったりと、大きな恩恵を受けてきた。それ故に定説を信じて疑わなかった。

しかし、この定説を大きく覆す、「酒を飲めるか、飲めないかは所得に影響しない」という研究結果が発表されたのである。長年、酒飲みの間で信じられてきた定説をアップデートした研究は、いったいどのようにして行われたのか。発表者の1人である東京大学大学院 公共政策学連携研究部の川口大司教授にお話をうかがった。

■東アジア人は遺伝的に飲めない人がいる

まず気になるのは、「なぜこのような研究をするにいたったのか」という研究の背景である。

「今から10年近く前にメディア取材を受けた際、『日本人には体質的に飲める人と飲めない人がいる』という話を記者の方から聞いたのが、そもそものきっかけです。労働経済学の研究において、飲酒と所得の関係を分析した研究結果は報告されていました。しかしいくつか気になる点もありました。その話を今回ともに研究を行ったソウル大学 経済学部の李政珉教授と一橋大学経済学研究科の横山泉教授に話したところ、興味を持っていただき、共同研究するにいたったのです」(川口教授)

李教授・横山教授との共同研究は2014年からスタートし、研究結果は2019年の学会で発表された。今度は発表の場に在席していた国立台湾大学 経済学部の林明仁教授が興味を抱き、日本、台湾、韓国の東アジア3カ国のデータを基に共同研究が行われることになった。この「東アジア」というところも研究のポイントである。

「東アジア人の場合、欧米とは異なり、遺伝的な要因によって、アルコールの分解能力の活性が高い人と、弱い人がいます。単に飲酒をする、しないという行為や、好き嫌いではなく、遺伝的要因という共通項をもって比較対象を分けました」(川口教授)

■アルコール耐性の強弱を調べて分類

川口教授が言う「遺伝的要因」とは、体内にアルコールが入った際に使われる酵素の活性を指す。通常、体内に入ったアルコールは①アルコール脱水素酵素によってアセトアルデヒドに分解され、さらには②アルデヒド脱水素酵素によって無害な酢酸となり、最終的に二酸化炭素と水に分解される。

この2つの酵素には複数の型があり、その型は両親から1つずつランダムに受け継ぐ。その型の組み合わせによって、アルコール耐性の強弱が決定されるのだ。

今回の研究ではアルコールパッチテストと呼ばれる「バイオマーカーテスト」を参加者に受けてもらい、アルコール耐性の強い群とアルコール耐性の弱い群に分類した。結果、3カ国トータルで54%はアルコール耐性が強く、残り46%はアルコール耐性が弱い群という比率になった。

この比率は医学研究のメタアナリシス(複数の研究結果を統合し分析したもの)で報告された分布に非常に近いという。今回の研究に用いたアルコールパッチの結果に信頼がおける証左になる。

■酒を飲める人、飲めない人の所得に差はない

実験に参加したのは3500人の有職者男性で、うち日本人が約2000人、台湾が1000人、韓国が500人。正規・不正規は特に分けず、会社員を中心にさまざまな職業に就いている25歳から59歳までの男性を研究対象に、月収・年収について調べた。そして、「酒を飲める人(アルコール耐性が強い)と、酒を飲めない人(アルコール耐性が弱い)の所得に大差はない」という結果が出たのである。

「3カ国平均の具体的な月収は、アルコール耐性が強い人は4311ドル、アルコール耐性が弱い人は4288ドルという結果となりました。その差はわずか23ドルで、統計的には有意な差ではありません」(川口教授)

その結果を聞いて、酒飲みとしては、「アルコール耐性が弱い人は、酒を飲まない分、労働時間が長いから所得に差がないのでは?」と思った。しかし労働時間(週)に関しても、アルコール耐性が強い人は46.09時間、アルコール耐性が弱い人は46.37時間とほぼ差がなく、統計的に有意な差があるとは言えないという。

次に「アルコール耐性が強い人は、週に何日も飲む日に費やしているので、副業や所得アップにつながる資格取得などをする時間がないのでは?」と思いきや、週に酒を飲む日もほぼ1日しか変わらない。

■飲酒量と所得の関係は「疑似相関」だった

1日あたりの酒量は倍近く違うものの、アルコール耐性が強い人の酒量は純アルコール量に換算して28mlと泥酔するまでの量でもない。となると「飲みすぎによる仕事効率の低下」という線も考えられない。酒飲みにとっては非常に残念だが、やはり研究結果の通り、「酒に強かろうが、弱かろうが所得はそう変わらない」、「ビジネス的に酒に強い人が優位ではない」ということは否定しがたい。

ではこれまで信じられてきた「酒が飲める人のほうが、飲めない人よりも稼ぎがいい」という説は、いったいどういう研究から導かれたのだろうか? どうやら川口教授が冒頭で話した「気になる点」と関係がありそうだ。

「これまでの研究は単に酒を飲んでいる人と、飲まない人の比較にすぎませんでした。つまり、人が選択した行動の結果で分析する“観察研究”でしかなかったのです。そもそも酒を飲む人は外交的な性格で、酒を飲むことで仕事が円滑になる商社の営業職に就いていることも多々あります。また、そういうタイプの人は、もともと所得が高い可能性も否めません。つまり酒を飲む人と飲まない人では性格や職業が異なるため、飲酒量と所得の関係は疑似相関でしかないのです」(川口教授)

■過去の研究は「もともと酒に強い人種」が対象

疑似相関とは、一見2つの事象の間に因果関係はないのに、別の要因によって因果関係があるように推測されてしまうことを指す。酒をよく飲むことと、所得に関しても因果関係がありそうに見えるが、川口教授が話すように、そこには「性格」や「職業」といった別要因が隠れている。

今まで酒を飲まなかった人が、酒を飲むようになったら所得が上がるかといったら、そうとは言い切れない。また飲む量が増えるほど、所得が上がるわけではないし、飲む量が減るほど所得が下がることもない。こうした観点からも酒と所得の間には、因果関係がないことがわかる。

■酒が苦手な人は無理に飲まなくてもいい

根っからの酒飲みからすると、酒に関するいい情報は、長い論文の中の一節であっても注目したくなるもの。最近、覆された「酒は少量であれば健康にいい」という定説も同様で、裏を返せば条件付きであり、実は「少量でもリスクがある」ことが最新研究によって判明している。あくまで想像だが、こうした結果を見ると、酒飲みにとって好都合だった定説は、酒飲みによって流布されていたのかもしれないとすら思えてしまう。

「酒好きの方にとって、今回の結果は少し残念だったかもしれません。ただこの研究結果をもって言えるのは、『無理に飲まなくてもいい』ということです。そもそも酒は所得アップや健康増進のために飲むものではなく、個々に楽しむものだと思います」(川口教授)

確かに酒飲みにとっては無念だが、これまで無理して飲み会につきあっていた人にとって、今回の結果は朗報である。この結果をもってすれば、『酒を飲まないと出世できないぞ』という上司を黙らせることもできそうだ。酒飲みにとっては、大切な免罪符を取り上げられた気分だけれども。

■飲める、飲めないで区別するのはもう時代遅れ?

川口教授によると、今後はさらに同研究を進めていく予定だという。

「今回は東アジア3カ国の人を対象に、アルコールパッチテストを用いて得た結果となりました。イギリスなど欧米諸国にあるゲノムバンクの大規模なデータを使って、より精確に飲酒能力と所得の関係性を調査したいと考えています」(川口教授)

コロナ禍を経て、あえて飲まない「ソバーキュリアス」というライフスタイルや、アサヒビールが打ち出した「飲めても飲めなくても、みんな飲みトモ」という「スマートドリンキング」も取りざたされるようになった今、飲酒に対する考え方が大きく変わろうとしている。社会における酒の立ち位置はどうなるのか、研究結果とともに見届けたい。

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葉石 かおり(はいし・かおり)
酒ジャーナリスト・エッセイスト
1966年、東京都生まれ。日本大学文理学部独文学科卒業。「酒と健康」「酒と料理のペアリング」を核に各メディアで活動中。「飲酒寿命を延ばし、一生健康に酒を飲む」メソッドを説く。2015年、一般社団法人ジャパン・サケ・アソシエーションを柴田屋ホールディングスとともに設立し、国内外で日本酒の伝道師・SAKE EXPERTの育成を行う。現在、京都橘大学(通信)にて心理学を学ぶ大学生でもある。著書に『酒好き医師が教える最高の飲み方』『名医が教える飲酒の科学』(ともに日経BP)、『日本酒のおいしさのヒミツがよくわかる本』(シンコーミュージック)、『死んでも女性ホルモン減らさない!』(KADOKAWA)など多数。
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(酒ジャーナリスト・エッセイスト 葉石 かおり)

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